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侍女さん、テストされる

「まずはルールを決めておきましょう」


 訓練場の中央までメルヴェルを誘ってから、ニコラスはくるりと振り向いた。


 ざっと見渡すと、周囲をぐるりと取り囲むように何十人という騎士達が彼らの動向に注目しているのがわかる。

 彼らは、団長自ら各騎士団から選出した『参加予定者』であり『見届け人』でもある。

 それ以外の者は訓練場に近づくことすら許されず、見回りや他訓練場でのトレーニングなどが割り当てられているようだ。


 その見届け人達に混ざって、クレスタ子爵と見習い候補のユリウスもいた。

 見やすいようにと一段高い席を用意してあり、そこで口を挟まず見ているようにと予めグラディウスから釘を刺された彼らは、身を乗り出すようにしてニコラスとメルヴェルをじっと見下ろしている。


「君のテストは、一対一の対戦形式で行います。相手は騎士見習い、正騎士、と順にレベルアップしていきます。こちらも危険だと判断でき次第ストップをかけるつもりですが、何より君自身が無理だと思ったら降参するように。あくまで君の実力を量るものですから、降参に対するペナルティはありません」


 わかりましたね?と問いかけられ、メルヴェルは「はい」と頷いて応えた。

 彼女は今、ここへ来る途中で用意された騎士見習いの訓練服と練習用の剣を装備している。

 元々吊り目気味の凛々しい顔立ちであることもあって、黒髪をきちんと背でひと括りにしたその姿は騎士見習いの少年と言われても違和感はない。



 では一人目、と呼ばれて進み出てきたのは、メルヴェルと同い年くらいの少年。

 彼女と同じデザインの訓練服を着ていることから、彼も見習いなのだとわかる。

 その顔を見て、初っ端から面倒な相手だなとメルヴェルは内心溜息をつく。


 彼は第二騎士団のエドワードという見習い騎士だった。

 そろそろ正騎士拝命かと噂されている上流貴族の次男坊だ。

 否、本来ならとっくに正騎士になっていてもおかしくない年齢ではあるのだが、何故まだ見習いなのか……それは偏に、彼のよろしくない素行が問題視されている故である。


「やあ、はじめまして…かな?かの高名なる侍女殿と手合わせできるなんて光栄だよ」


 鳶色の髪に同色の瞳、ひょろりとした体形ながら剣を片手で構える姿勢にブレはない。

 ただ、その『美形』とも呼んで差し支えない顔はニヤニヤと性質の悪い笑みを浮かべており、そこに品位の欠片を探すのは難しい。


「……正確にははじめましてではありませんね。先日エリザという侍女と貴方の修羅場に偶然居合わせましたので」


 エリザという新しくレティシア付きとなった侍女がこのエドワードと揉めている現場に遭遇したのは、メルヴェルにとっても不幸としか言いようがない。

 浮気だ不実だと散々泣き喚いていた彼女を他所に、この少年はよりにもよって通り掛ったメルヴェルを口説こうと擦り寄ってきたのだ。

 その時はレティシアに頼まれていた用事もあってそれを口実にエリザを連れ出し事なきを得た。

 エリザ自身も泣くだけ泣いたらすっきりしたらしく、とばっちりを受けたメルヴェルにエドワードの悪癖についてあれこれと教えてくれた。


『よろしくない素行』とは即ち彼のその女癖の悪さ、ひいては自己陶酔型性格を指す。

 いくら実力がそれなりでも、いくら上流貴族の出でも、その素行では正騎士に推薦することは躊躇ためらわれると、第二騎士団を率いるトレーズは未だ様子見を続けているのだという。


「ああ、そういえばそうだった。あの時は途中になってしまったけど、もしかしてずっと俺に口説かれたくて待ってたのか?」

「貴方を覚えていたのは同僚のエリザに泣きつかれたからです。それ以上でも以下でもありません」


 これに対して、居並ぶ騎士達は笑いを堪えるのに必死だった。

 素行は悪くても家柄と顔はいいエドワードは、見習いとはいえ下働きの女性達に人気がある。

 そんな彼に対し間接的に『興味ありません』宣言する逸材が現れた。

 当然のように不機嫌顔になった彼と無表情の彼女の対戦がどうなるか、興味津々といったところだろう。


「ふぅん、じゃあとっとと終わらせようか。悪いけど俺、手加減なんてしないから。どっからでもいいよ、お嬢ちゃん」

「…………では。ご希望通り早々に終わらせましょう」

「なまい、っ!」


 生意気な

 そう言おうとした彼はしかし、目の前から突如消えた華奢な人影に目を剥き

 次いで、背後からぴたりと喉元に当てられた冷たい鋼の感触に息を呑んだ。


(一気に間を詰め、背後に回りこみましたか。動きは悪くないですね)


 メルヴェルがいかに剣技に優れているとはいえ、体格差のある男性と真正面から戦って勝てる確率は非常に低い。

 だからこそ彼女はその身軽さを利用し、油断している相手の背後に素早く回り込んで先手を取った。

 その動きと判断力に、ニコラスは『まずは手堅く一勝ですか』と手持ちの対戦ボードからエドワードの名前を消す。

 その下に【正騎士への昇格を延期し、第四騎士団で要再教育】と書き加えたところをみると、どうやら自分の下でレインやポールでさえ根を上げる過酷な教育を施すつもりのようだ。



「エドワードは下がりなさい。次、二人目」


 あまりのスピード決着に騎士達が呆然としている中、がっちりとした熊のような体形の男が前に進み出た。

 今度は第一騎士団のジーク、正騎士になって数年という20代の青年だ。

 きっちりと一礼した後、彼は己から視線を外さない対戦相手を胡散臭そうに見つめた。


「俺とあんたははじめましてのはずだよな?」

「直接は存じ上げませんが、貴方は先日のレティシア様お披露目パレードでの護衛についておられましたね。その節は主が大変お世話になりました」

「……薄気味悪ぃな」


 彼女はとにかく己の主に関係した人間の素性は記憶しているらしい。

 この分では、いつどこで誰とすれ違った、誰と会話した、誰と目が合った、など事細かに記憶していそうだ。


 気味が悪いと言われても顔色ひとつ変えず、メルヴェルは「では」と剣を構え直した。

 ジークも油断なく構える。

 エドワードとは違い、隙を見せないジークに先ほどの手はもう使えない。

 薄茶の視線と蒼の視線が鋭く交わった、その瞬間ぶわりと砂埃が舞い上がった。


 ギィン、ガキンッ、

 視界が塞がれている中、鋼同士がぶつかり合い擦れ合って落ちる音が響く。

 誰もが、剣を落としたのはメルヴェルだと思った。

 しかし、舞っていた砂埃が収まった後にはその真逆な光景があった。


「……なるほど、これは【試験】であって【訓練】じゃなかったな。どんな手もありってことか。考えたな」

「恐れ入ります」


 メルヴェルは下向きに構えた剣でわざと砂埃を巻き上げ、一瞬視界を奪ったところで力いっぱい振り下ろされた剣を横に薙いでかわした。

 そのままの勢いでジークの足元に潜り込んだ彼女は、柄の部分で剣を握った右手の甲を思い切り突き上げ、剣を手放させた。

 丸腰になったジークと、剣を手にしているメルヴェル……勝敗は誰の目にも明らかだった。

 加えて、ジークは軽く両手を掲げ降参の意を示して見せる。


「結果は結果だ、負けておいてやるさ」


 負け惜しみを多分に含んだその言葉に、メルヴェルは一礼して応えた。


(実戦では正々堂々名乗りをあげて相手してくれる敵などいませんからね)


 実力が劣る者は、例え卑怯と言われても地の利を生かして戦うしかない。

 どんな手段をとったにせよ、結果勝てばそれでいい。

 ジークも認める通り、これは礼儀に則った訓練ではなく騎士を相手にした模擬戦である。

 ニコラスは対戦カードの二人目の欄に線を引き、軽く抉れた砂地をトントンと踏み固めようとしている侍女の姿に瞳を細め、そして素早く【VIP待遇】のクレスタ子爵へと視線を走らせた。


 子爵はどこか落ち着かない眼差しを娘に向けている。

 大方、とっとと叩きのめされるだろうという予測と真逆の結果になったことで、苛立ちを隠せなくなってきたのだろう。

 その隣におとなしく座っている令息の表情は変わらない。

 食い入るように、ただ真っ直ぐに訓練場に立つ姉の姿を見据えている。



 三人目、四人目、と正騎士が対戦相手として立つが、多少苦戦しながらもメルヴェルはそれを切り抜け、勝ち進んだ。

 ここまでくると周囲も冷やかしや野次馬根性などは捨て、純粋に騎士として無意識に息を呑んで目の前の『試験』を見守っている。


 いい傾向ですね、とニコラスは目を細める。

 ……とはいえ、さすがに騎士の訓練を受けていない者にこれ以上の連戦はキツいだろうと判断したトレーズが、『そろそろ終わらせたら』と目で合図してくる。

 ニコラスはそれにひとつ頷き、手元のリストに目を落とした。


(さて……予定では後何人かは新人でと考えていましたが……ここは絶対に勝てない相手、というものが必要ですね)


 彼はリストを指で辿り、そして最後の方に入っていたひとつの名前で指を止める。

『彼』ならば、きっと最高の立役者になってくれるだろう。

 そして何より、見学者であるクレスタ親子も納得してくれるに違いない。


「クレスタ嬢、これで五戦目になりますが続行を希望しますか?」

「はい」

「よろしい。では……」

「ニコル、ちょっと」


 待て、とストップをかけようとしたトレーズの言葉を遮り、ニコラスはひとつの名前を読み上げた。


「予定変更。五人目、クロード・Lライト・フェリシア」


 ざわり、とそれまで静観していた騎士達がどよめいた。


 それもそのはず、年齢こそまだ20代半ばと若いものの、クロードはその実力を買われて王太子レオナルドの専属近衛騎士を務めているのだ。

 騎士団の役職を持たない者の中でも、その実力はトップクラス。

 普段の穏やかな性格は剣を持つとなりを潜め、鋭く切れ味のいい時にゾクリとするような雰囲気まで纏い、対戦相手を震え上がらせる。


 この場を収めるためには、メルヴェルを負かす必要がある。

 彼女はこうなった以上手抜きはしないだろうし、そうなれば彼女の体力がどこまで持つかわからない。

 更に父である子爵がこれ以上フラストレーションを溜め込めば、それは後々娘であるメルヴェルに理不尽な怒りとなって災いを及ぼしかねない。

 なら、実力差のはっきりした相手が速やかに終わらせるしかないとニコラスは判断した。

 クロードもそれはわかっているはずだ、ならば『正騎士の事実上のトップ』として彼もきちんとわきまえて対応してくれるだろう、と。



 まさかここで指名を受けてしまうとは思わず、クロードは戸惑い気味に準備をして前に進み出た。

 メルヴェルとは普段顔を合わせれば挨拶をし、雑談を交わすほどの関係性ではあるが、まさか弟レインがあれほどやりたがっていた手合わせをする機会が、自分にめぐってくるとは予想だにしていなかったのだ。

 真っ直ぐに彼を見据えてくるメルの正面に立ち、彼も静かに見返す。


(…………いい目だ……)


 実力差は明らかだが、彼女とて負けるつもりで挑む気はないらしい。

 真っ向からお相手しますと告げている視線に小さく頷き、彼は普段通り中段に構えた。


 全く隙のないクロード相手にどう出るか、周囲が息をつめたのもつかの間。

 メルヴェルの足が地面を蹴り、横をすり抜けようとしたところで剣を横に一閃。

 当然動きの読めていたクロードは軸足を動かすことなく向きを変え、こともなげに片手でその剣を叩き落した。

 ……かのように見えた。


 が、実際は叩き落されるのを予測していたメルが自分から剣を下に動かしたことで勢いは逸れ、クロードの剣が勢いあまって地面すれすれにまで振り下ろされた隙を突き、彼女は身体を跳ね上げてその首元に狙いをつけた。

 クロードが隙を見せたのはほんの一瞬、すぐに平静を取り戻した彼は退くどころか逆に一歩踏み込んで、いきなりの至近距離に驚く彼女の足を払って転ばせ、形勢逆転とばかりに上から剣先を突きつけた。


「勝負あったな、侍女メル殿」

「恐れ入りました」


 全く歯が立ちませんでした、と少しだけ悔しそうに呟く彼女に手を差し伸べ、紳士的に立たせてやりながらクロードは「そうでもないさ」と苦笑した。

 その首筋に、うっすらと赤い線が見えたことで周囲の騎士達はざわめきはじめる。


「なんて女だ……クロードに一撃入れやがった」

「どうせ手加減してたに決まってる」

「だとしても好き好んで怪我なんかしないだろ?」

「けどさぁ」




(彼女を止めるために放った刺客を、まさか返り討ちにできるとはね)


 確かに実力差は誰の目にも明らかだったし、メルヴェルも降参して見せた。

 しかし確かに他の騎士達の言う通り、いくらクロードが実力の3割程度に抑えていたとしても自ら怪我を負ってやる必要はないし、あれはクロードも予想できなかった彼女の実力ということだろう、とニコラスはそう判断した。

 とにかく試験の結果については文句のつけようがない。

 そして彼は初めてメルヴェル個人に対して興味を抱いた。

 自分の下で育ててみたらどうなるだろうか、という指導者としての興味を。


 この一種清清しい空気を破ったのは、VIP席から立ち上がった子爵だった。


「いやはや……予想外でしたな。まったくの予想外でした。まさか皆さん、娘のために手を抜いて下さるとは……さすが騎士道精神厚い王宮の騎士団ですな」

「失礼ですが子爵、確かにハンデとして多少の力加減はしましたがそれだけです。手抜きなどはしておりませんよ」

「いやいや、取り繕っていただかなくて結構。碌に訓練もしておらぬ娘が全力で挑んだところで、騎士見習いの一人に勝てるかどうか……肉親の前だからと気を使ってくださったのでしょうて」


『駄目だ、このジジイ。聞く耳持ってねぇよ』


 この時ばかりは見学していた騎士団員全てが同じ気持ちを抱いた。

 当然、表面上の礼儀正しさを崩さないトレーズとニコラスも、である。


 だがここで水掛け論を繰り広げても不毛なだけであり、そもそも騎士団に入るのは息子であって子爵本人ではない。

 ならば適当に言い繕って終わらせよう、とニコラスから相手役を引き継いだトレーズは曖昧に笑みを浮かべながら「こちらへ」と訓練場の外へと子爵を誘った。


 残った騎士達はニコラスの合図で各々持ち場へと戻って行き、彼も空いた更衣室へとメルヴェルを連れて去っていった。

 ぽつん、とその場に残されたのはメルヴェルの弟である騎士見習い候補生ユリウスと、一日世話役を命じられたレインのみ。


「……………ごい」

「ん?」

「すごい………すごいすごいすごいすごいっ!!やっぱりすごいです、姉さま!!クロードさまには負けちゃったけど、そんなの当たり前のことだもん!」


 いきなりなテンションにレインはずるりと段から転げ落ちそうになって、慌ててバランスを取る。

 レインをはじめ恐らくメルヴェル本人も含むだろうが、このクレスタ子爵家ご自慢のご令息はさぞや姉に対する敵対心やら嘲りやらさげすみに満ちているだろうと思っていた。

 しかし、食い入るように見据えていた眼差しは嫌悪からのものではなく、その逆だったらしい。


 彼はキラキラとした青空色の瞳をレインに向ける。

 頬を上気させたその顔は、その気がない彼をも不覚にもドキリとさせるほどの美少年ぶりだった。


「ぼく、ずっと姉さまには嫌われてて、話しかけることすらできなかった。けどそれでもずっと、ひとりでがんばる姉さまってすごいなぁってあこがれてたんです。だからぼく、りっぱな騎士になって姉さまが安心しておよめにいけるようにがんばります!! 」

「…………そうか」


 嫌っていなかったというのは予想外だが、これはこれでかなり痛い性格ではないだろうか。

 そうげんなりとしながら感じたレインの感想は恐らく正しい。


 とにかくここにメルヴェルがいなくて良かったよな、と彼は少し遠い目になりながら興奮しきったユリウスをどう宥めようかと鈍る思考を叱咤しったして考え始めた。





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