アレン、かく語りき
「よぉアレン。ちっと目を離した隙に随分面白ぇ噂になってんなぁ?お前、いつから幼女趣味になったんだよ?医務室でガキのスカート捲ってたとか聞いたぞ」
「グラド、幼女趣味ではなく少女嗜好ですよ。さすがに幼女という年齢ではありません」
「ってこたぁニコル、お前はその少女に会ったんだな?どうだった?」
「……ですから『少女』でしたよ。他に何か?」
呆れたように溜息をつく男、ニコラス。
興味津々といった表情で身を乗り出す男、グラディウス。
興味ないねと澄ました顔で本のページを捲る男、ヴィルフリート。
まぁまぁと宥めながら秘蔵の酒を運んできた男、トレーズ。
これが、騎士団長四人の顔ぶれだ。
ここに常駐医師のアレンを加えた五人はなんだかんだと非常に仲が良く、珍しく全員が王宮に揃ったこの日、いつもの飲み会と称して一番城から近いトレーズの邸に集まっていた。
彼の妻は最近病で臥せっており、せっかく戻ってきたのに長時間傍を離れたくないとトレーズ自身が自宅飲みを希望したのである。
それなら飲み会などやらなければいいという意見もあったが、妻は賑やかな方が好きだからと言われれば友人達もそれ以上遠慮したりはしなかった。
「初っ端から下品ですみませんね、トレーズ。奥方様の体調はいかがですか?」
「ああ、大丈夫だよニコラス。君が先日くれた……なんだったか、病除け?それを試しに部屋に置いてみたんだが、どうやら効果があったらしい。このところ顔色が徐々に良くなってきているようだ」
「それは何よりです。倭国では『魔除け』だとか『厄除け』だとか違う名で呼ばれているそうですが、要は悪しきものを近づけない効果があると聞いています。正直気休め的な意味合いが強いのだとは思いますがね」
「いいじゃないか。気を強く持てば病も乗り越えられる、逆もまた然りだ」
第四騎士団長のニコラスがにこにこと気を遣い、第二騎士団長のトレーズが穏やかにそれに返す。
口数が多いわけではないのに時折的確に口を挟んでくるのが、第三騎士団長のヴィルフリートだ。
「で、その病除けとかいう札を買ってきたのが例のお嬢ちゃんってわけか」
「正確には、買ってきたのはクロードですよ。彼女は店まで道案内してくれただけのようです」
「キサラギ氏の店か。あいつは愛想はないが仕事は確かだ」
少女嗜好疑惑をかけられても溜息ひとつでスルーしていたアレンが、ここで口を挟む。
元々は彼が酒のつまみ程度にとキサラギの店の話をしたのが発端だった。
それに興味を持ったニコラスが、トレーズの妻にと気を遣って護符を求めた。
彼らが直接出向いたのではきっと人嫌いだという店主は警戒する、だからついでのあるメルヴェルに頼んだのだ。
「待て、アレン。そのキサラギという輩、そもそも何故倭国を出て我が国に住んでいる?術士という身分であれば重用されると聞いているが」
「知らん。本人は何も語りたがらないしな……突っ込んで聞こうものなら出入り禁止にされかねん。それどころかもし探りを入れればふらりと姿を消す可能性もあるんでな」
「ワケあり、ということだね。ヴィル、現段階では静観でいいんじゃないかな?」
「ふむ。まぁ、個人の事情に首を突っ込むような真似は騎士団長の品位に関わるからな」
いいだろう、とヴィルフリートは頷いた。
「だがその侍女に関しては少々引っかかる」
「おやおや、堅物と名高いヴィルまで少女嗜好だったと言わないでくださいよ?」
「ニコル、混ぜ返すな。俺が気になるのはその娘が『クレスタ』だという点だ」
ヴィルフリートも直接メルヴェルを知っているわけではないが、彼女の主が王太子妃候補になった頃からレオナルドやその側近を通じてあれこれと話を聞いていた。
子爵家の娘が公爵令嬢の侍女につく、それに関して問題はない。
ただ、そこに『クレスタ』が関わっていることが問題といえば問題であるらしい。
社交界では『クレスタ子爵家は変人一家』として敬遠されている。
領民からの税収を己のコレクションにつぎ込み、挙句生まれた孫娘を男児の如く育てた。
その先代に頭が上がらない現当主とその妻は社交界では軽んじられ、漸く生まれた後継者たる男子は掌中の珠のように甘やかされ。
挙げればきりのない問題点、その一端が護衛兼務の侍女、メルヴェル・クレスタだった。
「俺は先代と面識がある。といっても訓練で扱かれたくらいだが……己が子爵だということを鼻にかけ、男爵家の出である俺を随分と『可愛がって』くれたものだ。まぁたいした実力でもなかった故、数年後に捻じ伏せてやったら散々悪態をつかれたが」
「ああ、まぁあの頃はまだ権力主義が根付いてたしなぁ」
今の騎士団長は全員40代、つまりほぼ同期だ。
その中でもグラディウスとヴィルフリートはクレスタ家先代当主が現役騎士だった頃、新人騎士として散々扱きという名のいじめにあったことがある。
幸い人当たりのいいトレーズや要領のいいニコラスはその被害にはあわなかったが。
「で、ヴィルが問題にしてるのはなんだい?まさか自分がいじめにあったからって、その孫娘をいじめようってわけでもないんだろう?」
「……トレーズ、俺はそれほど狭量ではない」
「わかってるよ。彼女の実力をどう量るかってことだね」
ニコラスも言っていたように、王太子妃付き侍女となったメルヴェルが武器を携帯するにあたって、彼ら騎士団長は王太子レオナルドに対して条件をつけた。
その侍女が問題を起こした際には即刻解雇の上極刑にかけることは勿論、その実力が護衛たるに相応しいかどうか機会をみて騎士団長の前で示させること、と。
妃自身が信頼を置いているのだからその条件は必要がないと反対意見もあったが、これを全面的に押したのは堅物のヴィルフリートでも、面白い物好きのグラディウスでも、生真面目なトレーズでもなく、曲者と噂されるニコラスだった。
「あのお嬢ちゃんの強さはある意味危険だな。後宮で怪我した時も今回もそうだが、捨て身すぎる。毒が塗ってあったことを予測した上で主を庇ったってんだからな……貴人の侍女としちゃ合格点だが」
「だが危なっかしい……ですか?まるで父親ですね、アレン」
「そうだな。まさか妻を持つ前に娘を持った気分を味わうとは思ってなかったが」
苦笑するアレンに、ニコラスもふふっと小さく笑う。
そして心の中だけで思う
『きっと彼女にとっても本当の父親以上に父親らしい存在ですよ』と。
夜も更けた頃、そろそろお開きかと一人二人と席を立った。
トレーズは妻の下へ、アレンは王宮の使用人棟へ、ニコラスは町のはずれにある自宅へ、それぞれ分かれて帰っていく。
そんな中、帰る方向が同じだったグラディウスとヴィルフリートはほろ酔い気分で並び歩いていた。
「なぁ、ニコルは何を企んでやがるんだ?」
「……本当にわかってなかったのか?それとも酔いで思考が回っていないだけか?」
「煩ぇな。俺ぁお前らと違ってあれこれ企むより態度で示す性質なんだよ」
グラディウスから見ると、ニコラスがやろうとしていることは『つるし上げ』に似ている。
女の身、しかも貴人の身の回りの世話をする侍女という仕事に従事する者でありながら護身術を会得し、例外的に武器の携帯を認められている……その実力を公の下に曝け出し、やはり護衛は騎士でなければと言い出すつもりのようにも思えてならない。
そこまで察して、ヴィルフリートは溜息をついた。
「傍から見ればそうなんだろうな。少なくとも騎士団長直々に願い出るほどのことではない」
「だよな?それをすればそのガキが益々注目を浴びちまう。レインの話を聞く限りじゃ、目立つのが嫌いだってんじゃねぇか」
「わかってないな、グラド。それがニコルの狙いなのだ」
「はぁ?」
目立つのが嫌いな少女を無理やり権力の名の下に公の場に引っ張り出す。
そして実力を示せと何らかの試験を行い、良くも悪くも彼女が主人の陰に隠れていられないようにする、それがニコラスの狙いらしい。
いじめじゃねぇかと呟いたグラディウスに、しかしヴィルフリートは頭を振った。
そうではない、ニコラスには目的があるのだ、と。
「我々騎士が何故女子禁制であるのか……それは、女性は脆弱なものだという認識があるからだ。なら、それを覆してしまえばいい」
「おい、それってまさか」
「はっきりと聞いたわけではないがな、ニコルは女性騎士の登用を促すつもりらしい。その少女が思った以上の実力者ならよし、もし期待はずれでもその時はこう言えばいい。『後宮での事件を踏まえ、やはり女性の騎士を育てる必要があるでしょう』と」
メルヴェルが期待以上の実力者であれば、女性でも鍛えようによっては強くなれるのだと示せる。
もし期待はずれでも、それを逆手にとって女性の貴人が身近に置ける同性の騎士の育成を持ちかける。
その目的のために、彼はメルヴェルという侍女を利用しようと思いついた。
「……性格悪ぃな、あいつ」
「ふん、今更だろう。それに何も間違ったことをやろうってんじゃない」
「ぬかせ。ったく、アレンじゃねぇがなんか心配になってきちまったぜ。16歳っつったらうちの娘と同い年だしなぁ」
「俺は今、そのクレスタの孫娘に酷く同情を覚えた。アレンだけならともかく、グラドまで親父代わりになるのは余りに不憫だ」
「どういう意味だ、コラ」
大男が二人、ふざけながら夜の町を歩いていた頃
「…………来ると思ってましたよ、アレン。あのお嬢さんのことでしょう?」
「ああ。どうにも納得がいかなくてな」
「本当に、君は彼女の父親のようですね。……あの下種な父親に、爪の垢でも煎じて飲ませてやるのももったいないほどですよ」
「どういう例えだ」
ふふ、とニコラスは小さく笑う。
彼は、全員解散したと見せかけておいて密かに自分を追いかけてきていたアレン、その行動を見透かしたかのように自宅の少し手前で立ち止まって待っていた。
彼ならばきっと、メルヴェル・クレスタへの試験について何か物申してくるだろう、そう確信があったからだ。
「ニコルがやろうとしていることはわかるつもりだ。現状、王太子殿下は後宮を開かれる予定はないと公言されておられるが……これからは妃殿下のみの公務も増えるだろう。その際、どうしても男の騎士だけでは補えない場面も出てくるだろうしな。だからこそ女性騎士を、と考えること自体に異論はない」
だが、とアレンは続ける。
「あのお嬢ちゃんは、実力はあってもまだ16歳だ。しかも戦い方がどうにも危なっかしい。レインの話じゃ、同僚の侍女に妬まれて危うく襲われそうになったって言うじゃないか。言い方は悪いが、晒し者にするような試験を行って、彼女に何のメリットがある?危険が増えるだけじゃないのか?」
「でも、女性騎士が登用されれば彼女の大事な主の命が脅かされる危険度がぐっと減るのですよ?主第一主義である彼女が、それを喜ばないはずはないと思いますがね」
「それは…………そうだな、あのお嬢ちゃんならそう言いそうだ」
幼い頃から家族との縁が希薄であったからなのか、彼女はどうにも自分自身に対する執着が薄いように感じられる。
傷ついてもいい、倒れてもいい、大事な主が守れるのなら。
そう考えて行動しているようで、だからこそレインやアレンといった周囲の男達は彼女を放っておくことができず、あれこれと口を出してしまうのだ。
黙り込んでしまったアレンに、ニコラスは苦笑を向ける。
「まぁ一番手っ取り早いのは妃殿下に懇々とお説教していただくことですが……それで主第一主義に磨きがかかっても困りますしね。誰か、彼女のよき理解者が現れてくれればいいのですが」
「どうだろうな。同僚が一新されているから、その中から友人を見つけるということも普通ならできそうだがな」
「ええ、普通なら、ね」
二人揃って『彼女には難しい』と断定したようなものだ。
しかしここでニコラスは、ちょっと意味深な笑みを浮かべた。
「理解者は、別に同性でなくても構いませんよね?」
「…………何か心当たりでもあるのか?」
「いえね、レインやポールなどは異性ですが彼女の保護者枠に入りつつあるようだと聞いているもので。アレン、君だってそうでしょう?それに……そのうち、彼女もイイ人ができるかもしれない。そうなればさすがに自分の命を大事にしようと思うようになるでしょう」
『イイ人』という単語にアレンは意表をつかれて噎せ返る。
メルも年頃だ、確かにそろそろ誰かお相手をと一般的に言われるような年齢だが、主第一主義である彼女が普通に恋をするとは到底思えない。
実家との関係も希薄、となれば誰か紹介される可能性も低い。
当然のようにこのままレティシアにずっと付き従う姿しか想像していなかったアレンは、そうかそうだったかと改めて低い確率ではあるが彼女が普通に恋をして侍女を辞めていくという可能性に思い至った。
「…………現時点、妃殿下以上にあのお嬢ちゃんの気を惹ける存在が思い当たらないのだが」
「ええ。現時点では同意見ですよ」
でもそのうちどう動くかわかりませんからね。
そう付け加えたニコラスは、王宮のある方向を見てどこか楽しそうに目を細めた。