異世界で猫に好かれてます
ベッドに座る俺は今、虎耳と尻尾を生やしたおっさんの頭を撫でている。
こんな時、改めて思う。
どうして、こうなった?!
事の始まりは、抽選に当たったから特殊能力付きで異世界転移をさせてやると言われた事だった。
その前に何をしていたか・自分が何処の誰だったかは、覚えていない。
俺は、姿を見せない相手に尋ねた。
「異世界転移したくないって言ったら、どうなるんですか?」
『それは不可能だ。何故なら、転移途中のお前を一時的に留めているだけだからだ』
「そうなんですか。じゃあ、転移途中で抽選に当たったと言う事ですか?」
『留めてから抽選を行ったと言うのが正しいな』
「えっと、じゃあ、貰った方が良いですよね」
『無いよりは有った方が良いだろう』
うん。折角当たったんだしね。
「では……『言葉が通じる』とか?」
『それは、【全員プレゼント】だ』
親切ですね。
「んー、じゃあ……。転移先に猫はいますか?」
『居るが?』
「では、『猫に好かれる』チートをください!」
暫く沈黙が続いた。
『それで、良いのか?』
「是非!」
呆れたように確認されたけれど、俺は考え直さなかった。
だって、猫が好きで、でも、懐かれなかった事だけは覚えていたからだ。
『解った。では、達者でな』
何も変わった感じはしなかったけれど、そう言われた直後、見知らぬ街の中にいた。
右を見ると、リザードマン。左を見ると、エルフ。
そう。此処は、ファンタジーな世界。
俺は広場の噴水の淵に腰掛けて、非現実的な世界をボーッと眺めていた。
ふと、足に擦り寄る感触。
期待して見下ろすと、期待を裏切らず猫が身体を擦り付けていた。
しかも、近くにもう二匹いて、一匹はもう片方の足に身体を擦り付け、もう一匹は膝の上に乗って来た。
嬉しくなって撫でていると、視線を感じた。
「わっ!」
顔を上げると、思っていたよりも近くで猫耳の少女が俺の顔を覗き込んでいたので、驚いて声を上げてしまった。
「キミ、どうやってこの街に来たの?」
彼女はそう聞くと、俺の首元の匂いを嗅いだ。
「え?! あの、えっと……」
何故、美少女に匂いを嗅がれているのか解らず、混乱する。
「貴方、良い匂いね」
何時の間にか隣にいた美女――こちらも猫耳――も、肩に手をかけて匂いを嗅いで来た。
「良い匂い?」
「あ、あの! 撫でてくれないかな!?」
その声に視線を向けると、猫耳の青年が……猫耳?
まさか、この状況って……。
「ちょっと! 私が先に撫でて貰うんだからね!」
一番最初に現れた美少女が、青年に主張した。
「私を先に撫でたいわよね?」
美女が俺の顔に手を触れて聞く。
「あ、あの……」
猫達が、彼女達が現れた所為か何処かに行ってしまった事に気付いた俺は、泣きたい気持ちだった。
しかし、同時に、美女にしな垂れかかられている事を嬉しく感じていた。
「私の人から離れてよ!」
「あら? 何時貴女の物になったのかしら?」
「選べないなら、悩んでいる間に俺を撫でれば良いよ?」
「「良い訳無いでしょう!」」
同じ頃、周りの通行人達が、この騒ぎに気付いて此方を見ていた。
「どうして、人『なんか』を取りあっているのかしら?」
「人『なんか』に撫でて欲しいなんて、変わってるわね」
「みっともない」
見下されている。
そう言えば、普通の人間が見当たらない。
「どういう事なの……?」
エルフらしき女性が愕然とした様子でそう呟き、ツカツカと近寄って来た。
「貴方、人なのにどうして魔力があるの?!」
不気味なほどに静まり返った広場。
四方八方から警戒心を向けられているのを感じる。※但し、猫人を除く。
「え、っと……い、異世界から来たから?」
「異世界ですって?! ……嘘じゃないようね」
何か魔法を使ったのか、エルフ女性の警戒が緩んだ。正直に話して良かった。
「何をしに来たの? それと、彼等に何をしたのかしら?」
しかし、別の警戒を抱かれたらしい。
「別に自分の意思で来た訳では無くてですね。運悪くと言うか……」
「……時空の歪みにでも巻き込まれたのかしら?」
「それと、この人達には何もしてないです。ただ、『猫に好かれる』だけで」
「……そう。それじゃ仕方ないわね」
エルフの女性は溜息を吐いた。
「話が終わったなら、さあ、私を撫でなさい!」
「貴方になら、お腹撫でさせて上げても良い!」
「お金あげるから!」
「強い奴がこいつを所有するって事で!」
「おっさんは引込んでてよ! 一番可愛い私のものなんだから!」
増えた!?
猫じゃない人も交じってるし!
「醜い争いは止めなさい!」
エルフ女性が一喝すると、彼等は大人しくなった。
偉い人なのかもしれない。
「早く来た順に並びなさい。一人五分よ」
五分も?! いや、俺の拒否権は?!
ノーと言えない日本人の俺は、仕方なく彼等の頭と耳を撫でた。
「ところで、この世界の人間には魔力が無いんですか?」
エルフの女性に宿に案内される途中、俺は気になった事を尋ねた。
「その前に、この世界では、私達を『人間』・貴方みたいなのを『人』と呼んでいるの」
あー。人と動物の間って事かな?
「そうなんですか。解りました」
「人に魔力は、正確にはあるのよ。でも、常に空なの」
「何故ですか?」
「昔、ある人の国の王が、他の人の国を征服したんだけれど、それだけじゃ飽き足らず、私達人間の国まで手に入れようとしたの」
彼女の話によると、その王は、エルフや竜人など強力な魔術を使える種族に対抗する為に力を求めたらしい。異世界に。
ところが、何を間違えたのか、召喚されたモンスターは彼等の支配下に無かった。しかも、召喚の魔法陣は、何故か全ての人の魔力を勝手に使って自動で召喚し続けた。
その為、人の国はなす術も無く壊滅し、人間の奴隷となる事で辛うじて存続したのだそうだ。
そして、今も魔法陣は自動で世界中の人の魔力を奪い取ってモンスターを召喚しているらしい。
「着いたわ。此処よ」
その声に前を見ると、貴族のお屋敷の様な豪邸が目に入った。
「え? 宿ですか、此処?」
「宿屋に案内するとは言って無いわよ」
そう言えば。
「じゃあ、此処は?」
「貴方がこれから住む家よ」
「え?!」
さっき撫でた誰かのものにされてしまったのかと、俺は驚いた。
「衣食住は保証するわ。だから、これからも猫科人達を撫でてくれるわよね?」
拒否したら、どうなるんですかね?!
「猫もください!」
それだけは譲れない! 俺は、猫科人じゃなくて猫が好きなんだ!
「解ったわ。そうそう。予約制で良いわよね?」
「そうですね」
「じゃあ、先ずは」
其処で俺の腹が鳴った。
「食事にしましょうか?」
「はい。済みません」
こうして、今に至る。
ねえ、神様?
俺、猫に好かれればそれで良かったんだよ?
猫科人にまで効くサービスは要らなかったのに!