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FIVE MINUTES ~予知夢な五分間~  作者: 也麻田麻也
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第二話 月曜②

 俺は次の電車に乗るため、ゆっくりと歩き駅に向かった。


 三両編成の小さな電車に乗ると、中は空いていた。乗る予定だった時間の電車はサラリーマンで込み合っているが、この時間になると、出社時刻に間に合わないのか、サラリーマンの姿もわずかでほとんどが学生だった。


 最寄り駅で降りて歩いて学校に向かうと、もうホームルームが終わろうと言う時間だった。


「······ヤバイな」

 俺は呟き足早に下駄箱に向かい、上履きのサンダルに履き替え、教室を目指した。


 扉に嵌め込まれたガラス窓から中を覗くと、担任が朝の連絡をしている最中だった。俺はゆっくり扉を開け中に忍び込み、息を殺し席に向かった。


 すると、あと僅かで席に辿り着くという所で担任に見つかった。

「成田君、おはよう」


「······おはようございます片岡先生」

 担任の片岡先生はあと二、三年で定年を迎える五十代後半の女性の先生だ。普段は笑顔を崩さない優しい先生で、クラスからは片岡ちゃんと呼ばれ親しまれている。


 しかし、その片岡ちゃんは今、引きつった笑みで俺を見ていた。

「成田君、今学期始まって何回目の遅刻かな? 取り合えず後で職員室に来てね」


 遅刻の回数は······十回は優に越えているな。さすがにそろそろお怒りのようだ。


「はい。分かりました」

 軽く頭を下げ席に着くと、前の席の勝が振り向く。


「馬鹿だな。遅刻しすぎだと、出席日数足りなくなって留年するぞ」

 少し声を潜め言ってくる。


「はっ? 遅刻でも出席日数って減るのか?」

 俺も声を潜め言う。


「遅刻三回で一日休みの計算だから、貴之はもう四日は休んでいる事になるぞ。このまま行けば、来年は俺の事、勝先輩って呼ぶ事になるな」


「お前を先輩呼ばわりするくらいなら学校辞めるわ」


「いや、遅刻をしなくするって選択しないのかよ。また杏奈ちゃんにおはようメールして貰ったらどうだ?」


「ふざけんなよ!」

 少し声が大きくなると、斜め前の方の席に座る、紫波彩と、勝の隣の席に座る会話に上がった佐倉杏奈が振り向いた。


 紫波彩は黒髪ロングの背の高い、おっとりとした性格の女性で、勝の彼女だ。中学の三年の時に付き合って二年間ラブラブらしい。


 佐倉杏奈はダークブラウンに初めた髪をポニーテールにしていて、背は彩ほどではないが高めだ。顔つきは少しキツメで性格はかなりキツメ。口癖に、『馬鹿じゃないの?』がある。ちなみに春休みまでは俺の彼女だった女だ。


「······なんだよ」


 杏奈に向かい言うと、杏奈は「はぁー」と、ため息を吐く。

「別に。馬鹿みたいに大きな声が聞こえたから、振り向いただけよ。それが何か?」


「······誰が馬鹿みたいだよ」


「誰が馬鹿みたいとは言ってないわ。馬鹿みたいな声と言ったの。そんな事も聞き分けられないの?」


 こいつは俺に喧嘩を売っているのか? 売っているよな?

 イラつきが瞬時にマックスになった俺は、この喧嘩を買ってやろうと思い、席を立った······が、その時、「起立」と、学級委員の号令が掛かった。


 タイミングを削がれた俺は、クラスの誰よりもいち早く席を立つ結果になった。その後、「礼」、「着席」と、号令が掛けられ、ホームルームは終わった。


 喧嘩を買おうと息巻いていた俺だったが、興を削がれ静かに席に座った。


「なあ、今日も髪のセットに時間食ったのか?」

 また勝が振り返り聞いてきた。


 そこで俺は、勝に今日の夢の事を聞くつもりだった事を思い出した。


「髪もあるけど、実は変な事が起きて遅刻したんだよ」

 本当なら職員室に行かなくてはならないが、それよりも夢の話をしたかった俺は、心の中で片岡ちゃんに、『次の休み時間に行くからゴメンね』と謝り、勝に話をした。

「デジャヴってホンとに起きるのか?」


「お前の口からデジャヴ······まあ、正確にはデジャヴュだけど、この名前が出るなんて珍しいな。なに? デジャヴュな事でもあったのか?」


 俺は今朝見た夢の話をして、今朝起きた出来事を話した。


「······そうだな」

 と、勝が言うと、本鈴が鳴り一時間目の数学の教師が入ってきた。今朝の話に時間を取りすぎたようだ。


 このまま自習とでも黒板に書いてくれれば、話す時間も取れるのにな。

 そう思っていると、教師は黒板にでかでかと自習と書き、教科書の問何番をやっていてくださいと言い、教室を後にした。


「おっ、ラッキー。数学自習になるの多いけど、今日なるなんて、ついているな」

 身を乗り出し勝に言うと、勝は振り返えった。


「······そうか? 数学の自習なんて今年はこれが初めてじゃないか?」


「あれ? そうだっけ。とりあえず、デジャヴについて教えてくれよ」


「デジャヴュな」

 そう言うと、椅子に座り直し、俺の方を向き腕組みし考え出した。

「デジャヴュは一般的に知られているのは、未体験のものなのに体験した事があるように感じる事だな。例えば初めて来た場所なのに、以前来た事があるように感じるとかな。けれど、これには二つの答えがあって、一つは実際に来た事があるが忘れている。もう一つは似ている景色を見た事があったり、テレビで見たりして、脳が見た事ある景色と誤認する事だな。ちなみに酷な話だが、デジャヴュは統合失調症······早期性地方や幻覚等の精神病を患った患者に多く出る症状でもある」


「······えっ? 俺ってボケて来ているの?」

 まさかデジャヴからボケが発見されたと思っていると、勝は否と、否定してくれた。


「あくまで、統合失調症の人に多いだけで、お前がそうとは言わないよ。そもそもデジャヴュを経験したことがある人間の数は、七割に上るとも言われているから、人口の一割にも満たない、統合失調症の患者数とは合わないよ」


 七割と一割のどちらが多いのかは小学生でも分かる問題だった。もちろん俺にも分かる。


「俺は、デジャヴュ自体は過去の不鮮明な記憶が実際の映像に結び付くものだという説を押すな」

 そう言うと腕組を解き、俺を見つめた。

「ただ······貴之の話だと、デジャヴュとは食い違う点が多い気がする。夢で見た内容が現実の世界と一致しているように感じるって言うのは······予知夢や未来視の方が近いと思うぞ」


「予知夢って、正夢とかそういうやつか?」


「いいや、正夢自体は、実際物事が起きた時に、夢の内容を変換しているパターンが多いんだ。例えば夢でドーナツを食べたとする。それでお前がファストフードの店で実際にチョコレートドーナツを食べる。そうすると夢の内容を、ただドーナツを食べるから、ファストフードでチョコレートドーナツを食べたと変換してしまうんだよ。これが正夢の正体。けれど予知夢ってのはちょっと違う。夢で見た内容が実際に起きてしまう。あくまでも先に来るのが夢なんだよ。例えるなら、俺がファストフードでチョコレートドーナツを食べている夢をお前が見て、確認でファストフードに行ったら、実際に俺が居て、チョコドーナツも食べていたってわけ」


 分かりやすいような、分かりにくい説明だった。とりあえず勝がドーナツではチョコドーナツが好きなんだろうという事は分かった。


「でもさ、今回だってただの正夢って可能性もあるんじゃないか?」


「百パーセントないとは言い切れないが、ちょっと解せない所があるんだよ。お前さ、そのスクーターを運転していた女の化粧が濃いかどうか確認したくて近寄ったんだろ? それで顔を確認して一致していた。意識してないだけでその女と会った事があって顔を脳が記憶していただけの可能性もあるけどさ、その女が猫を轢きそうになる所を目撃して、顔も一致していた。これって可能性だけ考えれば、相当低いだろ。正夢だって考えるよりも、予知夢だって考えた方がいい気がするな」


 話を聞き、なるほどと思った反面、そんな予知なんか有り得るのかとも思った。


 しかし······勝の知識は改めて話を聞いてみると圧巻だな。雑学と言っていい分野の知識が広すぎるんだよな。勝はこの雑学の知識を、一泊二日の女性のキャリーバックと呼んでいた。つまり余計な物ばかり。

 けれど今回はその余計な物の活用法が見つかったらしく、嬉しそうに話していた。


「あれっ? なあ、予知夢って誰でも見たりするのか?」


 勝の中では、俺の見た夢は予知夢と言うことなっているようだが、予知って超能力の一種なんじゃないか?


「その答えは説明しにくいな。誰でも見る事はあるかも知れないし、誰だって見れないかも知れないな」


「······回りくどいな。つまり見れるか見れないのかどっちだよ」


「正味な話、これは分かんないんだよ。ESP能力があると断定した場合、予知夢はあると言えるし、ESP 能力がないとしたら、ただの偶然だな」

 勝の悪いところは、正味な話と言った時に、全然正味じゃない所だ。


「······ESP って何?」

 俺の質問に、勝はそこから話すのかよといった、めんどくさそうな顔を見せた。


「ESP は超心理学の用語で、テレパシーや予知や念動力······つまり超能力の事だな。超能力があるなら、貴之の見た夢は予知夢で、ないなら、ただの偶然の、脳が夢の内容を保管しただけの話って事だな」


「じゃあ、後者だな。あぁあ、ただの正夢のせいで遅刻したって、割に合わないな」


 超能力等ないと思った俺は、そう言いつつも、筆箱からペンを取り出し、曲がれと念じてみた。


 もちろんペンは曲がる事などなかった。勝はそんな俺を痛々しいものを見るような目で見てくる。俺達の話に聞き耳を立てていたのか、杏奈もチラリと振り向き俺を見た。


 ペンを曲げようと念を込める俺を。


「······馬鹿じゃないの」


 言い返す言葉がなかった。

 高校二年生にもなって、念でペンを曲げようとするなんて、馬鹿以外の何者でもないな。


 話が一段落すると、数学の教師が教室に戻り、黒板に書かれた自習の文字を消し、授業を再開した。

 授業を受け、他愛もない会話をし、職員室で小言をくらい、杏奈と軽い口論をしているうちに放課後を迎えた。


 予知夢と言う非日常的な出来事は、ありふれた日常に埋没し、いつしか俺も気にしなくなっていた。

 お気に入りのフェイクレザーのバックを肩に下げると、勝と少し離れて彩ちゃんが俺の元にやって来た。


「なあ、俺達今からドーナツ食べに行くんだけど、貴之も来ないか?」


 勝の言った俺達が引っ掛かり、聞き返す。


「俺達って、誰と誰と······誰?」

 三人分誰と言ってみる。


 この言葉で察したのか、勝は苦笑した。


「俺と、彩ちゃんと······杏奈ちゃんだよ」


「······杏奈が行くなら俺が行くわけないだろ。三人で楽しんで来いよ」


「······了解」

 また苦笑すると、勝は彩ちゃんに向け、手でごめんと言う合図を送った。


「いいよ。じゃあね貴之君、いつまでも拗ねていないで、友達としてくらいは付き合えるようになってね」


 彩ちゃんは俺の心にぐさりと一突すると、扉の前で待っている杏奈の元に小走りで駆けていった。


 俺はその様子を目で追っていると、杏奈と目があった。すると、杏奈は目があった瞬間にぷいっとそっぽを向いた。


 その様子にちょっとイラっとした。


「なあ彩ちゃんに言ってくれよ。あいつがあんな態度をとっている以上、友好関係なんて結べ無いってさ」


「それはどっちもどっちだろ。お前も杏奈ちゃんも喧嘩別れしたのは分かるけどさ、よりを戻す戻さないは別として、和解くらいしてくれないと間に入る俺としては辛いんだよ。早くしないと俺の胃に穴が開いちまうよ」

 勝は冗談だろうが、胃を押さえながら言った。


「よりを戻すは無いな。だって俺、今彼女いるし」


「ああくるりちゃんか。まあ、あの子は杏奈ちゃんよりかなり巨乳だし、お前のタイプかもな」


「いや、そこで選んでないからな。そもそも俺は巨乳派じゃねえし! お前こそどうなんだよ。巨乳派じゃないのか?」


 そう聞いた俺の口を、勝は慌てて塞ぐ。


「お前次に同じような質問をしたら、ぶっ殺······されるぞ······俺が」


 お前が死ぬのかよと思いつつ俺は、杏奈と同じ程度の小さな膨らみしか持たない彩ちゃんを見た。


「女にその話は禁句だってお前も知ってんだろ」


 この会話を聞かせるのか危険だと判断したのか、勝は耳元で囁くように言った。そんな俺達を不審に思ったのか、彩ちゃんが口を開いた。


「ねえ、勝ちゃん、待っているのめんどくさいから早く行こうよ」


「あっ、うん。今行くよ」

 彩ちゃんに満面の笑みを送り言うと、今度は俺につまらなさそうな顔を向けてきた。

「じゃあまた明日な」


 親友につまらなさそうな目を向けるなんて友達としてはどうなんだと思ったが、俺は軽く手を上げ、「またな」と答える。


 くるりちゃんには部活があるので遊ぶ事が出来ない俺は、一人寂しく家路に着いた。


 帰って部活終わりのくるりちゃんとメールをし、夕飯を食べ、風呂に入り、またメールをして、週の始まり月曜日は終わった。


 不思議な夢を見るという経験をしたが別段変わった所のない一日だった。

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