第二十六話 最終日
木曜日
「······いやぁぁぁぁぁ!」
叫び声をあげると、視界には見慣れた天井が映し出されていた。
全速力で駆けた後のように息は荒く、心臓が張り裂けるほど早鳴っている。
しかし、体が熱いと言うのに、背中だけは不思議と冷たかった。
ベッドから降り、背中に手を当ててみると、寝汗でびっしょりと濡れていた。
これも全部妙にリアルな悪夢のせいだ。
変な夢だったなと思い、一度背伸びをして、気分を変えようとしたけれど、悪夢は私の頭から離れなかった。
「······あんなに怖い夢······初めて見た······」
カーテンの隙間から弱々しい日差しが差し込んで来ていた。
道路を走る車の音もしないので、まだ起きるには早い時間だろうな。
何時だろうか?
目覚まし代わりに使っている携帯に手を伸ばし、時間を見てみる。
今は六時を少し過ぎたという所だった。
起きるまではあと三十分近くあるなと思いながらも、二度寝をする気にはなれなかった。
もし、あの夢の続きを見たらと思うと、治まりかけた鼓動がまた高鳴っていった。
私は携帯を操作し、一月以上一度も連絡を取っていなかった貴之の番号を出し、メール作成画面を開く。
文面を打とうと指を伸ばしたが、直ぐに引っ込める。
「······なんて送ればいいのよ······」
ポツリと呟き携帯を閉じる。
最近は少しは喋れるようになってきたけど、まだまだ昔のようには話せてはいないし、そもそも彼には今は新しい恋人がいる。
私なんかが変な夢の事をメールで送ったところで、口喧嘩するのが目に見えていた。
「······やっぱり話すべきなのかな?」
ハンガーに掛けているバイトの制服に視線を移し、私はまたポツリと呟いた。
なんであの時、素直に親の事もバイトの事も言えなかったんだろう?
可哀想と思われたくないプライドからか、彼と対等でいたいと思ったエゴのせいだったんだろうか。
もし言っていたら別れる事も無かったのかな?
「······馬鹿じゃないの······今更後悔しても······遅いよ」
人間には過去を変える事なんて出来ない。
出来るのはあの時ああしておけばと後悔する事だけ。
「······はぁ、馬鹿馬鹿しい」
少し早いけれど、お弁当でも作ろうと思い私は部屋を出た。
「夢の話は学校に行って彩にでもしよう······って、こんな話をしても彩が困るだけか······」
私は見た悪夢を心の奥にしまう事にした。
こんな話、彩にも勝君にも······ましてや貴之には話せない。
階段を一段一段踏みしめながら私は夢の事を思い出した。
「······何だったんだろう······あの夢」
私の見た悪夢は······貴之が階段から落ちる夢だった。
肩を掴んだ手を私が払い除けると、足を滑らせ、貴之は階段から転げ落ちた。
踊り場の柵にぶつかり止まった貴之はピクリとも動かなかった。
糸の切れたマリオネットのように手足を放り出し、額から血を流し、首が百八十度回っていた。
けれど······そんな貴之の顔は······満足そうにーー微笑んでいた。




