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FIVE MINUTES ~予知夢な五分間~  作者: 也麻田麻也
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第二十五話 土曜 重荷

「運命を······じゃあ······なんで杏奈を助けてくれなかったんだよ!」


「助けようとしたよ。私にとって杏奈は生まれて初めて出来た友達だから。助けられるなら、助けたかった。でもね、運命って言うのは人生の分岐点の先にあるものであり、AかBかのどちらかしか選べないものなの」

 その説明は勝が俺にしたものと同じだった。


「私は過去をやり直させる事が出来るけれど、自分が関わって変える事は出来ないの。私は未来を変える人の傍観者にしかなれない。あの時も今回も」


 あの時?

 以前にも過去を変えた事があるのか? 


 聞こうかと思ったが、俺の質問より先に彩ちゃんは口を開いた。


「SF小説の設定で聞いた事ない? 過去に戻って未来を変えようとしても、あるべき未来に戻ろうとして、修正する事が出来ないってやつ。あれは少し違うけれど、概ね当たっているの。未来って言うものは、分岐点の先にあるものであり、過去に戻ってどんな修正をしようが、生きていれば必ず分岐点に誘導されてしまうの。逆を言えば、分岐点に差し掛からないようにしても、必ずそこまで誘導されるの」


「じゃあ······過去は変えられないって言うのかよ」


「それだったら、私が貴之君に過去を変えるチャンスを与えるわけないでしょ。私は、ただ悲しい現実を二度も突きつけるような、非道な真似しないよ。分岐点にまでは差し掛かるが、その分岐点でAかBかは選べるの。けれどね······私の力はそんなに万能じゃないし、制約も沢山あるの。まず一つは、私は過去の事象を変える事に関われないし、誰かに伝える事も出来ない。それを破れば、その時点で過去を変える事が出来なくなるの。二つ目に、実際に起こった未来の映像を夢として見せる事は出来ないの」


「ちょっと待ってよ! じゃあ、俺が見た······いや、見せてもらった予知夢は何なんだよ?」

 俺はこの六日間、未来に起こるだろう出来事を夢に見ていた。

 それを回避するために四苦八苦していたんだぞ。


「あれは未来の映像じゃないの。さっき分岐点の話をしたけれど、貴之君に見せた映像は、明日と言う日を回避するために見せた、選ばれなかった分岐点の映像なの」


「起こらなかった未来?」


「そう。未来を見せられない私は、貴之君に選ばなかった分岐点を見せた。起こり得ない未来は未来じゃないから見せられるの。例えば月曜日、貴之君は猫を助けなかった。けれど分岐点では猫を助けた未来があるの。火曜日、貴之君は先輩に絡まれたけど助かった。けれど分岐点では殴られ、お金を取られた。水曜日、貴之君は本を買い間違わなかった。けれど分岐点では買い間違える未来があった。木曜日、貴之君は桃原さんと喧嘩をしなかった。けれど分岐点では喧嘩をする未来があったの。金曜日、貴之君は桃原さんと別れなかった。けれど分岐点では別れる未来があったの。そして土曜日、貴之君の目の前で杏奈が死んだ。けれど分岐点では貴之君が杏奈を助けて死ぬ未来があったの。でもね、どれか一日でも別な分岐点を選んでいれば、明日貴之君が自殺する未来は消えていたの。その理由は、貴之君が今日死んでいたか、桃原さんとの今日のデートが無くなっていたからなの」


 俺はこの六日間の夢を悪夢だと思っていた。

 轢かれ殴られ間違え掛けられ振られ刺される悪夢だと。


 けれど······その悪夢を選ぶのが正解だったと言うのか?


「月曜、轢かれた貴之君の未来には、今日刺される運命はなかったの。貴之君は入院してしまい、その間に通り魔も捕まり、最初の事件の犯人が別人だと分かり、捜査を再開し、被害者の恋人だった桃原さんが容疑者として浮上し捕まる。火曜、殴られお金を取られた貴之君は、デート代もなく、お小遣い目当てにお父さんの単身赴任先に向かう。その間に桃原さんは捕まる。水曜、雑誌を買い間違えた貴之君は、映画の情報を仕入れられず、別なデートに誘い、衆人環視の中、刺される事はなかったの。そして次の二人だけのデートの前に桃原さんが捕まる。木曜、喧嘩をすれば、桃原さんとの今日のデートは無くなっていた。そして次のデート前に桃原さんが捕まる。金曜、桃原さんと喧嘩別れをしていれば、貴之君は拾った携帯を見て、桃原さんが杏奈と貴之君を引き裂こうと送った虚偽のメールを見つけて、二度と会わない事を宣言し、また会う前に桃原さんは捕まっていた。土曜、貴之君を桃原さんが刺していたら、杏奈が死なずに済んだ。杏奈が悲鳴をあげ続け、偶然近くを歩いていた人が聞き付けやって来て、桃原さんを取り押さえていたの。分かる? 貴之君にとって悪夢である五分間の事象が、全ては明日と言う日を回避する未来に繋がっていたの。大きい事から小さい事までね」


 そこまで一気に言うと、彩ちゃんはふぅと息継ぎをし、話を締め括った。


「でも、貴之君は回避できなかった。だから、未来は変えられない。貴之君は一度選んだ分岐点を選び直しただけ。一日に一度しか訪れない分岐先だけど、貴之君は六日間で六度運命を変えるチャンスがあったのに。やっぱり運命を変えるのは、難しいんだね。今回は同じ運命と言うレールを辿っただけになった」


「·······同じ······運命······」


「うん。まるっきりね。ほら、思い出して、デジャヴュに感じた事が幾つもあるでしょ? それは一度経験した事だから、脳ではなく、心が覚えていたの。つまり、デジャヴュでもなんでもなく、同じ選択をした証拠なの。未来は変わらなかった······未来を変えられなかった。そして明日の未来は、飛び降りて死ぬか、首を吊って死ぬかのどちらかだけ」


 未来を変えられなかった。頭の中に杏奈の温かい微笑みが浮かんでくる。


 いつ見たかも思い出せない笑み。


 けれど、今ならいつ見たのかはっきり思い出せた。


 あの笑みは、俺を庇って死に逝くときに見せた笑みだ。


 俺は二度杏奈に庇われた。


 二度······杏奈を見殺しにしたんだ。


「あぁぁぁぁっぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁっ!」

 被っていたハットを脱ぎ捨て、髪を頬を、俺は掻き毟る。頭にも顔にも鋭い痛みが走るが、俺には関係なかった。


 杏奈を失った痛みはこんなもんじゃない。


 胸が心が痛い。


 痛い。


 痛い。


 死ぬほど······死にたいくらい痛い。


「さっきも言ったけど、未来の出来事を教えれば、もう未来を変える事は出来ない。つまり、私が明日の事を話した時点で、ううん、未来の私が現れた時点で、もう貴之君の過去の改変は出来なくなった。だから、この世界の時間が止まったの。けれど、もうやり直す気はないよね?」


 飛び降りようが首を括ろうが死に方なんてどちらでも良かった。


 杏奈を救えなかった時点で、俺の運命は決まっていた。


 杏奈を救えなかった時点で、俺の世界は終わっていた。


「死にたい······ああ、そうか。未来ではどうせ死んでいるから関係ないな。なあ、彩ちゃん······もう良いよ。もう杏奈のいない世界なんてどうでも良いよ。早くこの世界を終わらしてくれ。早く俺が死んだ世界に戻してくれよ!」


 今の俺は生きているのに目の前が真っ暗だった。


 杏奈と言う光を失ったから······。


 死を無や、闇に例える事はよくあるけれど、生きていたって無になるし、闇にもなるんだ。


 どうせ変わらないんだったら、もう······終わらせてくれ。


 この終わった世界を······終わらせてくれ。


「······本当に良いの? もう一つだけ方法がないわけじゃないんだけど、本当に良いの?」

 闇に光が射した。


 俺の心に日が灯ったからだ。


「もう一つって、杏奈が助かる方法があるって言うのか? 頼むよ。杏奈の生きる未来があるんなら、その分岐に賭けさせてくれ! 頼む。もう一度未来を変えるチャンスをくれ!」


「本当は気が進まないんだけれど、杏奈はこの分岐点を間違えなければ死なないで済む。これは間違いないよ」


「懸けさせてくれ! 今度は絶対に杏奈を死なせたりしない!」


 動かない杏奈を抱き締めながら俺は叫んだ。

 杏奈が動いて······生きていてくれるんなら俺はどんな事でもする。


「分かったよ。けれど事前にこの二つだけ話をさせて。一つは戻る木曜の分岐を間違えれば、杏奈の辿る運命は死。二つ目、一度未来を変えようとした人は、もう二度と変えに戻る事は出来ないの。つまり、過去を変えに戻るのは、貴之君じゃなく······杏奈だよ」


「······杏奈?」


「そう。私は過去を変えることが出来ないし、貴之君は一度戻ってるからもう戻れない。それに勝ちゃんも一度戻ってるから戻れない。つまり、過去を変えに戻れるのは杏奈だけなの」


「勝も戻ったことがあるのか?」


「うん。勝ちゃんは一度その手で人を殺めた······ってそれは別の話。今は関係ないね」

 勝がどうして人を殺めたか聞きたかったが、彩ちゃんの顔があまりにも悲しげだったから俺はでかかった言葉を飲み込む。


「さっき、過去に戻ると、心が実際にあった出来事を覚えているって言ったけど、補足すると、過去に戻った事がある人物だけが覚えているの。勝ちゃんも一度戻ってるから、この繰り返された世界に疑問を持てたの。だから、貴之君と杏奈のよりを戻させようとした。自分が過去に戻った記憶が消えても、心が覚えていたからね。多分、貴之君も、もう一度過去に戻れば違和感を感じるはずだよ。けれど、私の力は万能じゃない。未来を変えさせる事が出来るのは、夢を見せて、過去を変えさせるために戻された人だけ」


「じゃあ、俺はもう過去を変える手助けは出来ないのか?」


「うん。出来ないよ。勝ちゃんがよりを戻させようと何度もドーナツ屋に誘ったけど、それは分岐点に関わる問題だったから貴之君は無意識に断ったの。私はそれが分かったから、勝ちゃんを巻き込まないでって言ったんだよ。あの時無理に誘っていればって勝ちゃんが後悔するのが目に見えていたから。貴之君は過去を変える事に手を貸せないけれど、それでも杏奈を過去に戻す?」


 自分が手を貸せなくても、俺の答えは決まっていた。


 杏奈が生きる未来があるなら、一握りでも可能性があるなら······。

「それでもいい!」


「······じゃあ杏奈を過去に戻してあげる。けれど······」

 少し困ったような顔をすると、彩ちゃんは陶器のように白くなった杏奈の顔と、決意に燃えた俺の顔を交互に見、俺に近づき耳元でそっと囁いた。


 それは杏奈の辿る分岐点の話だった。


「······それでもいい?」

 また俺に同じ質問をぶつけてくる。


 杏奈の辿る分岐点を知ってなお、俺の心が折れていないかを確認するように。


「······それでもいいよ。杏奈が死なないんだったら······俺は迷わない」


「分かった」

 少しだけ悲しいような、辛いような、けれど嬉しいような感情の入り交じった複雑な表情で彩ちゃんが笑うと、俺の視界に白い靄が掛かった。


 予知夢から覚める時のように徐々に真っ白になって行った。


 ああ、本当に僅かな可能性だけれど、杏奈の生きる未来があると思うと嬉しかった。


 ああ、意識が遠退いて行く。


 この過去の世界ももう終わり、新しい未来に続く過去がやってくる。


 杏奈が生きる未来に続く過去が。

 俺にとってそれは最高のハッピーエンドに思えた。


 満足な思いを胸に············俺は············微笑み············眠りに·························つい····································た·································································································。

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