第二十四話 土曜 重逸
「······彩ちゃん?」
土曜だと言うのに勝の彼女、紫波彩が制服姿で立っていた。
「久しぶり······って言っても、今のあなたにとっては二日ぶりかな?」
「いつからいたの······」
聞きながらも俺はおかしいと思っていた。
俺達の目の前に彩ちゃんはいると言うのに、近づいてくる足音など聞こえなかったからだ。
俺達の制服は紺のこれといって特徴のないブレザーで、足元は自由だが、女子の大半はローファーを履いている。
彩ちゃんも同じだ。
つまり、公園の固い砂の上をローファーで、足音一つたてずに来た事になる。
「私は初めからいたし、初めからいなかったとも言えるかな」
「······何を言って······いや、なんでそんな冷静なんだよ······杏奈が······」
杏奈が死んでいると言う言葉は、俺の口から出なかった。
出すのが、認めてしまうのが怖かったから。
「冷静なのは······二度目だからかな。ねえ、貴之君。耳を済ませて貰ってもいい?」
耳を澄ませて何を聞けと言うんだ。
もしや杏奈の心臓の音が聴こえるとでも言うのか?
俺は耳を澄ませてみるが、杏奈の心臓の音どころか、風の音すら聴こえなかった。
「何も聴こえないよ!」
「そっか。じゃあ、噴水の水の音も聞こえないのはなんでかな?」
「······ッ!」
言われて顔を横に向け、噴水を見ると······止まっていた。水が出ていないと言う意味での止まっているではなく、水飛沫が空中に浮いている状態で止まっていた。
「······なんだよ······これ?」
「今、時間が止まっているんだよ。分かりやすく言うと、DVDの停止ボタンを押したようなものかな」
噴水だけじゃない。木々も、花壇の花も、何もかも止まっていた。
「······どう言う事だよ······」
彩ちゃんは理解しない俺に一瞬だけ面倒くさそうに眉根を寄せると、抱きかかえる杏奈に歩み寄り、顔を覗き込んだ。
「馬鹿だな杏奈は。貴之君を助けなければ今度は助かったのに」
「······今度は?」
愛おしそうに杏奈の頭を撫でながら彩ちゃんは言った。
「······あっ、そっか。まだ話していないもんね。ねえ、貴之君はESP って知っている?」
「ああ······つまり······彩ちゃんには時間を止める事が出来るって言う事か······」
ESP 。
つまり超能力。
時間が止まるという非現実的な事態が起きている理由は、彩ちゃんが超能力者だったと言うわけか。時間を止めるなんて漫画の世界ではポピュラーな能力だったから、理解しやすかった。
「じゃあさ······なんで杏奈が刺される前に時間を止めてくれなかったんだよ。なんでこんなに血が吹き出る前に止めてくれなかったんだよ! こいつは彩ちゃんの一番の親友だろ!」
「説明面倒くさいな······」
言葉通り面倒くさそうに、こめかみを爪で掻くと、彩ちゃんははぁと観念したかのように息を吐いた。
「一つ言っておくけど、私は時間なんて止められないよ。私は、再起動した映像を止めただけだよ」
それは時間を止めると、どう違うと言うのだ?
「ねえ、貴之君は勝ちゃんにデジャヴュを体験したって言って、それは予知夢だって訂正されたんでしょ? でもね、実は二人とも当たりであり、二人とも外れでもあるんだよ。貴之君は杏奈が刺されるこのシーンに······見覚えはないかな?」
「······ッ!」
杏奈が駆け寄って来た時、腹にナイフを突き立てられた杏奈の姿がリアルに想像できた。そう、一度見た事があるかのように、リアルにだ。
「あるよね。今になって思わないかな? デジャヴュみたいだって。でもね、それはデジャヴュでも、ましてや予知夢でもないの。貴之君は実際に一度このシーンを見ているんだよ。あとさ、さっきも言ったけれど、私が貴之君に会うのは久しぶりの事なの。だって貴之君は死んだんだからね」
死んだ? 俺が死んだ?
「······どう言う事だよ?」
「ねえ、予知夢が神からの啓示だって事は勝ちゃんから聞いた?」
彩ちゃんは俺の質問に答えずに質問を返してきた。
俺は自分が死んだとはどう言う事か知りたくーー正確には本当に死んだかどうかだがーーはぐらかされているようで、イラッとしたが、一度ギリッと歯を食い縛り、怒りを抑え答えた。
「聞いてないけど、調べたから知ってるよ」
「じゃあ、話が早くて助かるね。貴之君に夢を見せたのは私なんだ。まあ、私は神でもなんでもない、ちょっと不思議な力があるだけのただの人間だけどね」
「······」
俺は何となくそうじゃないかとは思っていたので、驚きはしなかった。
時間を止められるーー正確には違うようだが俺には同じに思えたーー非現実的な力があるなら、俺に夢を見せられるように思えた。
「私が貴之君に夢を見せたのは、明日の悲劇を回避するためなの」
「······明日の? 今日の······杏奈が刺される悲劇を回避するためではなく、明日だって? なあ、どこにこれ以上の悲劇があるんだよ! ふざけるなよ! 今日を······杏奈が死ぬこの悲劇をもう一度変えてくれよ!」
「それは貴之君の悲劇だよね? 私が変えたいのは······勝ちゃんに起こる悲劇なの」
「勝に起こる?」
聞き返すと、彩ちゃんは少しだけ悲しい顔をした。
「明日、貴之君は死ぬの。勝ちゃんはそれを自分のせいだって責めて、心を病んでしまうの。私はね、勝ちゃんが苦しむのが一番辛いんだ。だから、その原因になった貴之君の過去を変えようとしたの。私は、今日から七日先の未来から来たの。七日先の土曜から。でもこの格好土曜にしてはおかしいと思わない?」
彩ちゃんも帰宅部で部活はしていないから、学校にいく事もないし、休みの日に制服でいるのはおかしかった。
「これはね、貴之君の初七日の帰りの格好なの」
喪服なんか持たない俺達学生にとって、制服は喪服にもなる。祖父ちゃんの葬式にも俺はこの制服で行った。
「俺は······明日死ぬのか?」
自分の死の話だと言うのに、俺は別段恐怖を感じなかった。
杏奈がいない世界で生きていく事を考えれば、死んだ方がマシ。俺はそう考えていた。
来世やあの世の事など信じたこともないけれど、今この世界に杏奈がいないんだったら、少しでも可能性のあるあの世に行きたいとすら思えた。
その為には······。
「······ああ、そうか。俺は······自殺したんだね······」
「うん。明日の夕方過ぎ、病院の霊安室から出た後に、屋上から飛び降りて死んだんだよ。その場に勝ちゃんも私もいたけれど、笑顔のあなたを見て、自殺するなんて気づけなかったし、止める事も出来なかった。勝ちゃんはその事を凄く悔やんだの。友達を助けられなかったって。杏奈も貴之君も自分がもっと早く気づいていれば助ける事が出来たって。勝ちゃんのせいじゃないって、毎日慰めたけどダメだった。それで私は決めたの」
そこで彩ちゃんは一度目を閉じゆっくりと開いた。その目は今までの気だるそうな目から、意思の強さが現れた目へと変わっていた。
「こんなに辛そうな勝ちゃんを見るくらいなら、運命を変えてやろうってね」




