第二十二話 土曜 朽
待受画面の中心には、着信二十七件と出ていた。
なんだろう?
悪質サイトからの電話か?
俺だって十代後半の男だから、身に覚えが無いわけではないが······。
恐る恐る着信を確認してみると、発信してきたのは勝と杏奈からだった。
何かあったのかと思っていると、携帯から軽快な音が流れ、画面に『笹井勝着信中』と、表示された。
「······もしもし」
『無事か!』
電話に出ると、勝の焦ったような声が返ってきた。
「無事って何が?」
『刺されてないかって事だ!』
「いや、通り魔は捕まったんだから、刺されるはずないだろ」
『俺はおかしいと思ったんだよ。あいつ、あの四人よりも滅多刺しにするって言ったからな。それに杏奈ちゃんが調べてって言ったんだよ!』
勝は走っているのか風を切る音が電話越しに聞こえた。
「だから何がだよ。今デート中だから、要点だけ分かりやすく教えてくれよ」
『正味な話、通り魔事件は半年前から今日までで、五件あったのに、捕まった女は俺にあの四人以上にって言ったんだ。つまり、あいつは四人しか殺してないんだよ! それに俺に言っただろ、二十代以下のガキに興味はないって。杏奈ちゃんは俺に、桃原が貴之ともずっと一緒にいるって言ったのが気になるから、桃原の元カレの事知らないかって聞いてきたんだよ!」
正味な話と言いつつも、勝の話しは回りくどかった。もっと要点だけ話してもらいたいものだ。
「えっと、つまり通り魔は犯行の一つを認めていなくて、くるりちゃんが······俺とじゃなく、俺と『も』、一緒にいたいと言うって事は······浮気しているかも、とか言う話しか? 俺はもう彼女を疑ったりしねえから、浮気しているなんて信じないぞ」
『チゲえよ! 杏奈ちゃんの疑問は浮気を疑っただけだと思うけどよ、それで俺がこんなに焦って電話をしねえよ。今、俺だけじゃなくて、杏奈ちゃんもお前の事必死に探してんだよ』
「だから、なんの話なんだって。回りくどく話さないで、要点を教えろよ」
『ああっ』
苛つきを押さえられずに声を荒げた。
『だから、桃原の前の彼氏が通り魔の一人目の被害者だったんだよ。何人も中学の同級生に連絡して、やっと分かったんだ。これで分かっただろ、一人目の犠牲者、桃原の元カレを殺したのはーー桃原くるりかも知れないんだよ!』
「······ッ! ふざけんなよ! どこに証拠があるんだよ!」
『証拠なんかねえよ! ただ、貴之ともずっと一緒の、『も』を死んだ元カレと考え、お前の刺される予知夢がまだ起きていないなら、犯人はあいつとしか考えられねえんだよ』
「······ッ!」
今度こそ最後まで信じるって決めたと言うのに、俺の頭の中では、くるりちゃんが俺にナイフを向けるシーンを映し出していた。
小さな手に握られた無骨なナイフが夕方過ぎの弱い光を受け、鈍く輝くシーンを。
イメージだ。
イメージでしかないのに、まるで一度経験した事かのように、リアルに頭に浮かんだ。
まるで白昼夢を見ているかのように、細部までしっかりと想像できた。
「······なんだ······よ······これ」
『とにかく逃げろ! 今どの辺だ? 近くまで俺が行くまで逃げ続けろ』
「今ってーー」
「誰から電話かな?」
公園だと言おうとすると、背後から声を掛けられた。
いつも通りの少し高めの甘い声だと言うのに、俺の体は真冬の吹雪にさらされているんじゃないかと言うほど、芯から冷えきった。
『今の声桃原か? 逃げろ!』
「······電話の相手って勝君かな? もう、今デート中なんだから······出ちゃダメだよ」
甘い声で俺を注意してくる。
何でだ?
こんなに甘く優しい声なのに······恐ろしく感じるのは?
怖い。
この声が怖い。
振り向くのが怖い。
振り向けば······ナイフを握っているだろう事が怖かった。
「貴くんと私のデートを邪魔するなんて酷い友達だね。でも大丈夫。くるりはそんな事じゃ怒んないよ。だってくるりと貴くんはずっと一緒で愛し合うんだから、もう邪魔なんか入らないもんね。えへへ」
ただの恋人同士の話す甘い会話のはずなのに、なんでこんなに狂っているように感じるんだ?
信じる?
これでも信じるのか?
どんなことがあろうとも信じるって決めたけれど······これでもまだ信じれるのか?
「くっ、くるりちゃん······」
俺は耳に当てた電話をゆっくりと降ろし、名前を呼んだ。
電話からはまだ勝の逃げろと言う声が聞こえる。
「どうしたの?」
「あの······」
なんと言っていいか分からず、俺は口ごもった。
本当は話しなどせずに逃げるべきなんだろうが、俺の足は小刻みに震え、今はまともに走れるような状態じゃなかった。
震えるな。
止まれ。
恐怖に怯える足に心の中で叱責し、視線を移すと、ベンチから伸びる影に気づいた。座る俺の影に重なるように、真後ろに立つくるりちゃんの影が細く伸びていた。
その影の右手にはーー細いなにかが握られていた。
「······!」
声をあげそうになるが俺は必死に堪えた。今声をあげれば、あの細い影の主ーーナイフで刺されるのだろうから。
「どうしたの? あれ? 肩が震えているよ」
俺は足だけではなく肩も······いや、体全体震わせていた。
ドーナツ屋で後ろの席に通り魔がいると聞かされた時の何倍も怖かった。
「······寒いのかな? くるりが温めてあげる」
ざっとちかづくあしおとがきこえると、首に腕が回され、優しく後ろから抱き締められた。
すると、くるりちゃんの手に握られているものが見えた。
それは小さな手には不釣り合いなごついナイフ。
昼間見たナイフに良く似た、軍人しか持たないようなものだ。
「······あっ······あぁぁぁっ!」
「温かいかな? くるりぎゅーってしてあげるの凄い好きなの。えへへ」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
なんでナイフを持っているのに、こんな平然としていられるんだ?
なんでいつもと全く変わらずに笑えるんだ。
俺の天使の純白の翼は黒く染まりただれ落ち、理解のできない化け物になった。
恐怖で指先の感覚が無くなり、携帯がスルッと滑り落ち、ガチャッと音を立てると、勝の声が聞こえなくなった。
通話が切れたんだろうか?
「そうだ。今日の映画の話しするんだよね。くるりね、アサヒとミクの関係にずっとずっと憧れていたの。だって死んでもずっと思い続けるんだよ。これって本当に、好きで好きで好き過ぎるくらい好きじゃないと出来ない事だよ。真実の愛だよね。くるりもこんな恋がしたいって思ったんだ。こんな風に誰かを愛したいって思ったんだよ』
くるりちゃんは話したくてたまらないと言った感じで、俺の返事など待たずに語り続けた。
『それでね、それでね、前できた恋人がくるりに殺されても良いくらい好きって言ったの。ああ、じゃあくるりも試してみよう。殺されても良いくらい好きって言う子を殺して、死んでもくるりの愛が薄れないか確認しようって思ったんだ』
殺してと言う言葉に俺の心臓が敏感に反応した。激しく拍動する心臓が痛く、胸を押さえたかったが、指先まで指先まで震えた腕は自由が利かず動かすことができなかった。
『でもダメだったの。最初は寂しくてえんえん泣いてたんだけど、一月も経ったら顔も思い出せないくらいに忘れちゃったの。二月目には涙も出なかったんだ。それでね、そんな時に貴くんに出会ったんだよ。貴くんが杏奈ちゃんや勝君達と楽しそうに歩いているのを見て、ああ、この人なら永遠に愛する事が出来るって思ったの。一目見てこの人だって思ったんだよ。だって見た目がアサヒそっくりなんだもん。えへへ。これって運命の出会いだよね」
狂っていた。
ただただ、くるりちゃんは狂っていた。
普段通りの口調で、異質でしかない話を普段通り明るく話した。これであの通り魔のように怒り狂ってくれれば、まだ理解できたかもしれない。
そう、殺意や悪意を感じられればまだ人として理解できたんだ。
けれど、くるりちゃんは······本当に俺達と同じ人間なのか判断できぬほど、異質で中身が狂っていた。
くるくるくるくる狂っていた。
「えへへ。貴くんがアサヒなら、くるりがミクだね。くるり毎日貴くんの事思って泣くよ。毎日毎日泣きながらおはようって言うんだよ。きっとお婆ちゃんになって死んじゃう時まで泣いちゃうもん。えへへ。死んでもずっとずっと、好きでいるからね」
首に回された腕がピクッと震えた。
「えへへ。貴くんだーい好き」




