第十四話 土曜 逸
土曜日
背中に衝撃が走った瞬間、視界が真っ暗になり、続いて今まで経験した事のないような激痛が走った。
「があぁぁ······あっ······うぁっ······おがぁっ······」
休む事なく続く激痛で、声を発するのもやっとだった。
頭に付けられた紐を急に手前に引かれたかのような錯覚を覚えると、続けざまに顔に衝撃が走った。
顔から地面に倒れたんだろうが、そんな痛みは直ぐに背中の痛みと、燃やされているような熱さに掻き消された。
「あっ············うっ······」
この痛みは何なんだ?
俺は感覚もろくにない腕を伸ばし、痛みの走る場所を触ると、何か固いものに触れ、指先に小さな痛みが走った。
背中がどうなっているんだ?
指先が切れたのか?
なんだ······何が起きているんだ?
遠くなのか近くなのかも分からないが、何か声が聞こえる気がするが、張り裂けないのが不思議なほど激しく拍動する心音と、今まで聴いた事のないほどの血流の音で聞き取ることが出来なかった。
何を言っているのかも、誰がいるかも、視覚も聴覚も作動しない今では何も分からなかった。
唯一残っている触覚を頼りにもう一度痛む背中を触ろうとすると、指先にぬるっとした液体を触った時のような感覚が伝わってきた。
ぬるっ?
この肌触りは······血?
そう自覚した瞬間、痛みが増した。
「あっ······ぐぅ······あぁ······」
背中から血が出て、痛みが走るなんて俺には一つしか考え付かない。俺は······刺されたんだ。
「······い······たっ······ああ············ぁぁぁあ······················· ···························································································· ·················································································································································································」
痛みの渦の中、俺の視界も思考も消え去った。
「···········································うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁあぁっぁあぁぁぁぁっ」
叫ぶと、真っ黒い視界が徐々に晴れていき、視界には見慣れた天井が現れた。
ここは······部屋?
「······部屋? あっ······背中! 背中ぁぁぁぁっ!」
布団から飛び起き、ジャージを捲り背中を見た。背中には刃物も刺さってなく、血も吹き出ている様子はなかった。
「ハァ······ハァハァハァ」
俺が息を荒くしていると、廊下側からドタドタとけたたましい足音が響いて来ると、ドアを乱暴に開け、母さんが部屋に飛び込んで来た。
「どうしたの! ゴキブリでも出た!」
俺の叫び声を聞き、母さんは余所行きの格好に丸めた新聞紙を持つという奇抜なファッションでやって来た。
「······なんでもない。変な夢見ただけだよ······」
「変な夢って、顔面蒼白じゃない······」
心配するような顔色なんだろう。確かに春から夏に変わるような季節だというのに、恐ろしいほどの寒気を感じていた。
「······本当に大丈夫? 母さん今からお父さんの所に行くんだけど、今日は止めておく?」
「······今日だっけ?」
母さんは月に何度か単身赴任先の父さんの所に行く。それが今日だと言う事を忘れていた。
「そうよ。貴之も行く?」
「······ううん、大丈夫。俺も予定あるから······行って来な」
いつもなら口うるさい母さんがいなくなると思い小躍りする所だが、あんか夢を見た後だと心細さを感じた。
「そう。じゃあ明日の夕方には帰るから、戸締まりとガスの元栓だけは気を付けてね」
「······了解」
俺が返事をすると、母さんは電車に遅れちゃうわと言い階段をかけ降りていった。その目覚ましよりもけたたましい足音が消えると、俺は額を拭った。
袖は汗を吸いとり、しっとりと濡れた。
「······夢だよな······それとも······予知夢なのか?」
予知夢の可能性があると思うと、体がブルブルと震えた。
何が昨日で終わりだよ。
全然終わってなんかないじゃないか。
今度の予知夢は今までとはレベルの違うものだった。轢かれるのでも、奪われるのでも、間違えるのでも、掛けられるのでも、振られるのでもない······刺される。
回避しないと。
俺はそう思ったが、どう回避すれば良いのか分からなかった。
今までの夢は大体の時間や、場所が分かったけれど、今日は直ぐに目の前が暗くなり、時間や場所のヒントになるようなものがどこにも無かった。
けれど、一つだけ分かった事がある。
それは刺されたと言う事。
今、俺の住むこの幸島市で、刺される事があるとすれば、可能性として高いのは、通り魔に教われると言う事だ。
じゃあ、家に籠っていれば良いのか?
この判断も難しかった。
もし通り魔じゃなく、強盗だったとしたらどうだ?
この家に一人いる所を襲われる。可能性としては低いが、ゼロではない。
一パーセントでもあり、それが現実に起きれば、俺は刺されて······。
思考に浮かんだ刺されると言う恐怖に怯えた俺は、助けを求める事にした。
俺の予知夢の事を知っていて、俺を助けてくれるかもしれない人物に。
携帯を取るとくるりちゃんからメールが来ていたが、俺は読まずに電話を掛けた。
トゥルーとコール音が鳴る。
『······おーサボり魔。どうした? 今日は土曜で休みだから、学校はないぞ』
笑い声と共に、勝が電話に出た。
「······勝······助けて······くれ······」
震える唇で必死に言葉を紡いだ。