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FIVE MINUTES ~予知夢な五分間~  作者: 也麻田麻也
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第十三話 金曜④

 席を変えてもらおうと思い店員を呼ぼうとしたその時、携帯が鳴った。


 画面には、『佐倉杏奈着信中』と表記されていた。


 予知夢と同じ展開に背中に汗を掻いた。もしかしたらくるりちゃんがこのファミレスの前を通るんじゃないかと思い、どう対処すればいいのか考え、俺がその電話に出れないでいると、店員のいらっしゃいませと言う声が聞こえた。


 入り口を見ると、そこには杏奈の姿があった。


 杏奈は店内をキョロキョロ見回すと、俺の姿を見つけ近付いてきた。そして、俺の向かいに座った。

「······なんで電話に出ないのよ」


「いや、ちょっと物思いに耽っていてさ」

 俺の返答が怪しかったのか、杏奈は訝しげな目を向けてきた。


 説明が面倒だから、俺は話を替える事にした。


「話をする前に店員さんが来ないようになんか注文しちゃおうぜ」


「······そうね。私はコーヒー頼むけど、貴之はコーラでいい?」


「······ああ」

 俺はくるりちゃんとのデートの時かっこつけてコーヒーを頼むが、杏奈との時はずっと好物のコーラを頼んでいた。


 この注文がなんだか懐かしくて、俺はクスッと笑った。


 杏奈は店員を呼び、俺には見せた事のない営業スマイルのようなものを顔に浮かべ、注文をした。


 ドリンクが届く間、他愛もない会話をしようと思い口を開いた。


「今日の学校はどうだった?」

 まるで反抗期の息子を持つ親のような質問だ。


「······何も。ただ、勝君があなたが学校休んだ事を嘆いていたわ。昨日喧嘩をしたんでしょう?」


「喧嘩なんて大それたもんじゃねえよ。ただ、じゃれただけ。そもそも俺と勝が殴りあったらあんなもんじゃ済まないって」


「······そうね。あなたがボコボコになるに決まっているから、そんな綺麗な顔をしていられるはずないわね」


「······」

 間違いなくボコボコになるだろうが、俺は返事をしなかった。


 まだまだ自分が強いと思い上がっていたい年頃だからな。


 俺が黙っていると、ドリンクが運ばれてきた。


 ちなみに、この店員も予知夢で俺におしぼりはいるか聞いてきた店員だ。予知夢通りならくるりちゃんがもう携帯を落としている筈だが、外を見てもくるりちゃんの姿はなかった。


 俺が杏奈を自分から呼んだ事で未来が変わったのか?


「······外を見ているけど、どうかしたの? もしかして、桃原さんに見られていないか気にしているとかかしら?」


 コーヒーをブラックで飲みながら杏奈は言ってきた。よくそんな苦いものを飲めるな思いながらも俺は答えた。

「違げえよ」


「どうかしら? 私とあなたは今は赤の他人でも、私達を知っている人から見れば元カノと元カレなのよ。変な目で見る人も出てくるでしょうしね」


 杏奈は若干、『元』と言う言葉を強調して言った。そこには今は違うんだと言う気持ちが現れていた。


「······なあ、今日呼んだのは、杏奈に謝りたかったからなんだ」


「謝りたいって昨日の事かしら?」

 少しだけ表情を険しくし杏奈は言った。死ねとまで言ったんだ、昨日の今日で怒りが冷めている筈もなかった。


「それもあるけど、謝りたいのは一月前の事だよ。あの時、お前の事を信じてやれなくてごめん」

 額がテーブルにくっつきそうになる程頭を下げた。


「······いきなりどうしたのよ、熱でもあるんじゃない?」


「俺······あの時、杏奈が浮気しているかどうかはっきりさせたいって、自分の気持ちだけを押し付けてたんだよな。本当に辛かったのは杏奈だって言うのにさ。今日一日考えて、あの時、本当にしなければならなかった事がなんなのか分かったよ。今さら遅いけどな。俺はあの時······お前の事を信じてやれば······いや、信じてあげなければならなかったんだよな。今さら謝られてもお前は困るだけかも知れないけど、謝らせてくれ! 本当に悪かった」

 俺がさらに頭を下げると、今度は額がテーブルに当たった。


「······頭上げてよ」


「もう少し下げさせろよ。俺がやった事は謝っただけですむとは思えねえけどさ、このくらいの事はさせてくれよ」

 俺は頭を上げずに言った。


「本当にそろそろ頭上げてもらえない? あなたは下見ているから良いでしょうけど、私からは周囲の目が刺さるほど向けられているのが見えるのよ。あっあの斜め前のケバイ大学生なんて、悪女って私を見ながら言ったわよ。もういいから、頭上げてよ」


「じゃあ······許してくれるか?」


「はぁ······あそこまで言われたら許すしかないでしょ」

 その言葉を聞き顔を上げると、杏奈の顔にはもう怒りの色は見えなかった。

「それにね、私だってあなたを百パーセント責める事は出来ないのよ。覚えているかしら、春休みに用事があってなかなかデート出来なかったでしょ。あの理由を言わなかった私も悪かったのよ」


「······そういや、あれは何だったんだよ」


「そうね······明日は予定あるかしら?」


「明日はちょっとな」

 くるりちゃんとデートとは言わなかったが、杏奈は何かを察したのか、苦笑した。


「じゃあ月曜の放課後は?」


「空いてるけど」


「その時に、勝君にでも聞いてごらんなさい。分かるわ」


 俺が渋々頷くと、杏奈はゆっくりカップを傾けた。俺もまだ手を付けていなかったコーラにストローを挿し、飲む。そこから少し無言が続いたが、俺は不思議と苦に感じなかった。

 

やっぱりこいつといると落ち着くな。


 話したい事があれは話、なければ黙る。


 騒がしくなりつつある店内だと言うのに、俺はここがとても居心地良く感じた。


 向かいに杏奈がいるから。


 話したい事と言えば、昨日杏奈が何か言ってた気がするな······。

「······そう言えばさ、俺に話があるとか言ってなかったか?」


「······昨日もそんな事言ってたけど、私はあなたに話があるなんて······言っていないわよ」


 しまったと思った。

 そうだ、あれは予知夢の話であって、現実ではなかった。


 ここは予知夢の話を正直にした方が良いか?


 いや、待てよ。勝は真面目に考えてくれたけど、普通は予知夢見るんだなんて言っても、頭がおかしくなったんじゃないかと思われるのが落ちだぞ。


「······言い方が間違った。話がありそうな顔をしていたからさ······」


「······ッ!馬鹿じゃないの。私があなたに何の話があるって言うのよ!」

 上手く言い訳できたと思ったが、杏奈を怒らせてしまったようだ。失敗したな。


 俺は謝ろうとしたが、それより先に杏奈が口を開いた。


「······ごめん。嘘。話したい事があったのは確かよ。そんなに顔に出でいた?」


「······ああ」


 素直に語る杏奈に少し戸惑いながら答えると、杏奈は思い詰めたかのように俯いた。

「最近さ······思うのよ。あの時······私が正直に言えていたら、貴之ともっと話し合っていたら······別れなかったんじゃないかってね。今は貴之には桃原さんがいるけれど、もし、喧嘩をしても、貴之が彼女と出会う前に私から謝っていたら······よりを戻せていたんじゃないかってね······」


「······杏奈」


「なんて、私らしくない事を言っちゃったわね。忘れてちょうだい」

 顔を上げ語る杏奈の顔は少し赤かった。


「······よりを戻していたと思う。今だから言える言葉だけどさ、俺にとって杏奈は本当に大きな存在だって気づけたし······今だって······好き······いや、愛していると思う。もしよりを戻せたら、今まで以上にお前の事を大切に出来ると思う。たた······」


「ええ······分かっているわ。分かっていても私も言わせて貰うわ。私もあなたが好きなの。学校で下らない言い合いをしていても、あなたといれて幸せって思えるの。言い合いをする事で良い愛を感じるなんて、自分でも馬鹿だと思うけれどね」


 苦笑気味に言った言葉を俺は頭で漢字変換した。言い合いと良い愛。下らない誤変換みたいだが、俺もその通りだと思えた。


 杏奈も俺の事が好き。

 俺も杏奈の事が好き。

 これでよりを戻してハッピーエンド······とはいかない。


 杏奈もその事が分かっているんだろう。だから、お互いによりを戻そうとは言わなかった。


「······ごめんな」


「謝らないでよ。私が振られたみたいじゃない」


「ああ、そうだな。俺はさ······やっぱりくるりちゃんの事好きなんだよ。杏奈とは違う意味で、俺にとってはかけがえのない子になっているんだ。今日一日言い方は悪いけれど、くるりちゃんと杏奈を天秤に掛けたんだよ。それで俺の出した結論はさ······選べないだったんだ。こんな事、杏奈に言うのは悪いんだけどさ······俺の中ではっきりした答えが出るまで······このままくるりちゃんと付き合い続けると決めるか、本当に大事なのは杏奈だと思ってよりを戻そうって言うまで······待っていてくれるか?」


「······馬鹿じゃないの? どこのモテ男の言葉よ。鏡見てから言いなさいよ」

 きつい言葉を良い放つと、杏奈は気持ちを落ち着かせるように、コーヒーを口に含み、ふぅーと一息ついた。

「······いつまでよ?」


「えっ?」


「一回で察しなさいよ。本当に馬鹿ね。いつまで待てば良いのよ」


「······それははっきりとは言えない。もしかしたら明日かも知れないし、高校卒業するまで待たせるかも知れない」


「卒業までって、あと二年と十ヶ月も待たせるって言うの?」


「ああ、そう······って、ちょっと待って、それ、俺が留年する計算になっているじゃねえかよ!」

 一年十ヶ月で卒業するよ。もう遅刻はしませんからね。


「冗談よ。そうね、私が貴之に出会って一年で別れたから······来年の四月はどう? あなたも重々承知だと思うけれど、私って気が短い方なのよ。だから、来年の四月一日までが待てる限界よ。それ以上は私、あなたを諦めて別な男を探して、素敵なハイスクールライフを堪能させて貰うわ」


「分かったよ。何があろうと、四月一日までには答えを出させて貰うよ。杏奈······ありがとうな」


「礼なんかいらないわ。私は選んでもらう立場なんだから、本当はこっちから礼をさせてもらわないといけないんですからね」


 俺は、まだ答えを出さないと言う答えを出したが、杏奈はそれを受け入れてくれた。

 それならばあとは俺が、杏奈とくるりちゃんを見つめて選ぶだけ。


「······ねえ······この話の後に、こんな事を言うのもずるいと思うんだけど、一つ良い?」


 杏奈は言うかどうか迷っているようで、歯切れ悪く言ってきた。俺は反射で、『何?』と聞き返しそうになったが、杏奈の聞きたい事が何となくわかったので、次の言葉を口にしようとする杏奈を手で制した。


「······わかっているよ。杏奈が浮気しているって言うデマを流したのが······くるりちゃんかも知れないって事だろ」


「······どうして分かったの?」


 どうして分かったか。

 これについては、夢の中の杏奈が俺に、桃原さんと別れなさいと言ってきたからだ。


 杏奈は気が強い女だけど、自分の意見を通すために人を陥れるような事はしない子だ。そんな杏奈が別れなさいと言って来る以上、くるりちゃんに何かあるんだろう。


 それに、勝もデマを流したのはくるりちゃんだと言おうとしていた。デマを流したのは十中八九くるりちゃんなんだろう。


 けれど······。


「俺が勝を殴ったのはさ、俺たちが別れる原因を作ったのが、くるりちゃんだって言ったからなんだ。あの時は俺、カッとなって殴っちまったんだけど、今考えると色々符号が付くんだよ。けどさ······それは百パーセントそうだと言う訳じゃないだろ?」


「······ええ、そうね。勝君が調べて、噂の発信源候補は三人まで絞り込めたの。その中の一人が桃原さんよ。それ以上は絞り込めなかったけれど······私と彩ちゃんは彼女だと予想したわ」


「······そっか」

 女子の事は女子が一番良くわかっている。


 杏奈と彩ちゃん二人が予想したと言う言葉の矢が心に深く突き刺さったが、俺は覚悟を決めていたから、矢を引き抜いた。


「······俺はお前の事を信じきれなかったから別れたじゃん。けどさ、今度は······くるりちゃんの事は信じてあげたいんだ。たった一人の彼氏だから、痛い目見たとしても、最後まで信じてあげたいんだよ。俺って馬鹿かな?」


 怒鳴られても良いと思いながら言うと、杏奈はクスッと笑った。


「馬鹿ね。馬鹿で馬鹿でしょうがないけれど······桃原さんの事羨ましいって思っちゃう私と、あなたの事カッコいいと思っちゃう私がいるわね」


 初めて杏奈にカッコいいと言われた気がするな。


 俺も笑った。


 こんな馬鹿を受け入れてくれた杏奈に向かい。


「······」

「······」

 俺達はまた無言になり、ただゆっくりと互いのカップを傾け続けた。


 傍から見たら倦怠期のカップルか、喧嘩しているカップルに見えるかもしれないが、二人にとって居心地のいい時間を過ごした。


 杏奈がカップを皿に置き、俺の透明なグラスに視線を送った。量が減り、氷が溶け出したコーラは、届いた時よりも薄い色に変わり、飲み終わりが近い事を伝えていた。


「······そろそろ飲み終わるわね」

 そう言うと杏奈は携帯を取りだし時間を見た。


 俺も釣られて自分の携帯を開くと、四時半と出ていた。


「そろそろ行くね」


「じゃあ近くまで送るよ。まだ明るいけど、通り魔とかあるし危ないからな」

 俺はコーラを一気に飲み干し、会計伝票に手を伸ばした。


「気を付けて帰るから大丈夫よ。それと、今は······友達なんだから、割り勘にしましょう」

 ここに来た時は、俺達は赤の他人だったけれど、今は友達になれた。


 付き合う前の関係と同じ友達に。


 俺はこのままくるりちゃんと付き合い続けるかもしれないし、もしかしたら別れて杏奈とよりを戻すかもしれない。それは誰にも分からない事だけど、杏奈との関係は少しだけ修復されたような気がした。


「······付き合っていた時もずっと割り勘だったろ。今日は俺が呼んだんだから奢らせてくれよ」


 杏奈は少し考えるが、そっと手を伸ばし、会計伝票を奪うと値段を眺めた。


「······じゃあ、もし私達がまた付き合う事があったら······その時は奢ってね」


「······了解」

 何を奢らされるか分からないけれど、その時は財布が空かななるくらい奢ってやろう。


 俺はそう思い席を立った。


「じゃあ行こうか」

 外に出ると、空は晴れ渡り、暖かい日差し俺達を照らしてくれた。


 家に帰った俺を迎えた母さんが驚いた顔を見せた。


「あら、朝はお祖父ちゃんのお葬式に出た時のように暗い顔だったに、今はずいぶん清々しい顔しているわね。母さんてっきり春休みの時みたいに彼女に振られたのかと思っていたのよ。ふっ切れたの?」


 春休みも表情に出ていたのか。


「今回は振られてなんかないよ」


「じゃあ、何か良い事あったの?」


「何でもないよ」

 そう答え、詮索しようとする母さんを振り切り部屋に戻り、制服からジャージに着替える。


 床に胡座をかき、くるりちゃんにメールを送るため、携帯を開いた。


『くるりちゃん、具合良くなったよ。明日のデートが楽しみで、知恵熱でも出たのかな。明日は元気いっぱい遊ぼうね』


 暫くすると返信が届いた。


『部活、休憩に入ったよ! 良かったー。くるり貴くんの具合が悪かったらどうしようかと思っていたんだ。くるり料理下手だから、お粥作れるか不安だったんだよ。でも、これでデートできるから嬉しいな。えへへ。明日映画館で、手を繋いで見れるね』


 可愛らしいメールで、俺は癒された。


 その夜は久しぶりに清々しい気分で布団に入れた。


 月曜に轢かれる夢を見た。


 火曜に絡まれる夢を見た。


 水曜に買い間違える夢を見た。


 木曜に水を掛けられる夢を見た。


 金曜に彼女に降られる夢を見た。


 どれもこれも辛い夢だったけれど、これも全部、杏奈と仲直りするために、くるりちゃんを信じて愛す決意をするために見せてくれたように思えた。


 昨日までの俺はただただ杏奈を恨み、くるりちゃんに嫌われ内容にだけしていた。


 そんな自分から脱皮するために、天啓として、誰かが俺に予知夢を見せてくれたのだろう。


 その誰かが神様なら、あなたに感謝したい。  

 もしかしたら、もう予知夢を見ないかもしれないけれど、俺はこの経験を一生忘れないだろう。


 一生感謝し続けるだろう。


 俺の人生を変えたこの五日間を。


 俺の考えを変えさせてくれたこの五日間を。


 信じる事の大切さを知ったこの五日間を。


 友情の温かさを知ったこの五日間を。


 杏奈の愛を知ったこの五日間を。


 くるりちゃんを愛そうと誓ったこの五日間を。

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