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FIVE MINUTES ~予知夢な五分間~  作者: 也麻田麻也
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第十二話 金曜③

 あれはほんの一月前の話だ。


 彩ちゃんから俺と杏奈の事を聞いた勝が関係修復をしようとしたけれど、互いに信頼できなくなった俺達がよりを戻す事はなかった。


 メールの方は自然と修復に向かっていった。

 勝が裏で動いてくれたのだろうが、俺は何をしたのかは聞かなかった。


 俺と杏奈はもう別れているんだ。


 今さら聞いた所で何が起きると言うのか。


 俺は杏奈と別れ五日間家に閉じこもった。


 春休みだからか母さんがそんな俺を不審に思う事はなかった。たた、ぐうたらしている息子としか思っていなかっただろう。


 閉じこもって六日目、勝からゲーセンで遊ぼうと誘いがあった。初めは断ろうかと思っていたが、ストレス発散したかったから、誘いに乗り外に出た。


 そして、ゲーセン帰りに俺はくるりちゃんと出会った。最初、杏奈と別れたばかりの俺はくるりって変な名前だとしか思わなかったが、勝と話している彼女の笑顔に癒された。


 子供のような純真無垢な笑顔に。


 自然とこっちも笑みを溢してしまうような柔らかい笑顔に。あの時の俺は、彼女が天使に見えた。


 辛かった気持ちも、悲しかった気持ちも、切なかった気持ちも、死にたかった気持ちも、全部彼女の笑顔が吹き飛ばしてくれた。


 だから俺はくるりちゃんに感謝しているし、くるりちゃんを愛している。


 だから······俺は勝を殴ったんだろう。

 くるりちゃんを浮気を流布した根元だと言おうとしたあいつを、拳を振るってでも止めたのだろう。


 どれくらい歩いたのか、辺りにはもうマンションやホテルはなく、小さな家が並んでいる街並みへと代わっていた。


「······どこだここ······」


 呟くと体に疲れを感じ、続いて喉の乾きを覚えた。

 俺はバックにしまったコーラを取り出し、喉に流し込む。

 少しぬるくはなっていたが、体に活力を取り戻させる事が出来た。


 今は何時だろうかと思い携帯を開くと、十時と表示されていた。足も疲れたし、早退した事にして家に帰るかと俺が考えていると、勝からメールが届いている事に気づいた。


『昨日の事気にして今日はサボりか? お前の弱っちい拳なんて効かないんだから、さっさと学校来いよ。さもないと、俺を勝先輩って呼ぶ事になるぞ』


 俺は少し微笑み、返信しようかと思ったが、考えてみるとなんで勝があんな事を言ったのか分からなかったし、どうして杏奈とよりを戻させようとするのかも分からなかった。

 

 勝は歩み寄ろうとしてくれているが、俺は何も気づいていないし、何も気づけていない。

 俺は何も変わっていないんだ。こんな状態で和解しても、また喧嘩するのが目に見えていた。


 本人に聞けば教えてくれるだろうが、これは俺が自分自身で考えなければならない事のような気がしたので、携帯を閉じポケットにしまった。

 

 歩きながら考えよう。


 返信は答えが見つかってからでいい。


 知らない道を物思いに耽って歩いた。時に真っ直ぐ、時には右に左に曲がりながら、当てもなく。


 勝が杏奈とよりを戻させようとしているのは、俺に杏奈が合っているからと考えているからなんだろう。勝と彩ちゃんみたいにラブラブ? と言った感じではなかったが、それでも杏奈の隣は居心地が良かった。


 あいつの隣では着飾らなくていいし、思った事が何でも言えた。その勢いで口論する事はあったけれど、本音でぶつかり合えた。


 そういえば髪型だって今みたいには気にしないでいた気がするな。


 ああ、そうか。あいつの隣では······自然体でいれたんだ。


 ありのままの俺を受け入れ、時には注意してくれたのが杏奈だった。デートらしいデートなんてした記憶はないけど、俺の部屋で一緒に本を読んだ、勝達と四人で喋った。


 なんでもない日常を一緒に過ごしたのが杏奈だった。


 俺は馬鹿だ。


 失って時間が経ってあいつの存在に気づくなんて。


 当たり前にいた存在に気づかずに俺はただ吹っ切れようと、前を見て突き進んでいた。

 立ち止まり隣を見れば直ぐに気づけたというのに。


 俺は立ち止まった。


 今さら止まっても何も変わらないと言うのに、止まり、左を見た。


 いつも杏奈がいた場所を。


 けれど······そこには今は誰もいない。


 くるりちゃんは俺にとって眩しい存在だ。

 いつも俺の前で笑顔を見せてくれる子だ。


 いや、眩しすぎる子なんだ。


 杏奈とは真逆のいつも俺の前で笑顔を見せてくれる子。


 俺の前にいる子。


 俺の隣にはいない子だ。


 俺はまだくるりちゃんと対等ではない。対等になるために、ちょっとでも好かれようと、身なりを着飾り、彼女の好きな髪型にした。


 そう、見た目を対等にしようと。


 俺は心を対等にしようとはしていなかった。


 彼女の笑みは、温かい心から産み出された物だと言うのに。


 そういえば、杏奈はほとんど笑顔を見せてくれなかったな。会話が盛り上がって俺や勝が爆笑した時も、杏奈はくすりと笑うだけだった。


 けれど、一度だけ俺に微笑んでくれた事があった気がする。

 くるりちゃんにも負けない程の、温かい笑みを浮かべてくれた事が。


 あれはいつの事だっただろうか? 思い出そうと必死に記憶を辿るが、思い出す事が出来なかった。

「······いつだったっけ?」


 思い出そうとしても、記憶に一番残っている、涙を必死に堪えた杏奈の顔しか思い浮かんで来なかった。

 俺にとっては辛い思い出のあの顔しか。


 俺は杏奈を裏切ったんだ。

 くだらないデマを気にし、杏奈が浮気しているんじゃないかと思い······口に出してしまった。


 彼氏である俺が信じないで誰があいつを信じるって言うんだよ。気丈な振る舞いをするあいつを前に、平気だと高を括ってしまった。

 けれど、今になって分かった。


 あいつは強がってただけで、苦しんでいたんだ。


 俺に助けを求めようと、伸ばしていた手に気づかず、俺は突き放したんだ。


 だからあんな顔をした。

 涙を必死に耐えた顔を。


「······ごめん······ごめんな」

 俺は一人泣いた。知らない場所で声をあげずにすすり泣いた。

 きっと杏奈も俺の前じゃなければ泣いていたんだろう。


 答えが見付かった。

 あいつに言わなければならない言葉が見付かった。


 もしかしたら勝が俺に伝えたかった事とは違うかもしれないが、俺の中にはさっきまでとは違う思いが生まれていた。


 これが俺の答えだ。


 携帯を開き、勝ではなく、以前は毎日のようにメールを送った杏奈の名前を出す。


 久しぶりだと言うのに、手はこの動作を覚えていたのか、淀みない動きで杏奈の名前を出し、メールを打った。


『いきなりで悪いんだけど、今日の放課後会えないか。出来れば勝や彩ちゃんには内緒で』


 送信時間は十一時半。思ったよりも放浪していたようだ。


 メールが帰ってくるまでの間、俺は地図アプリを開き、現在地を確認した。すると、駅から五キロ近く離れた場所にいる事が分かった。

「······遠っ」


 距離を確認すると、足がずっしりと重くなった気がした。ここから駅まで戻ると、早歩きでも一時間は掛かりそうだった。


 それでも良いか。

 まだ考える事も沢山あるし、時間もたっぷりある。


 杏奈は俺と違って学校をサボるとは思えないので、会うのは放課後になるだろう。

 俺はそう考え、ゆっくりと来た道を戻りだした。


 朝は曇天だったが、今は綺麗に晴れ渡っていた。


 歩き出し数十分経つと、杏奈から返信があった。


『メールしてくるなって言ったあなたからメールが来るとは思わなかったわ。それで学校をサボったあなたに、どうして私が会わなければならないの?』

 俺は一瞬、高圧的なメールに怒りを覚えたが、昨日の今日だし、怒っていないはずないなと思い、素直に謝りのメールを送った。


『昨日の事も謝りたいし、何より、杏奈に話したい事があるんだ。だから会ってくれ。頼む』


 返事が来るまで立ち止まった。一秒でも早く、届いたメールに返信したかったからだ。


『月曜に会えるのに、今日会いたいって事はよっぽどの事なのね。良いわ。会ってあげる。彩達に内緒でって事は、学校から離れた場所の方が良さそうね』


『じゃあどこにする?』


『駅前のファミリーレストランでいいかしら?』


 俺はその文にドキッとした。夢で俺と杏奈が出会った場所だ。まさか予知夢はこの事を俺に警告しているんじゃないかと思ったが、夢では杏奈が俺とくるりちゃんの待ち合わせに乱入した形だったし、今の状況とは変わっているから大丈夫だろう。

 そう考え返信をした。


『了解。じゃあ放課後にはそこに居るようにするわ』


 数十秒後、『分かったわ』と返信があった。


 これで杏奈と会う事が決定した。あとは今の気持ちを伝えるだけだと思い、俺は駅を目指し歩き続けた。


 戻る途中の公園のベンチで、母さんの作ってくれた弁当を遠足気分で食べたり、童心に還ってブランコを漕いだりしながら、二時間以上かけ俺は駅に戻る。


 それでも、待ち合わせの時間までまだまだあった。


 朝は暇潰し先がコンビニしかなかったが、今の時間ならいくらでも暇は潰せる。

 駅側のゲームセンターでも良いし、古本屋ならいくらでも立ち読みが出来る。

 金はあまりないが、服屋を見て回ると言う手もあるな。


 俺は何をしようか考え、最も金の掛からない古本屋をチョイスした。平日の昼過ぎの古本屋は空いていて、若い客は俺しか居なかった。


 さて、何を読むかと考え、本棚を眺めて歩いていると、一冊の本の背表紙が目に留まった。特に読みたい本でもないが、その本の帯に書かれた、来春映画かと言う文字を見て、そう言えば、明日観に行く映画は漫画原作と言っていた事を思い出した。


 幸い人も少ないので、少女漫画ではあるが、読んでいても目立たないだろうと思いその本のタイトルを探した。

 人気作品だからか、高価買い取り中と言う札が立てられ、その漫画は直ぐに見つける事が出来た。


 十巻完結の漫画のようで、この店には全巻揃っていた。一巻を手に取り読み始める。見慣れない少女漫画の絵と展開に苦戦しながらも読み続けた。


 あれっ?


 これって少年漫画よりも面白いぞ。そして少年漫画にはないこの胸の高鳴りはなんだ?

 このキュンキュンする感じはなんだ?


 漫画の内容は、ミクと言う少女が転校先の学校で出会ったクラスメイトの生徒会長アサヒに恋する話だ。

 アサヒは髪型なのか顔付きなのか、ちょっと俺に似ている気がした。


 アサヒは過去に辛い失恋をした思い出があり、ミクの告白を一度は断るが、断られてもめげない姿勢に心を動かされ付き合う。


 けれど、付き合ってもトラウマと言える失恋相手の登場や、幼稚園時代にミクと結婚する約束をした相手が現れたりと苦難が続くが、二人で乗り越えていく話だ。

 

 しかし、デートをしている時に、風船を追いかけて道路に飛び出した子を助け、アサヒは車に轢かれ、足が動かなくなってしまい、心を塞ぎこむ。

 そんなアサヒをミクは懸命に看病し続け、元の明るいアサヒに戻し、二人でずっと一緒にいようと誓い合う。これが五巻までの話だ。


 くるりちゃんの話では、この後手作りの結婚式や、アサヒの死があるらしい。


 ······気になるな。


 続きを読もうかと思ったが、肩に疲れを感じ、一度リフレッシュでもしようと思い外に出た。

 少し歩き駅まで来ると、近くの高校の制服を着た学生がポツポツと目に付いた。


 もうそんな時間かと思い携帯を開くと、杏奈からメールが届いていた。

 店内だからマナーモードにしていて気付かなかった······。五分くらい前に届いているよ······。


『今終わったから、あと十分くらいで着くと思う』


 良かった。まだ着かない時間だ。

 俺は『了解』とだけ送り、漫画の続きを読みたい気持ちを抑え、ファミレスに向かった。


 ファミレスの店内は空いていて、俺が入ると店員が直ぐにやって来た。待ち合わせだと言う事を告げ、四人掛けの席に案内して貰った。


 柔らかいソファに座り、出されたメニューを開いた所で、俺はこの席が予知夢で見た席と一緒だと言う事に気づいた。


「······マジかよ」

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