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FIVE MINUTES ~予知夢な五分間~  作者: 也麻田麻也
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第十話 金曜①

 金曜日


『少しでいいから、話できない?』


 杏奈から着たメールをファミレスの柔らかいソファに腰を下ろしながら見ていると、携帯が鳴った。

 画面には、『佐倉杏奈着信中』と出ていた。


 杏奈からの今日三度目の電話だ。あと数分でくるりちゃんが来る事もあり、俺がその電話に出ないでいると、店員のいらっしゃいませと言う声が聞こえた。


 くるりちゃんが来たかなと思い入り口を見ると、そこには杏奈の姿があった。


 杏奈は店内をキョロキョロ見回すと、俺の姿を見つけ近づいてきた。そして、俺の向かいに座った。


「······何してんだよ」


「何って、ファミレスに来ただけよ」

 俺の質問の意図は分かっているだろうが、はぐらかすように答えてきた。


「なんで俺がいるって分かったんだよ」


「······昨日、彩がここにあなたがいるのを見たから、今日もいるんじゃないかって言ったから来てみたのよ」


「······くるりちゃんが来るんだから、ふざけた事してんなよ」


「そっちこそふざけてるじゃない。なんでメールも返さず、電話にも出ないのよ」


「昨日言っただろ。もう連絡してくるなって。俺達は一ヶ月前に別れたんだからな」

 そう言うと、杏奈は俺をきっと睨んだ。


「言われたけど、私があなたの忠告を守る必要がどこにあるの? 他人に言われた事なんですからね」


「······じゃあ、その他人が俺に何の用だって言うんだよ」


「······」

 そこで杏奈は押し黙った。すると、店員がやって来て、杏奈の席に水を置いた。


「ご注文はお決まりですか?」


「少し選んでから注文します」

 杏奈は店員に、店員のような営業スマイルを見せ言った。


「あなたに忠告をしに来たの」

 店員が去ると、俺に向き直り言った。この時には顔には無表情と言う、杏奈のベーシックな表情が張り付けられていた。

「桃原さんと別れなさい」


「はぁ? いきなり何言ってんだよ。別れるわけねえだろ!」

 語気が強くなると、周りの席に座る客にも聞こえたようで、ちらちらと視線が向けられて来た。


「別れた方があなたのためよ」


「意味わかんねえよどうして別れる必要があるんだ」


「それは······」

 杏奈は口ごもった。


「ああ、分かった。お前まだ俺に未練あるだろ? だからくるりちゃんと俺を別れさせたいんだろ?」

 嫌みを込め俺は言った。どう否定してくるのかは分からないが、口喧嘩をする心の準備を整えて。


 けれど、杏奈は予想外の返しをしてきた。

「······そうよ」


 たった三文字の言葉は、口喧嘩のために構えを取っていた俺の心を容易く破った。


「······ッ!」


 認めると思わなかったので、ただただ驚いた。


 きっと顔にも出ていただろう。そんな俺の目を杏奈は一切の嘘偽りのないと分かる澄んだ瞳で見つめてきた。


「貴之には分からないでしょうけれど、女は好きな男を振り向かせるためなら、何でもするの······」


 言い終えると杏奈は身を乗り出し、俺の胸ぐらを掴み引き寄せ、突然ーーキスをしてきた。

 荒いキスで、杏奈の唇と俺の歯がぶつかったのが分かった。


「······ッ!」

 驚き目を見開くと、突然外からガツンと言う何かが落ちた音が聞こえた。


 横目で外を見ると、ガラスの窓越しに手で顔を覆っている、くるりちゃんの姿が目に飛び込んできた。


「くるりちゃん!」

 杏奈を引き離し、俺は席を立った。


「行かないで!」

 杏奈が制止してくる。


「······何でもするって、そう言う事かよ! 俺達を別れさせるためなら、こんな事もするんだな! お前って最低だよ!」


 吐き捨て俺は入り口に向かい走った。注文前だったからか、店員が俺を呼び止める事はなかった。


 店の中にいる杏奈を見たくなかったので、下を向き座って席の横を通り過ぎようとした時、くるりちゃんの携帯が落ちているのが見えた。

 さっきの音はこれかと思い拾い上げると、ディスプレーが割れていた。

まるで、俺とくるりちゃんの関係に皹が入ったんだと暗示しているように。


 俺は携帯を握りしめ走った。遠くに見えるくるりちゃんの背中を追って。


 小柄な体躯のくるりちゃんには直ぐに追い付き、俺は肩をガシッと掴んだ。

「待ってよ!」


「やだ! 離してよ! 貴くんなんか嫌い!」

 人通りも多い道でくるりちゃんは肩を揺すり掴んだ手から逃れながら泣き叫んだ。ファミレスの時以上の好奇の目に晒されたが、俺は気にせずに続けた。


「あれには事情があるんだよ!」


「やだ、やだ、やだ。くるり聞きたくない。今日だって、くるりに別れ話するために杏奈ちゃんを呼んだんだよ! 嫌い! 貴くんなんて大嫌い!」


「違うよ! 俺はくるりちゃんと別れる気なんかないよ!」


 俺はくるりちゃんを振り向かせ言った。けれど、俺を見るくるりちゃんの目は怒りを宿していた。

「嫌い。もうやだ。嘘をつく貴くんなんて、もう二度と見たくない!」


 そう言うとくるりちゃんは俺にビンタした。

 その衝撃はとても弱いものだったが、俺の心には酷く響くものだった。


 すると、視界が靄がかってきた。

 そして耳には遠くからのジリリリリと言うアラーム音が聞こえてきた。


 ああ、良かった。これは夢······予知夢なんだ。

 そう思い俺は目を覚ました。


 まだ煩くアラームを鳴らす携帯を、薄ボンヤリした視界で探し、手に取りストップを押す。

 静寂に包まれた部屋の中、携帯の時間を見るくるりちゃんの七時ちょうどだった。


「······なんだよ······あの夢は」

 いつもなら七時に起きれば間違いなく二度寝していたが、悪夢で起こされた目は冴えていて二度寝が出来そうもなかった。

 仕方なく布団から這い出て、洗面所で顔を洗った。


 足音で気づいたのか、母さんが台所から出てきた。


「こんな早く起きるなんて珍しいわね。まだ、お弁当も作りはじめてないわよ」


「ああ、うん。なんか目が覚めちゃってさ」


「どうする? もうパン食べちゃう?」


「そうだね。たまには早く家出てみるかな。俺も準備しちゃうから、焼いて貰ってもいい?」


「分かったわ。じゃあ、あと五分くらいしたら出来上がるから、制服に着替えちゃいなさい」

 俺の態度がおかしかったのか、母さんは少し心配そうな顔を見せた。


 俺は精一杯の作り笑顔で、「うん」と答えたが、接客業のバイト経験もない俺では、ぎこちない笑みしか浮かべる事が出来なかった。


 いつもの半分以下の時間で髪をセットし、ゆっくりとトーストを食べた。いつもは冷めて固いパンだったが、焼きたては甘みもあり、もちもちとした食感だった。

「······美味しい」


 普段は言わないような事を口走った俺を、母さんは心配そうに見つめてきた。

「······熱でもあるの?」


「ないよ。ご馳走さま」


「一枚で良いの?」


「うん。じゃあ少し早いけど学校行くよ」

 バックを手に取り椅子から立つ。

「行ってきます」


「······行ってらっしゃい」

 心配した声が背中に刺さるが、どう答えていいか分からなかった俺は、刺さったまま扉を閉め、痛みから目を背けた。


 家を出て駅に向かって歩く途中で、十字路に差し掛かった。

 

 予知夢を見始めた一日目に夢の中で轢かれた十字路だ。


 何気なく辺りを見回すが、今日も白猫の姿はどこにもなかった。もちろんスクーターも見当たらない。

 スクーターはあの日以来一度も見ていない。出勤時間がずれているからか、あの日だけがなにか予定があり、たまたまここを通っていただけなんだろうか?


「もしあの時······轢かれていたらどうなっていたのかな······」

 呟き俺は歩を進めた。


 駅に着くまで予知夢について考えていた。


 もし予知夢が天啓だとしたのなら、今日の出来事をどう回避すれば良いんだろうか? 


 ファミレスに来ないように杏奈に釘を刺せば良いのか? 


 いや、俺が言っても聞くような女じゃないな。そもそも、俺がいきなりファミレスに来るなと言ったとしたら、何でその事を知っているんだと不審に思うだろう。

 それなら、予知夢の事を知っている勝にそれとなく、会わないように言って貰うのが良いかもしれないな。


 俺では上手い説明も出来ないけど、口が達者な勝なら虚実織り混ぜ説明して、杏奈を上手くまとめ混みそうだ。


「······あっ······ダメじゃん」

 そうだった。今、勝に頼み事が出来るような状態じゃなかった。勝とは昨日喧嘩しているんだ。

 その事を思い出すと、駅に向かう足がズシッと重くなった。


「······学校行きたくねえな······」

 仲直りなど今の状態じゃ出来そうもないし、そもそも、会いたくもなかった。どんな顔をして会えば良いか俺には分からなかったから。

「······サボるか」


 出席日数が足りなくなりそうではあるが、学校をサボる事にした。駅の側にあるコンビニに入り、個室トイレで、登録しておいた学校の番号を探す。

 二度コール音が鳴った後、学校に繋がった。


『······はい、幸島商業高校です』


「あっ、二年八組の成田ですが、片岡先生はいますか?」


『はい。少々お待ちください』

 電話口から保留音が流れると、少しして片岡ちゃんに繋がった。


『お電話代わりました。片岡です』


「おはようございます。成田です」


『おはよう。どうしたの?』


「あの、今日頭痛が酷いので休ませて貰ってもいいですか? 母に連絡してもらおうと思ったのですが、昨夜から単身赴任の父の方に行っていて、家にいないので、自分から連絡させてもらいました」


『······来れない位具合悪の?』


「······ちょっと歩くのがきつくて······少し良くなったら、病院に行こうと思っています」


『······そう。それなら仕方ないわね。じゃあ今日は一日休んで、月曜には出てこれるようにね······あっ、もちろん遅刻をしないでよ』


「分かりました。それじゃあ、失礼します」


『お大事にね』

 片岡ちゃんの言葉を聞き、電話を切る。

 勝とつるんで一年。俺の口も上手くなったもんだ。


 とりあえず、サボる事は出来そうだが、一度家を出た出前戻るのは難しいな。どうするか迷ったが、電車に乗って町まで行く事にした。

 サラリーマンの集団に押し潰されながらも駅に辿り着き、とりあえずはコンビニに向かう事にした。


 暇潰し場所としてコンビニは鉄板だろう。


 漫画でも立ち読みしようと本棚の前に立ち、毎週立ち読みしている本を手に取った。

 好きな漫画の続きを読み始めたが、どうも頭に入ってこなかった。頭の中は、予知夢の事でいっぱいだったから。


 一昨日読んだ本では、予知夢は天啓と言う天からの警告と言う事だったが、それならあれは杏奈に気を付けろと言う夢なんだろうか? 


 もし、そうだとしたら······どうして杏奈は俺にキスするなんて行動を取ったんだ?

 杏奈の行動の意味が分からず、頭を抱えていると、くるりちゃんからメールが来た。


『貴くん、おはようメール遅れてゴメンね。昨日見ようって言った映画の漫画本久しぶりに読みたくなって、読んでいたら朝寝坊しちゃった。うー。今日も貴くんに会うのにちゃんとお化粧できなくてショックだよー』


 そのメールに一瞬だけ笑みをこぼし、返信の内容を考えた。


 もしファミレスで待ち合わせをすれば、もしかしたら杏奈と出会ってしまうかもしれない。


 それなら場所を変えるべきか? 

 そうすれば、杏奈が来る事はないだろうと思ったが、俺はくるりちゃんに嘘のメールを送った。


『くるりちゃんおはよう。実は今日、頭痛が酷くて学校を休む事になったんだ。熱とかはないから明日には治ると思うんだけど、今日のデートは中止にしたいんだ。大丈夫かな?』


 俺がメールを送ると、直ぐに返信が届いた。


『風邪かな? 大丈夫? くるり看病に行ったほうがいいかな?』


『少し寝れば良くなるから大丈夫だよ。明日は元気いっぱいでくるりちゃんとデートするから、楽しみにしていてね』

 送信を確認し、ポケットに携帯をしまった。


 しばらく待っても携帯は鳴らなかった。授業が始まる時間になったんだろう。


 遅刻ばかりする不真面目な俺とは違い、くるりちゃんは優等生だ。

 授業料中に携帯を弄る事などしない。


 さてと、ゆっくり本を読もうかなと思ったが、やはり話が頭に入って来なかった。好きな漫画をもってしても、俺の頭の中のもやもやを消し去る事は出来ないようだ。


「······外でも歩くか」

 本を戻し、店を出ようかと思ったが、長々立ち読みだけしてーー正確には読んではいないけどーー何も買わずに店を出るのは気が引けたので、冷蔵庫からコーラを取りだしレジで会計を済ませ店を出た。


 外を歩き出すと、少し肌寒さを感じた。空を見上げると曇天が広がっていた。俺の頭の中の靄と同じような曇った空を見上げると、遠くの空が少し明るくなっているのが見えた。


 あと数時間もすれば晴れそうだな。


 俺のこのもやもやも晴れるのかなと思いながら歩を進めた。行き先も何も考えていなかったが、今はただ歩きたかった。


 数分も歩いていると、普段歩かないような見慣れぬ道に出た。

 

 途中で陸橋を渡り、普段遊ぶ駅の東口側から、西口側に出たからだろう。東口側は商業施設が多いが、西口側はホテルやマンションといった住居が多く立ち並んでいる。


 俺はその西口側を駅から離れるように、ただ真っ直ぐ歩いた。どこまで行くかも考えぬまま、ただただ真っ直ぐ。


 歩くと肌寒さが消えていき、少し背中が温かく感じた。


 駅から離れた証拠なのか、すれ違う人数も減ってくる。考え事をして歩いても人にぶつからないだろうと思い、昨日の予知夢について考える事にした。


 なんで杏奈は俺にキスをしたんだろうか? 


 俺に未練があるから、好きな気持ちを伝えるためにキスをした?


 あんな事を言った俺を今でも好きだと言うのか?


 あんな事。

 それは昨日でも一昨日でもなく、一月以上前に俺が言った言葉。


 付き合っていた時に言った言葉。


 別れる引き金になった言葉。


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