接敵、中央突破戦5
崩れ落ちた『矢払い』から飛び退り、鉄の馬車と自分のどちらを相手にすれば良いか迷うもう一体の喉元を掻き切って沈黙させたハッバは、立ちすくんでいる兵士達へ鋭い声を浴びせかけた。
「今すぐ城門を開くのだ! 彼らのお陰で周辺のバトスは駆逐されている、この好機を逃すでない!」
「え、あ。城門を開くって、旦那……」
投げかけられた声に我に返るも、困惑の声を漏らす兵士達。その気持ちはハッバにもよく分かる。突然弾け飛んだ地面に、それを蹴散らして突き進む鉄の馬車と炎を上げて小さな礫を飛ばす筒。どれも見た事も聞いた事もないものだ。それらとそれを操っている者を城壁の内側に招き入れる事に抵抗感を覚えるのは当然の事だろう。しかし、ハッバは彼らを信頼出来ずとも、協力は出来る相手だと判断した。得体の知れない相手だとしても、少なくともバトスとは敵対している。それで十分であった。
「もしかしたら、あれは東の帝国や南の共和国が派遣した軍隊やもしれぬ。然らば、何らかの武器や戦法を編みだし、大陸中央の敵を撃滅したという事もありえようぞ。そなたらも、あのバトスをなぎ倒す凄まじき力を見たであろう! このままではどうせ奴らに蹂躙される身、今更獅子身中の虫を囲ったところで大差は無いッ!」
「わ、分かりやした。捨てた命だ、ここでびびってたってしょうがねぇ。お前ら、城門を開けるぞ!」
『おうっ!』
王都を囲む城壁は長く、厚く、そして高い。それ故に門も大きく作られており、当然の事ながら開閉にもそれなりに時間が掛かる。本来なら纏まった人数で作業するのが常であり、一応この場にいる三十人という人数はそれを満たしている。だが、彼らは傷病兵だ。足や腕が無い者などザラであり、健常者のそれと一緒に考えてはいけない。防衛の都合上『出るに易く入るに難し』を地でいく城門は外開き式。縄を掛けて引っ張っているのだが、その速度は牛の歩みの如く遅い。
「これは、時間稼ぎが必要そうであるな……!」
先ほど『矢払い』を二体屠ったが、それでも敵は雲霞の如く湧いてくる。遠くでは両腕の槌を振り回した『騎士殺し』や歯をガチガチと鳴らして跳ね回る『悪食』、ずるずると地を這う『鉄溶かし』の姿も見える。素早い『三つ足犬』など、もうまもなく此方に到達するであろう。鉄馬車上部の筒も礫を吐き出しているが、手数が足りていないようであった。自らも時間を稼ぐべく剣を構え直すハッバ。だが、応戦しようとする者は彼だけではなかった。
『総員、順次降車しろ! 降り次第アーカム小隊は右、ベンジャー小隊は左の敵を牽制、コルト小隊はバックアップ、一匹たりとも近づけさせるな! 射撃手はそのまま攻撃を継続、運転手は発進準備を整えたまま待機だ。門が開き次第動くぞ!』
『こちら建部一佐だ。自衛隊医療チームは装甲車内で待機、警護部隊は迎撃を海兵隊に任せ、門を開閉しようとしている現地住民へ協力せよ。どうやら少々手こずっているらしい』
響き渡った言葉は大陸のどの言語とも違っており、その内容の殆どをハッバは理解する事が出来なかった。しかし、扉の開いた鉄馬車から緑色の服に身を包んだ男達が現れ、一方は手持ちの筒からバトスへ礫を放ち、また一方は扉の開閉を手伝い始めるに当たって、その意味を理解した気がした。
(やはり彼らは兵士、それも凄まじく練度が高い!)
迷いを見せぬ一糸乱れぬ動きは、ハッバをして惚れ惚れとするものだった。するとその隊列から一人、がっちりとした体つきの男が近寄ってくる。堂々とした態度と他の兵とは微妙に違う出で立ちから、相手が部隊の指揮官であるとハッバは直感した。
『突然で済まないが、我々は怪しい者じゃない。自分は国連軍日本部隊指揮官の建部一佐だ。『穴』の向こうからやってきた調査団付属の部隊で、訳あって貴君らを援護しに来た。参戦の許可と城壁の利用を許して頂きたい……分かるか?』
「う、む……改めて聞くと、本当に何を言っている分からぬ。東方語でも南方訛りでもなし……ど、どうすればいいのだ……!?」
なにやらこちらに捲し立てているようだが、やはり何を言っているか分からない。するとこちらの困惑を察したのか、喋るのを辞めると今度は手を動かし始めた。自分の胸を手で叩き、バトスを指さした後に拳を作って殴る仕草をする。続いてまた胸を叩くと今度は足をばたつかせ、城壁の上とバッハの順番で指さした。始めは何をしているのか理解出来なかったが、数度繰り返すと大まかではあるが伝わってくる。
(私は、バトスと、戦う? その為に、城壁の、上に、行く……いや、行きたいから、私に案内しろということか!)
確かにあの筒は弓と同じく距離を取って戦う武器のように思える。ならば弓同様、城壁の上から撃つのが上策。だが都市の内部構造が分からぬ故に、詳しいであろう自分に案内を頼んでいる、そうバッハは解釈した。それと同時に、鉄の馬車が通れるだけの隙間が開き、帯を巻いた車輪を動かしながら次々と内側へと入り始めている。タイミング的にも丁度良いだろう。
「うむ、理解した。何処の方かは寡聞にして存ぜぬが、助力に感謝する。城壁の上へ通ずる通路はこちらだ、着いてこい!」
顎を振って着いてくるよう示しながらハッバが走り出すと、ちゃんと意図が伝わったらしく、複数の男達がそれに続いてきた。急いで城門を抜け、城壁脇に積み上げられた階段を駆け上がるハッバ。その上まで登り切った彼の前に飛び込んできたのは、翼をクルクルと回転させる 偵察ヘリの姿だった。
一方、国連軍突入部隊とハッバ達が城壁で激戦を繰り広げているのと同時刻。
(一体、何が起こっているの……!)
異変を感じ取ったユリティアは玉座の間を離れ、外の様子を見るべく城内を駆けていた。大勢居た兵士や武官、政務官が居なくなった城は、その空虚さをより一層引き立たせている。しかし、一応僅かではあるがお付きの侍女や料理人も残っているはずなのだが、その姿すら見えない。みな、自室に引きこもってしまっているのか。ユリティアの身を案じてくれる者は、一人としていない。
(やはり私は、ユリティア・ハルパリウスという王家の人間ではなく……)
ただの無力な小娘としか、思われていないのだろうか。これまでに幾度も脳裏をよぎった考えが、いまこの瞬間も浮かび上がって来る。ユリティア自身、王族である事に驕った事などないつもりであった。確かに通常の民よりかは格段に良い生活をしていたかも知れないが、過度な我が儘を言った事はない。そも、物心ついた時からバトスとの戦いが始まっていた為に、そんな余裕など無かったのであるが。そんな何不自由なく育った彼女の視線の先には、いつも父親の姿があった。
(お父様が……お父様がもしこの場に居たら、いったいどうしたのですか?)
ユリティアの父、国王ジーベルト・ハルパリウスは突出した名君ではなかった。しかし、上に立つ者としての役目は十分以上に果たしていたと彼女は思っている。他国より流れてきた難民を受け入れ、食料の増産や兵員、武器の確保。各種防衛施設の整備など、出来うる限りの事はやっていた。そんな姿に、彼女が憧れを抱くのはごく自然な流れであった。女である自分は婿を取り子を残す事が役目であると分かっていながらも、父のような指導者になりたいとさえ願っていた。
(でも、そんなお父様でさえ……)
ユリティアだって分かっているのだ。恐怖に震えたままの小娘では民が着いてこない事など、彼らが求めているのは先王に代わる指導者だということも。でも、何をすればいいのか分からなかった。父親、教師、その他大勢の人々から伝えられるはずの事を、彼女は教わらなかったから。そして何よりも、そんな父でさえ無惨に殺すバトスに対する限りない恐怖が胸に刻まれてしまっていたが故に、何をしても無駄なのではないかという無力感が心を縛ってしまった。
そんな彼女が震えたまま玉座に引きこもらずに状況を確かめようとしているのは、僅かばかりでも残っている、立場への責任感によるものか。それとも、父の治めていた国の最後だけは見届けなければと言う義務感か。ユリティア自身も判別が着かなかった。
「これ、は……」
王都を一望出来るテラスに飛び出したユリティアが見たもの、それは城壁の上で忙しなく駆け回る兵士達の姿と、その上の忙しなく飛び回る巨大なトンボの群れだった。遠目でよく見えないが、緑色の服を着た男達が鉄の棒を振り回して応戦し、巨大トンボが空中から次々と王都内へ鉄の箱を落としている。それが何なのかは分からないが、決して悪いモノではないことぐらい、少女にも理解出来た。だって、本来であればとうの昔に城門は破られ、バトスが街へと流れ込んでいるはずなのだから。
「助けが、来たの……何処かが、私たちを助けに」
救援が来た。それを実感したユリティアに去来した感情。
「……………………よかった」
死に怯えなくても良い、立場に縛られなくても良い、自分で考えなくても良い、責務を放り出して良い。
一国を治める王族としてあるまじきもの。それは自分の代わりに全てをやってくれるであろう存在が来たという、解放と安堵感であった。