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接敵、中央突破戦4

『こちら、フライアイ1。榴弾砲及び迫撃砲の着弾を確認。射撃効果を認む。敵の隊列は乱れた、これより本作戦は第二段階に移行する。装甲車隊、順次発進せよ。繰り返す、これより本作戦は……』


 偵察ヘリからもたらされた、野戦特科の榴弾砲や歩兵携帯用の迫撃砲による面制圧射撃の効果と、作戦の第二段階移行の指示。それを耳に嵌めたインカムから聞いたベネット・エイミス大尉は、車長席から運転席に座った部下へと檄を飛ばした。


「ヘイ、作戦は無事第二段階へ移行だとよ。こっからは楽しいドライブだ、ブレーキなんぞ踏んだら放り出すからな、覚悟しておけよ!」

「ボス、俺はレーシングゲームは得意なんでね。むしろ後ろの連中がついてこれるかって方が心配でさぁ!」

「馬鹿野郎、ゲームに『アムトラック』が出てくるか! 詰まらねぇこといってないで、とっとと動かせ!」


 いつでも走り出せるようエンジンが暖められていた装甲車が、足下の無限軌道を勢いよく回転させ擬装用の茂みを突き破って発進する。その数、実に六台。一列になって走り出すそれらの向かう先は、もうもうと砂煙立ちこめる平原、そしてその向こうにある都市であった。


(アメリカらしい、と言うべきですか。つくづく緊張という言葉とは縁遠い人たちですね。まぁ、もっと無茶をしようとしている人が上官に居る身分で、人様をどうこう言えませんが)


 オープンチャンネルで垂れ流されるスラング混じりの粗暴な会話は、普段ならば少々顔を顰めてしまうものだが、こういった状況だからこそ気持ちを奮い立たせる為に荒々しくしているのか。ガタゴトと揺れ始め、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない兵員輸送装甲車のシートに座りながら、品川はそう思った。ちらりと横を見ると、迷彩色の戦闘服に身を包んだ建部が、瞑想するように腕を組みながら目を瞑っている。


 先の停滞しかけた会議において、建部が提案した作戦。大雑把に纏めれば、それは『砲撃で敵の陣形を乱した後、兵員輸送車で敵陣中央を突破、都市部に突入。そのまま防御施設を利用し、敵性生物を迎撃する』というものであった。先ほどの報告は、作戦の第一段階である野戦特科による面制圧射撃の成功を報せるものだった。


(似たような実例で『島津の退き口』なんてのが過去ありましたが、これは……いや、理に適って居るんですけどね?)


 そもそも、交戦するに当たってネックとなっているのは敵の情報不足、戦力差、補給線確保の三つであった。情報不足は事態への対処の遅れを招き、戦力差と補給線は部隊の戦闘力に直結する。まず、情報不足に起因する事態に対処する手段として『そもそも相手と接触しない』という結論に落ち着いた。この時代の人類の技術水準が中世レベルであるならば、最大射程武器は恐らく弓。それで抗しえている状況であれば、最悪を想定していても敵性生物のそれも同程度だと考えられる。対して、こちらの砲の射程は最低でも五キロを超える。相手がどんな毒をもっていようが、恐ろしい武器をその身に宿していようが、これならば関係はない。

 しかし、今度は戦力差の問題が生じる。いかな遠距離といえども、砲の数自体が其処まで多くないのだ。倒しきれなかった敵が至近距離まで迫ってきたら、元も子もない。こちらにはまともな塹壕や遮蔽物が無いのだ。ならば、それを埋める物を利用すればよい。そう、都市部を囲む城壁である。高所からの攻撃であれば効率的に敵を殲滅出来るし、相手を釘付けにする事も出来る。それに、この世界は『攻者三倍の法則』が現役で通用する場所なのだ。相手の目的はこちらの絶滅だとしても、こちらの勝利条件は撃退で十分。前提条件の違いに加え、こちらが城壁有りの守兵で銃火器持ちであることを加味すれば、この程度の人数差は十分許容範囲である。冗談抜きに、一騎当千が出来る状況なのだ。


(そして弾薬の補給については……うわわっ!)


 ガタン、と車体が大きく揺れ、それによって品川の思考が中断された。今、品川達が乗っている兵員輸送車はアメリカ海兵隊が正式採用している水陸両用装甲車『AAV-7』、通称アムトラックである。水陸、という名前の通り浮航性を持っており、ウォータージェット2基や履帯を使用して水上を移動する事が出来る。足回りはキャタピラで走破性も抜群、車体上部に12.7mm重機関銃も一基搭載。装甲は小銃弾を止めるだけの強度がある。更に人員も操縦者と車長、射撃手に加え後部兵員室には二十五名と、三十人近い人員を乗せる事が出来る。加えてエアコンまで完備した、汎用性に富んだまさに異世界向きの車両であった。が、乗り心地までは保証してくれなかったらしい。


『支援砲撃が止んだ、これよりバケモノ共の中に突入するぞ! 地面が穴ぼこだらけだが無限軌道なら突き進める。ただ口を開ける時は気をつけろ、舌噛むぜ!』

「陽動の方はどうだ、エイミス大尉。ここからでは外の様子が分からないので……少しでも釣れれば大分楽なのだが」

『それなりの数が招待に応じてくれたみたいだ。つっても、それでもわんさか残ってやがる。暫く外が騒がしかったり、車体を叩かれたりするかも知れないが……安心してくれよ建部一佐、ウチの隊員の腕は良いぜ?』

「了解した、それなら少し仮眠でも取らせて貰おうか。着いたら起こしてくれ」

『ハッハァ! 目覚ましは奴らの断末魔でいいな!』


 こんな状況でも平然と話し続ける上官とヤンキーは、本当に同じ人間なのだろうか。それとも自分が軟弱なだけだろうか。本気で悩みかける品川だが、無駄な思考をしている暇はない。こちらの負担を減らす為、到着するまでの間ロシア偵察部隊が車両を使っての陽動を並行して行ってくれる手はずだったが、どうやら上手く機能しているらしかった。


 今回、都市部への人員としてアメリカ海兵隊と自衛隊医療班及びその警護部隊が『AAV-7』に搭乗し、残りはその支援に回っている。選ばれた理由としては、海兵隊は連度が高く上陸戦や強襲戦に長けている上にこの兵員輸送車を所有していた事、自衛隊は都市内部では多くの傷病者や疫病などが蔓延しているであろう事を考え、その治療と防疫を目的として、それぞれ選出されている。本来なら建部や品川、ベネットと言った上級指揮官は船に残って指揮をするべきなのだが、『都市部にはなんらかの有力者が居る可能性が高く、その交渉を行えるだけの権限を持った者も同行すべき』という意見が出た結果、建部が率先してそれを買って出たのだった。ベネットの場合は『隊員だけ行かせられるか』という理由で着いてきている。


(どうか、無事に着けると良いのですが)


 ここに来てはもう、品川に出来る事は海兵隊を信じ、祈る事よりほかない。運転を誤って敵中孤立、などという間抜けな事態だけは絶対に避けたいと、心の底から思うのであった。



 兵員室では沈黙が降りる一方、運転席側ではひっきりなしに怒号が飛び交っていた。


「アパム、撃て撃て、撃ちまくれ! どの道、ここを抜けないと全部が無駄になるんだ。出し惜しみせず、全部使い切る勢いで行け!」

「アイサー、ボスッ!」

「運転手より車長。進路上に二本足のサソリが三体、こっちを見てる。排除してくれ!」

「だとよ射撃手、吹き飛ばしてやんな!」


 面制圧射撃の効果は絶大であった。数を頼みとする集団特有の密集陣形は、迫撃砲の良い的である。地面に空いた穴ぼこは赤黒く染まり、かろうじて原型を留めている体の一部が、辺り一面に散乱している。火薬と血、砂埃の匂いが混ざり合い、凄まじい臭気となって鼻孔を侵す。しかし、その香りこそが軍人の身を置くべき戦場である事の証左と、ベネットは考えていた。


「テメェらは人間なんて餌か玩具程度にしか考えてなかったんだろ、ええ? そのツケ、もうすぐ払って貰うぜぇ……!」


 ハッチを上げ車体上部に身を乗り出したベネットが、周囲に視線を走らせながら素早く部下達へと怒声を飛ばす。それを受けた射撃手が立ちふさがる敵を文字通り木っ端微塵にし、もぞもぞと這い蹲る相手を運転手が挽き潰してゆく。戦闘に位置する一号車が前方の敵を排除し、後続が左右を掃討、最後尾が追っ手を牽制するという形で、残党を排除している。無論、残党と言ってもその数はまだまだ膨大である。砲撃の衝撃から立ち直った個体が、装甲車目がけて突撃してくるのが幾つも見えていた。


(ファンタジーよりかゾンビパニックだな、こいつは。走るゾンビなんて邪道だが……足を止めたら末路は同じか)


 重機関銃の威力は凄まじく、効きの善し悪しはあるものの大抵の敵を排除する事に成功している。そも、人間に対して過剰すぎる威力を発揮する武器である以上、それは至極当然の結果だった。しかし、それも各車両に一基、合計六基のみ。今はまだ動き回って相手を置き去りにしているが、足を止められた場合、囲まれて嬲り殺しにされるのは明白だった。


「三本足の犬みたいな奴はすばしっこくて狙いがつけ難い、接近されないように注意しろ!」

「粘液まみれのミートボールを轢いたら装甲が溶けやがったぞ!? あれには触れるんじゃない!」

「馬鹿でかい雪男みたいなの、頑丈だが動きが遅い。このまま引き離してやれ!」

「左側、五十匹は倒してやったぜ。まだまだ来いやぁ!」


 チラリと背後に目を向けると、後方の車両も必死に応戦している様子が見て取れた。両手が槌の様に盛り上がり、頭部に針を生やしたサソリのような個体や、口だけついた頭に手足の生えたような個体は動きもとろく、機銃の餌食となっている。しかし、中型犬サイズの素早い個体は弾を当てにくく、ところどころに転がっている不快な肉塊は強酸性の液体を分泌し、毛に覆われた三メートルを超える巨人は機関銃弾が著しく効きにくい。だが、各人がその場その場で臨機応変に立ち回り、速度を落とすことなく着いてきている事にベネットは僅かに誇らしさを感じていた。流石は精強なる我が海兵隊、と。


 最も、その余裕は直ぐさま消える事となる。

 戦場を走り抜け、もう城壁は目の前という地点で、運転手が切羽詰まった声を上げた。


「ボス、目の前に雪男みたいなのが二体立ちふさがってやがる。お手々広げて通せんぼだ!」

「なにぃ!?」


 振り向くと、運転手の言葉通り毛むくじゃらの巨人が目の前に仁王立ちしていた。装甲車から顔を出しているベネットよりも大きい。それらが異様に長い両腕を広げて、装甲車を押しとどめようとしていた。


「迂回は出来ないか?」

「無理です、腕が長すぎてどうハンドルを切っても接触しちまいます! 無理にやっても横転するのがオチだ!」

「射撃手、倒せるか!?」

「さっきから撃ちまくっているのにビクともしない! あの長い毛が防弾チョッキみたいに体を守って居るみたいです!」

「ケブラー繊維でも生やしてんのか、野郎は!?」


 そう話している内にも、みるみる相手との距離は詰まってゆく。目の前まで迫った毛むくじゃらの巨体がベネットを見下ろす。その奥に隠れた大きすぎる瞳と視線が真っ正面からぶつかる。そこに確かな嘲りの感情が混じったように、ベネット感じた。


「……クソッタレが」


 奥歯を砕かんばかりに歯を噛みしめたベネットの目の前でゆっくりと巨大な掌が開かれ、装甲車を押し留めんと掴みかかり……。


「ーーシィッ!」

「なぁ!?」


 刹那、その背後から一人の男が右側の雪男へと飛びかかった。


 男は相手の体毛を引っつかんで体に張り付くと、全身をバネのように使って雪男の体を駆け上がり始める。当然振り落とそうと腕を振って暴れる雪男だが、まるで曲芸師のようにそれを避け、更には足場として利用しながら男は瞬く間に頭部まで到達する。両足でがっちりと首元をホールドし、両手で片手半剣を保持すると、躊躇うことなく一息にそれを振り下ろした。


「……ッ! ……!? ……ッ」


 体毛の隙間を縫って穿たれた切っ先は、易々と雪男の頭部を貫通していた。糸の切れた人形の様に崩れ落ちる雪男。一瞬のうちに行われた光景を目の当たりにしたベネットは、思わずこう呟くしかなかった。


「……イカれてやがるぜ(クレイジー)


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