接敵、中央突破戦2
「さて。各人、準備は良いな。それではこれよりブリーフィングを始める」
緊急連絡を受けた十分後、輸送艦内部にある大部屋。簡易的な机や椅子を運び込み、他艦乗員との相談用にテレビモニターとマイク、プロジェクターを設置し、なんとか会議室としての機能を持たせたその場所に、建部と品川は居た。辺りを見回すと他の艦から移動してきた、アメリカやロシア、中国を始めとする各国の軍事責任者が顔を連ね、テレビモニターには『穴』に残してきた一隻に搭乗している面々が映し出されていた。
全員が揃った事を確認すると、一応の司会進行役であるアメリカ人の男が口火を切った。
「当初、我々は『ホール・レポート』の情報に従い、ここから五キロ離れた村の調査を行う予定であった。しかし、それを修正する必要性が生じた為、こうして集まって貰った。まずは、先ほど偵察ヘリから入った報告を正式に伝えさせて貰おう。プロジェクターを見て欲しい」
男は立ち上がると壁際に寄って電気を消し、プロジェクターを起動させた。壁にぼんやりとした写真が映し出された瞬間、集まった者達の口から息が漏れ、一瞬だけざわめきとも呻きともつかぬ声が部屋に満ちた。
そこに映っていたのは、例によって流出した動画に映っていた怪物達である。見るに堪えないおぞましい姿ではあるものの、それだけならば軍人たる彼らにここまでの反応はもたらさなかった。問題は、その数。
「事前に知らされてはいましたが……」
「やはり、実際に見ると壮観だな。あの映像では分かりにくかったが、やはり一体一体がデカイ」
総数二万弱の軍勢が草原を進軍している様子は、流石に脅威といえるだろう。品川はそれを見て僅かにたじろぎ、建部は冷静に写真から情報を読み解く。腹芸と知識で舌戦を得意とするも場数の足りぬ品川と、実直で駆け引きが苦手だが行動派で肝が据わった建部。こういった部分で、彼らの差違がはっきりと現れていた。チラリと建部が目だけを動かし周囲を観察すると、その反応もまた様々だった。
「なるほどコイツは食いでありそうじゃねぇか」
「数は良いとして、問題は具体的な戦闘能力……飛び道具があったら厄介だな」
「いや、数は単純にこちらの五倍。武器の差を換算しても撃退出来るかどうか」
「あれと戦うのか? 我が国の兵士を無駄死にさせるつもりはない!」
鉄火場の気配に戦意を昂ぶらせる者、素早く彼我戦力を対比している者、慎重策を口ずさむ者、早々に匙を投げる者。多種多様な反応は、意見の多様性があると見るべきか、足並みが揃っていないと言うべきか。建部としては前者であって欲しかった。
一通りの喧噪が収まると、進行役が会議を再開させる。
「偵察ヘリは内陸部に人が住んでいると思わしき都市を発見。重ねて、そこに向け進軍する二万弱の敵性生物の群れを確認した。到達までの推定時間は残り五時間。我々はこの事態に対しどう対処すべきか、それを早急に決定する必要がある。諸君らにはその意見をお聞かせ願いたい」
「あ? 戦う以外に選択肢はあるってのか」
進行役の言葉にまず真っ先に反応したのは、アメリカ人の男であった。がっちりした体躯に毛の一つもない禿頭、右頬に大きな傷跡の残る、いかにもな百戦錬磨の猛者と形容できる風貌。アメリカより出向してきた海兵隊二個中隊を率いるベネット・エイミス大尉だと、建部は記憶していた。
「エイミス大尉はあの敵性生物と戦うべきだと?」
「当たり前だ。俺たちはあの怪物共を一匹残らずぶっ殺しに来たんだぞ。だというのにここで尻尾を巻いて逃げ出しちゃ、本末転倒だ。本国の連中に臆病者だと笑われちまうぜ」
「言葉の表現は甚だ許容出来ないが……我々も概ね同様の考えだ」
乱暴な口調のベネットに追従してきたのは、色白のロシア人だった。彼は確か自動車化狙撃兵部隊長、ドミトリー・マガノフ。自動車化狙撃兵とは、すなわち歩兵の事である。ドイツの擲弾兵、日本の普通科という例があるように、単純に歩兵と名付けず何かしらの言い換えを行っている国は幾つかあった。軍の根幹を成す兵科であるだけに、力の入れようも違うという事か。
「映像や『ホール・レポート』を見る限り、敵性生物に遠距離攻撃に適した武器は少ない、ないし存在しないと推察出来る。彼らの武器はその身に生来備わった爪や牙が殆どだ。対して、こちらは小銃や機関銃その他各種武器を保有している。エイミス大尉の言うような正面決戦には賛成出来ないが……横合いから攪乱する程度の事は十分に可能だろう」
それにいざとなれば『穴』から地球へ撤退も出来る。そう言ってデミトリーは話を締めくくる。確かに、彼らの言う事は一理あると建部は感じた。人間のような特別な知能が無い限り、人間大の生物が何らかの武器を持つ必要は殆ど無い。例えばゴリラは人間を遙かに凌ぐ膂力を持っているし、熊などは銃弾ではビクともしない肉体を備えている。人間が脆弱すぎるだけで、生物という存在そのものが力の塊であり、それだけで事足りてしまうのだ。
最も、だからといって手放しに攻撃に賛成できるわけでもなかった。
「それは少々、事態を甘く見すぎというもの思えますねぇ」
両者に異を唱えたのは、国連部隊の水上戦力を担当している若いイギリスの士官であった。ロイヤルネイビーの言葉通り、島国である英国は日本と同様に海軍戦力へ重きを置いている。今回の輸送艦の手配も彼らが買って出ており、陸上戦力主体の国連軍内では貴重な人材でもある。男は皮肉っぽい口調で言葉を続けた。
「そもそも、我々が村の調査を行うのは何の為でしょう? 一番の目的は情報を得る為だったはず。『メッセージ』も『ホール・レポート』も間接的かつ断片的な情報で、信頼性も具体性も低い。我々は情報的に準備不足なんですよ。だというのに、敵との交戦を行うとは……」
『加えて、自分は補給の面からも、それに賛成出来ません』
神経を逆なでするような口調だが、士官の言っている内容もまた正しい。生の情報は万の銃弾よりも重要となる、と建部自身が言ったのは、つい十五分程前だ。敵の過大評価は無駄だが、過小評価は時として致命的な過失にもなる。英国士官の懸念ももっともであった。さらに、そこへ『穴』付近に残った工兵部隊長がテレビモニター越しに割って入った。
『現在、我々は『穴』の調査と平行して、周囲に簡易的な足場を作成していますが、思うように進んでおりません。この大型輸送艦が通れるだけの川に多くの人々が動けるだけの土台を作るには、相応の資材と時間が必要です。それに『穴』からそちらへの補給線とて確立していない。下手に相手と交戦すれば弾薬が枯渇する可能性もあります』
「それに、だ。我々の総数が四千人だとしても、そこには医官や技術士官も混じっているし、全戦力を投入出来る訳ではない。そうなれば彼我戦力は五倍じゃ済まなくなるぞ。戦いが数と物量だという事を、我が国はよく知っている」
補給に対し現状を説明する工兵隊長に被せるように、中国軍の高級将校も畳みかけた。世界最大の人口と、それに由来する百万を越す軍を保有する中華人民共和国。人海戦術を自らの策とする彼らからすれば、逆にその恐ろしさも十分に理解しているのであろう。
「だったら、このままじっとしてろってのか!」
「そうは言っていない。だが戦端を開くまでにまだまだするべき事もあるということを……」
「しかし、我々には時間がない。村との調査を平行して行えば」
「そんな人員が何処にいるんだ? ここは増援の要請をだな」
かくして、にわかに会議室は火薬に包まれ始める。交戦派のアメリカとロシア、慎重派のイギリス、中国。どちらの主張も正しく、そして欠点が存在している。
(これは……)
国連軍の欠点が早速露呈したな、と品川は建部の後ろにつきながら歯噛みした。それぞれの国が定めた戦略上の方針、ドクトリン。それはいわばその国ごとの戦い方であり、各国独自の特色を持っている。当然、各国の部隊や人員はそれに従って物事を考え、体制を整えている。それらを切り出して繋ぎ合わせれば、当然のことながら歪みが生まれてくるものだ。
(政治的主導権争いでない分、まだマシですが……タイミングが不味すぎる)
国連軍という性質上、明確な上位権限者を設置しにくく、即断即決といった行動が難しくなる。上に立つ者とて特定の人種や国家に所属している以上、自国は勿論他国への配慮に縛られる。その証拠に、進行役のアメリカ人も話を纏められなくなっていた。
時間を浪費している場合ではないのに。そう焦る品川がなんとか場を落ち着かせようと、意を決して口を開いた……その時。
「すみません、少し宜しいでしょうか。一つ、私に考えがあるのですが」
良く響く声で喧噪を黙らせながら、建部が勢いよく立ち上がるのであった。