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接敵、中央突破戦1

 ユリティアが王城にて轟音を耳にする、六時間ほど前。


『穴』を抜けた調査団は、一隻を『穴』周辺の調査及び拠点化の為に残したのち、四隻で持って左右に森の広がる運河の上を走っていた。広がる森は地球の欧州のものと似た針葉樹林。空は雲に覆われているが、気温はそれほど寒くはない。察するに季節は春の終わり頃、地球の時間に換算すれば朝の九時あたりといったところか。その両方の概念がこの世界にあるとすれば、であるが。


「周辺に異常は?」

「今のところは何もなし、ですかね。『ホール・レポート』に記載された情報と相違ありません」


 甲板に設置された仮設デッキ。その上に建部と品川は並んで立ち、川縁に視線を向けていた。列を成して進む輸送艦群を眺めると、何があっても対応できるよう、小銃を携えて警戒する兵士達の姿が散見出来る。


 名目上、彼らは「国連軍」という旗の元に集った軍集団ではあるものの、やはり一ヶ月という短期間で完全な組織と化すには無理があった。しかし、こちらの現状がどれ程逼迫しているか正確に分からない以上、巧遅よりも拙速を優先してしまうのは無理なき事である。それを何とか解決する為、各国それぞれの部隊に役割を割り振り、その集まりを持って軍の体裁を成すという手を取った。数の多い中国が陸戦主力、海兵隊を擁するアメリカが水陸両用部隊、局地戦に長けたロシアが偵察、国内世論的に死者を出せない日本が医療・施設といった具合に。最も、どの国もその役割以外でも最低限戦えるだけの装備を持ち込んでいるのだろうが。


(それで十全な能力を発揮出来るかは甚だ疑問ですが……我々は軍人。周り全てが敵だらけの状況で、政治ゲームを繰り広げるような馬鹿は居ない。と、願いたいですね)


 未知の領域である以上、政治的な意図を含んだ部隊ではなく、確かな実力と生存性を兼ね備えた軍人が選ばれている筈。少なくとも、品川はそうした人間をピックアップしたつもりだった。そうでなければ、全滅という最悪の未来が待っているのだから。


「品川、ここから先、五キロほど登った所に、あの映像を撮影した村がある。そうだな?」

「ええ、その筈です。予定では一旦そこに偵察隊を派遣し、何らかの痕跡が無いか調査を行います」

「俺たちの手がかりは『メッセージ』と『ホール・レポート』しかない。戦いに置いて、生の情報は万の銃弾よりも重要となる……生存者が居ればよいのだが」


 そう言って、建部は己の手に握った紙の束に目を向けた。『ホール・レポート』。それは『穴』を発見した冒険家が、こちら側へと入ってから出てくるまでの記録を記した調書である。

 自らの船で『穴』を抜けた冒険家は、この瞬間移動とも言える不可解な現象を解明すべく、持ちうる全ての機材を使って情報をかき集めていた。このレポートには河の深さと幅、船上から見える限りの地形、景色を映した写真、そこで行った行動など、冒険家が思い出せる限りの情報がA4用紙二十ページ程に纏められている。また、冒険家が健康な状態で帰って来たことから、この世界の大気や水に直ちに健康を害するような有害成分が混じって居ない事も確認出来ている。そうでなくては、ここまで早くは動けなかっだろう。


 そして、冒険家が件の映像を撮影した場所……つまり、あの化け物共に襲われていた村を見つけたのが、現時点より五キロ程の上流の川岸であった。唯一確認の取れている場所であり、そこ以降は本当の意味での未知領域。少しでも手掛かりを求めるのは当然の行動であった。


「言語の問題は横に置くとして、お互いに人間だ。何らかの意思疎通が出来れば、それだけで一足飛びに状況を進めることが出来る」

「ですが、それも望み薄でしょうね……『メッセージ』からはかなり緊迫した雰囲気が感じ取れました。大きな都市ならともかく、小村を守るだけの戦力が残っているかは……あの生物の死骸でもあれば御の字でしょう」

「それは分かっている。たが……な」


 そう言って、建部は言葉尻を濁した。品川の言っている内容は至極当然のことであり、建部とてそれが希望的観測であることは分かっていた。しかし、それでもあの映像を見てしまえば、そう思わざるを得ないのだ。あんな達の悪いスプラッタ映画の如き内容が、ここでは現実に繰り広げられているなど。


(惨過ぎるだろう、それは)


 どうしても、そう思ってしまう。最も、末端の隊員はともかく、部隊の責任者は軽々しくそんな事は口に出来ない。上に立つ者に求められるのは、冷静さと判断力。感情に流されて、救う為に部下を犠牲にしてしまっては本末転倒である。


「あの映像に映っていた人間は精々五十人程度。流石に残った人類があれだけという可能性は低いでしょう。何処かに大規模な防衛線や拠点がある筈です」

「……確かに、望みをかけるのであればそこだな。その為にも、まずは周辺地域の地形情報の把握を急がねばならん」


 現在、船団に先行してヘリが数機、偵察に向かっているはずである。拠点としての輸送船には限界がある。本調査団に合わせた突貫工事の為に、居住性も良いとは言えない。長期的活動や探索を行うのであれば、やはり陸上拠点が必要だ。何らかの都市があればそこに接触を、なければ適切な土地に一から施設せねばならない。放たれたヘリは情報収集と共に、そうした拠点捜索の任務を負っていた。


「まぁ、早々に有人拠点を見つける事は難しいでしょうね。まずは村の調査です。運が良ければ周辺の地図、書物なども見つかるかもしれませんし……はやる気持ちは分かりますが、まずは我々の安全確保です」

「……全く、お見通しか。嫌味な奴め」

「貴方の下についてからの三年間、無為に過ごした積りはありませんので」

「ほんとうに、口先だけは達者になりやがって……っと、連絡か。時間的にヘリからか? こちら、自衛隊の建部一佐だ」


 軽口を叩きつつ、建部は耳に嵌めたインカムへと手を当てた。各部隊の責任者や一定以上の指揮官に支給された連絡装置で、何かと動き回りがちな隊員へと迅速な連絡を行う為の必需品である。欠点と言えば、輸送艦内でしか使えない事か。何事か相づちを打ちながら、建部は話に耳を傾け……徐々に、その表情が険しくなっていった。傍らに控える品川も、その様子に怪訝そうな表情を浮かべる。


「うむ、了解した。ではすぐに」

「何事ですか?」


 通話が終了すると、間髪入れずに品川が口を開いた。それに対し、建部は焦りと喜びの入り交じった奇妙な笑みを浮かべながら答えた。


「偵察ヘリから良いニュースと悪いニュースが入った。どっちから聞きたい?」

「なんですかそれは……では、良いニュースからお願いします」

「内陸部の方に、人の住んでいると思わしき都市が発見されたそうだ。周囲を城壁で囲まれ、城の様な建築物も確認されている。恐らく、国家の首都や重要拠点である可能性が高い」

「ほう、それはそれは……村へ寄る手間が省けましたね。これは幸先が良い。それで悪いニュースとは? 近くに敵生物を発見しましたか?」

「ああ、発見したぞ」


 額から流れ出た汗は興奮によるものか、それと不安からものか。もしくはその両方か。自らを奮い立たせるように、建部は獰猛に頬を吊り上げた。


「その数、目測で約二万弱……件の都市を目指し進軍中だとよ」


 都市部への推定到着時刻は、現在より五時間後。動くにしろ静観するにしろ、それが調査団に課せられたタイミリミットであった。

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