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予兆、発見、流出

 二十一世紀に入った地球。あらゆる幻想は小説と映画と狂人の頭の中へと押し込められ、僅かばかりの不可解現象もオカルトと宗教の中へと飲み込まれていった。この世界を支配するのは科学と論理、法と秩序。人々はそれが当たり前だと信じ、事実、この世界はそれらによって成り立っていた。

 あの『メッセージ』を聞くまでは。


 全各国の、多くの人間が見て、そして聞いたという『メッセージ』。それには中世を思わせる石造りの建物が出てきた。甲冑に身を包んだ騎士が、ローブに身を包んだ魔術師が居た。空を舞う騎竜が、そびえ立つ尖塔があった。そして……その全てが異形のバケモノに貪り食われ、完膚無きまでに破壊されていた。赤赤と燃え上がる灼熱の炎。それよりも赤い血に飛び散る肉片、砕かれた骨。折れた剣にひしゃげた鎧。そしてそれを生み出した、意志を感じさせぬ無機質めいた怪物の群れ。千や万では効かない数のソレらによって、生み出された惨状。この世の地獄というにも生ぬるい、暗惨たる修羅道。必死に抵抗する戦士の雄叫び、蹂躙される民の怨嗟、突き進む悪鬼の唸り声。そしてその最後に現れる、純白の豪奢な装束に身を包んだ、無垢なる少女。


 ーー誰か、誰か。どうか、この声をお聞き届け下さい。

 ーー私たちの国を、この世界を。ここに生きる人々を、御救い下さい。


 このメッセージは人々の口には勿論、あらゆるメディア、ネット、研究に取り上げられた。人類の多くが受け取ったという謎のメッセージ。人種、国家、時間を問わずその内容の多くが一致した、前代未聞の怪事件。科学者は集合的無意識の発現だと考察し、オカルトマニアは大国の陰謀だと主張し、UFO研究家は外宇宙からの言づてだと書き立てた。

 しかし、どれだけ多くの人間がこの『メッセージ』を受け取ったとしても、それは白昼夢に似たもの。科学的に解明出来ないし、再現する事も不可能。誰かの創作によって触発された一部の人々と、それに悪のりした野次馬による一過性の騒動。そう片づけられるまで、さほど時間は掛からなかった。こうして『メッセージ』は人々に過ぎ去ったものとして処理され、情報の海に沈んでいった。

 そう、在る海洋冒険家が、太平洋において謎の『(ホール)』を発見するまでは。


「さて……それでは会議を始めるとしようじゃないか」

「ああ、それについては概ね同意だ。こちらとしても余裕がないのでね」

 六月のアメリカ合衆国、ジュネーブ。国際連合本部。その会議室に数人の男女が顔を合わせていた。張りつめた空気の中、まず口火を切ったのは白髪壮年の男。もしその場に米国市民が居たら、その男が合衆国大統領「ジャック・ホーティマー」だと叫んだだろう。そしてその言葉に応じたのが禿頭で恰幅の良い老人がロシア連邦を率いる「ダルゴ・ペトローシカ」だとも。その他、テーブルに着く面々が日本国首相「近衛貴文」、英国首相「トーマス・オースティン」、中華人民共和国会総書記「龍程」。その他、フランスやオーストラリア、ドイツの政府高官ばかりであることに。

「今回の議題は太平洋上、南緯47度9分、西経126度43分に出現した『穴』。及びその向こう側(・・・・)についてだ」

 ジャックがそう口火を切ると、ほんの僅かに室内の空気が揺らいだ。『穴』、そして向こう側。それこそが、各国の政治的指導者の彼らが集った理由。

「まず、先月発生した怪現象、『メッセージ』については諸君らも耳にしているだろう」

「少女の声と、人々を襲う怪物……ですね」

 中年から壮年の面子が揃う中、比較的若手のトーマスが確認するように相づちを打った。全世界で同時多発的に起こった、謎の怪現象。内容はファンタジーながらも、その規模から各国の指導者達も耳にしていた。そしていまではもう、耳にタコができる程に聞き飽きている。

「そうだ、当初ただのオカルトと思われていたこの現象だが、実は……」

「それが真実だった、と言う話だろぅ? そんな事はもう我々は嫌という程把握しているのだよぉ!」

 苛立ったように突き出た腹をさすりながら、中国の龍程はジャックの言葉を遮った。大統領は不愉快そうに眉を顰めるも、それ以上の反応は示さない。声が大きければ正義という考えが赤い国でまかり通っているらしいが、ジャックとしてはそれに付き合うつもりはなかった。

「そうだ。先日、アメリカ国籍の海洋冒険家が太平洋上、先の地点にて不可思議な物体を発見した。海面から突き出ている、幅三十メートル、高さ五十メートルにも及ぶ霧の掛かった巨大な『穴』。その先に入った冒険家が撮影した映像……それがこれだ」

 淡々とした口調で話を進めながら、ジャックは各席に備え付けられたモニターを注視するように促した。今まで暗かった画面に光が灯り、映像が映し出される。

「むぅ……」「これは」「……うっぷ」

 人の頭を噛み潰す、口に手足の生えた異形。鋭い針のような器官で、人間の体液を啜るバケモノ。全身から黄色い液体を噴出させ、辺りを手当たり次第に溶かし尽くす肉達磨。そこに流れ始めたのは、人々が見たという『メッセージ』と寸分違わぬ映像だった。いや、寧ろ映像として確かな実像を持っている分、よりその凄惨さは増しているだろう。これを見た多くの者は眉を顰め、口元を押さえた。

「冒険家が命からがら持ち帰ったこの映像により、『穴』の向こう側に人間とそれ以外の何かが存在している事が明らかになった。物的確証はまだ無いが、先の『メッセージ』との関連は明らかだろう」

「うむ、そういった意味ではその冒険家の成した事は讃えられるべきじゃろう。貴重な情報を持ち帰ってくれたのじゃからな。問題はそのあとの対応じゃ。政府に報告すると同時に、よりにもよって動画サイトに映像を上げるなど……」

 出された水を飲み干しながら、貴文は苦々しげにそう呟いた。それはかつて似たような事態が自国でも起こった事を思い出しての事か。兎も角、件の海洋冒険家はこの大発見を全世界に伝えるべく、最も手軽で効果的な方法を取ったのだ。それは小さな波紋だったのかも知れない。しかしこの映像は、今では世界を席巻する津波となっていた。

「本来であれば、時間を掛けて『穴』の向こう側を調査し、万全の準備を整えるのが定石じゃが」

「……それでは遅すぎると、国民が騒ぎ出した」

 貴文の言葉にダルゴが感情を廃した声で追従する。先の『メッセージ』が真実となってしまったということは、つまりすぐ隣に滅亡に瀕した人類が、助けるべき同胞が居るという事を意味していた。本来であれば映像は秘匿情報としてアメリカ、ないしその協力国家上層部にのみ共有され、入念な調査が行われるはずだった。だがその思惑は映像流出によって破綻する。映像を見た世界中の人々がこう自国の政府に求めたのだ。「早く彼らを助けろ」と。

「ふん、動画を消しても消しても増えおって……忌々しぃ!」

「まぁ、そういった意味ではこの会議は渡りに船ですね。『穴』の向こうに対する対策をせっつかれている今、そろそろ何らかの動きを見せたかったところですし」

 龍程を宥めるようにトーマスが二の句を継ぎながら、ジャックを見つめる。その瞳には「何か策はあるんだろう?」という期待と疑念が入り交じっていた。ジャックはそれに対し、重々しく首肯した。

「『穴』の向こうで何が起きているか。まずはそれを早急に確定させねばならん。しかし、この問題は世界と世界の問題だ。一国で対応して良い事態ではなく、なおかつ多大な危険を孕むものだ」

「……それで?」

 ダルゴの問いかけに暫し口を閉じた後、ジャックは良く響く声でそれに応えた。

「国連として正式に調査団の派遣を行いたい……それの護衛として各国より戦力を抽出し、不測の事態に対する備えとしたい」

「それはつまり?」

 半ば確信したような貴文の言葉を受けながら、ジャックは立ち上がる。

「アメリカ合衆国大統領ジャック・ホーティマーは国際連合主要加盟国に対し、国連軍の編成を要請する」

取りあえず、動き始めをポイー

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