手応え無き探り合い
(一見しただけでは、極々普通の男性ですね)
玉座に腰掛け、目の前に進み出てきた三人の男達を睥睨しながら、少女はその姿を細かく観察していた。
ユリティアは、王として学ぶべき事柄を習っては来なかった。しかし、それは統治者としてのもので王族としての立ち振る舞い……つまり、礼儀作法や各国の文化、風土歴史といった教養は最低限の知識として覚え込まされていた。まだ国として余裕のある時は救援を要請しに訪れた他国の要人や武官などと顔を合わせる機会も何度もあった。故に、肌や衣服から相手が『どの地域出身か』程度は推察する事が出来る。
(黒髪の男性達は東の山岳兵が似ています。禿頭の方は……肌の色からして大陸中央かこの西部地域に多い特徴ですが)
似たような特徴の人種には思い当たるものの、それが正解と断言出来る自信は無かった。なんというかこう、纏っている雰囲気が違うのだ。違和感があるというか、隔たりがあるというか。兎も角、感覚的に何かが異なっているということだけは分かった。まぁ、いままで太刀打ち出来なかったバトスを蹴散らした者達だ。それまでの兵士と異なっていたとしても不思議ではない。ユリティアにとって重要なのは、彼らが自分を助けてくれるか否か、それだけである。その為にも、意思の疎通は不可欠である。
「ハッバ、この方々は言葉が通じないのでしょう? この思念玉をあの方々に」
「はっ、御意に」
側に控えていたハッバに命じ、事前に用意していた物を三人へと渡させる。それは掌に収まる程度の、小さくて透明な玉であった。それを受け取り、しげしげと眺めている三人の姿にどこかおかしみを感じつつ、ユリティアは自身も玉を手に取り口を開いた。
「それでは改めて、改めて自己紹介をさせて頂きましょう。私はハルパリウス王国が国王の娘、ユリティア・ハルパリス。ようこそおいで下さいました、戦士よ」
「言葉が、通じている……?」
言葉を発すると同時に、はっと此方を見やる三人。そのうちの一人、一番前に居た黒髪の男が漏らした呟きがユリティアの耳に届く。聞こえる言葉自体はそれまで通り異国の言葉ではあるが、それに重なるようにして言葉の意味が少女の脳裏へと響いていた。
「それは思念玉。持ち主の発した言葉、ひいては其処に込められたイメージを増幅させ直接的イメージとして伝える。異なる言語を使う者同士でも意思の疎通を可能とさせる、増幅魔術を用いた道具です」
「成る程……原理はよく分かりませんが、同時通訳機の様な物ですか。いや、失礼。それについてはまず置いておきましょう」
多少戸惑った様子を見せるも直ぐさま平静を取り戻し、男は姿勢を正すと深々とユリティアへと頭を下げ、口上を述べ始めた。
「我々は地球より派遣されてきた調査団及び護衛の国連部隊です。私は日本部隊指揮官の建部、これが品川。こちらはアメリカ海兵隊を率いるベネット・エイミス大尉です」
タケベと名乗った男はそれぞれ左右の男達を紹介し、シナガワとエイミスと呼ばれた者達はそれに応じる様に御辞儀をしてくる。対して、ユリティアはそれに対して疑問を浮かべていた。地球、国連、日本、アメリカ。そのどれも聞き覚えのないものばかりだった。
「チキュウ、コクレン……失礼ですが、それはどこの国家の事なのでしょうか? そのような国や民族、聞いた事がありませんので……もしや、亡国の民が新たに作り上げた新興国なのですか?」
「それは……」
ユリティアの問いかけに、眉を顰めるタケベ。困ったような表情を浮かべ、ヒソヒソと小言を左右の男達と交わし始める。もしや、なにか不躾な質問をしてしまったのだろうか。自分が忘れていただけでどれも今まで存在していた国なのか、この発言で相手を怒らせてしまったのではないだろうか。そんな不安がユリティアの脳裏をかけずり回る。そんな不安を察知されてしまったのか、恐る恐ると言った風にタケベは口を開いた。
「実は、非常に申し上げにくいのですが……我々はそちらの知る既存の国家や民族ではありません」
「……では、一体」
「我々は……」
ユリティアに促されたタケベは、心なしか額に薄く汗を滲ませながら先を続ける。
「こことは異なる世界、違う次元からやってきた組織……有り体に言ってしまえば、異世界人なのです」
「………………………………はい?」
発せられた言葉の意味が、一拍遅れで脳へ繋がる。はて、言葉の翻訳に齟齬が発生したのか。それともユリティアが理解出来ない概念が織り交ぜられたのか。理解の追いつかないユリティアの反応に更に汗を滲ませながら、タケベはこれまでのあらましを少女へと説明し始めた。
科学技術、歴史、文化、世界の成り立ち。『メッセージ』、『穴』、『ホールレポート』。国連軍の編成、調査団の派遣。バトスの大規模襲撃との遭遇、それに対する迎撃戦の発令。その一つ一つを噛み砕きながら、建部は根気強く一つ一つを眼前の少女へと伝えていった。ここで手間を惜しんだり虚偽を混ぜれば後々問題になる事は間違いない。故に出来る限り正確に、互いの常識や概念の差を埋めながら言葉を重ねてゆく。幸いにして、ユリティアと名乗った少女はそれを比較的容易く受け入れていってくれた。この世界の知識水準がどれ程かは分からないが、姫という以上は決して低いはずがないだろう。いや、いっそこういった世界であるからこそ、異世界や異なる技術といったものを受け入れやすいのかもしれない。
「……と、いう次第で我々はこうしてここに来た、という訳です。ご理解頂けたでしょうか?」
「はい。正直、まだ完全に理解しきった訳ではありませんが……先の戦いは私もこの目で直に見ています。少なくとも、それに嘘偽りがないと信じましょう。それにこの思念玉は自らの認識を増幅させ伝える道具。雑念が混じれば容易くそれが見抜けます」
(な、なんとか凌げたな……)
それを聞いて、危なかったと建部は思わず胸を撫で下ろした。騙すつもりなど無かったが、それでも緊張はするものである。この思念玉とやら、便利ではあるが嘘発見器も兼ねているらしい。政治の世界は奇々怪々、恐ろしい物だ。そんな胸の内を悟られぬように、続けて建部は用件を切り出した。
「さて、今のでご理解頂けたようですが、我々はこの世界について何も知らないも同然なのです。先ほどから仰られている思念玉や増幅魔術とやらも、我々の世界には無いものでして……可能であれば、今現在の状況をお教え願えればと思うのですが、いかがでしょう?」
「ええ、その程度であれば幾らでも語りましょう。あなた方だけを語らせて、不平等というものでしょうしね」
「は、それならば有り難い限りです」
少女の色よい返答に、内心ガッツポーズする建部。統治者の言葉であるならば、そこらの市民よりか精度の高い情報を得られる可能性も高まるだろう。多少、国家としての誇張も入るであろうが、そこは後からでも修正出来る。可能ならば協力体制や支援その他諸々の情報も引き出したいが、情報だけでも最低ラインはクリア出来る。あまり欲張ってはいけない。そうしてこれからの計算をしながら、少女の説明に耳を傾けようとした時。
「お待ち下され、姫様!」
バン、と背後の扉が勢いよく開かれた。咄嗟に背後に視線を飛ばすと、そこには杖を突いた老人が佇んでいた。今にも倒れそうな風貌にもかかわらず、その顔には精気が漲っていた。いや、鬼気迫るとも言えるだろう。彼は何者なのかと思い、少女へと向き直った建部が耳にしたのは。
「爺……」
懐かしさと驚きの混じった、少女の呟きであった。