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上位謁見と下層交流

「建部一佐よう。これ、本当に大丈夫なのか?」

「一度は共に敵と戦い、相手を撃退した身。少なくとも、悪い印象を持たれていることは無い……はずだ」

「言葉どころか文化や歴史、そも世界自体が違いますからね。幾ら中世と似ているからといっても、どのような常識が存在するのかも分かりませんし」


 ヒソヒソと小さな囁きを交わし合いながら、建部と品川、それにベネットの三人は石造りの廊下を連れだって歩いていた。夕方までまで城壁上で戦闘を行っていたはずの彼らが居たのは、そこからかなり離れた場所。この都市部で最も高い建造物であり、ほぼ中央にそびえ立つ建物……つまり、何らかの有力者が居るであろう城の中であった。時刻はもう既に夜、其処此処に松明の明かりは灯されているもののその数は少なく、人の少なさも相まって何処か寒々しさを感じさせる。ちらりと廊下に面した部屋を覗き見るが、人の気配はおろか生活臭する感じ取れる殺風景な部屋ばかりが並んでいた。


「……彼が信頼出来る人物である事を祈ろう」


 そんな彼らの視線の先にいるのは、先の戦いでこちらに協力してくれた剣士であった。コツコツと足音を立てながら三人の五歩前程を歩き、時たまチラリと此方を振り返ってはまた歩き出すという行動を繰り返している。その様子には戸惑いの色が見て取れた。


 彼らが何故、たった三人でこの場所を訪れているかというと、今から一時間ほど前まで遡る。

 戦闘を終え、使用した薬莢の回収や野営の準備、都市内部地形の把握と住民への医療活動を進めていた海兵隊と自衛隊の両部隊。その元へ神妙な顔つきの剣士がやってきたのが切っ掛けであった。一度協力し合ったとあって、警戒しつつも三人の元へ通された男は身振り手振りで何かを伝えようとしてきたのだ。内容がそれなりに長い上に身振りだけでは表現しきれないものもあったらしく、意思疎通は困難を極めたが、それでも大まかな意味を理解する事は出来た。

 曰く「身分の高い方が代表者に会いたがっているので、自分が案内する」とのことらしい。準備不足も甚だしいが無碍に断って機嫌を損ねては元も子もないし、何よりも情報が欲しかった。諸々の作業を隊員に任せ、無線で謁見に向かう旨を本隊に伝えた後、彼らは男に連れられここまでやってきた、と言う訳である。


「アイツはまぁ、信じられると思うけどよぅ……その会いたがっている相手ってのは権力者や貴族って訳だろう? 言葉は兎も角、礼儀作法とかどうするんだよ。俺、そういうのに縁が無いんだよ」

「安心しろ……私もテーブルマナーはさっぱりだ」

「そういう問題じゃないでしょう! 取りあえず、視覚的情報として地球の地図や映像機器は持ってきましたけど、十全かと言われれば不安が残りますし」

「おりゃぁ嫌だぜ? 怪しげな技を使うとはこの異端者め、火炙りにしてくれる、なんてよ」

「不吉な事言わないで下さいよ、あながちあり得ないと否定出来ないんですから」


 不安混じりにああだこうだと言い合う三人であるが、その前を歩くハッバの胸中も困惑の中にあった。


(よもや、この様な形で姫殿下と顔を合わせ、その命を受けるとは……因果なものである、か)


 ハッバはその経緯上、これまでユリティアと面と向かって話す事を避けていた。合わせる顔がない為に自らの行動でもって謝意を示さんとしたのだが、それがあの謎の軍の登場によって狂ってしまったのである。異国から軍勢が来て、それが王都を救ったとあれば上に報告するしかない。しかし、報告すべき上官は愚か部隊そのものが存在せず、更にその上にいる武官文官までもが消え果てた結果、報告は姫への直通状態となっていた。そして、その報告の任を負う者は一番階級の高い人間……つまりハッバである。


(姫は心ここにあらずといった様子で、酷く上機嫌であったが……それはそれで気まずいというべきであろうな)


 正直、こんな形で顔を合わせるなど予想外も甚だしいのだが、変に怯えられたり罵倒されなかったのはハッバとしては有り難かった。彼らに言葉が通じない事を告げると、自らの手でそれを解決する手段を考え始めた程で、有り体に言ってしまえばウキウキしているとも言えた。


(久しく、あの方の笑みは見ていなかった。喜ばしきことである。そのはず、なのだが……)


 今まで意気消沈していた少女に笑みが戻った。文面的にはなんら問題なく、寧ろ良い出来事のように見える。しかし何故だか、ハッバにはそれがとても危ういものに思えてしまって仕方がなかった。


 そんな四者四様の思いを抱えようとも、足はその歩みを止めることなく……斯くして、四人は豪奢な扉の前に辿り着いた。大きな木製の扉に精緻な細工、金箔を貼った玉座と外界を隔てる境界線。人手不足で掃除が行き届いていない為やや薄汚れているが、それでもその荘厳さに異邦人である三人は思わず息を呑んだ。


「ここから先は玉座の間。ユリティア姫殿下との謁見である。くれぐれも粗相の無いように……と言っても分からんか」


 苦笑するハッバは暫し思案した後、三人に見せるように襟元を正し、衣服を整えた。それを見て察したのか、彼らも自らの衣服を見て、互いに点検し合っていった。言葉も通じぬ相手だが、こういった箇所は共通しているのか。そう思うと、知らずに苦笑してしまう。しかしそれも一瞬。表情を引き締め目配せし合うと、同じように真剣な表情となった三人が頷き返してきた。それを確認するとゆっくりと重々しい扉を開く。


「むっ!?」

「これは……」


 磨き抜かれていたであろう石畳、ゆうに百人は余裕で並べそうな広さ、天井近くに取り付けられた優美なステンドグラス。そしてその全てを睥睨するように、一段高くなった場所に設えられた大きな玉座。そこに腰掛けている人物を認識した瞬間、建部達は思わず声を漏らしてしまった。咄嗟に口を閉じて堪えるが、その反応も無理の無いモノだった。


(いつかは出会うと思っていたが……こんなにも早いとは)


 それも無理はない。玉座に腰掛け、白いドレスに身を包んだ少女。ユリティア・ハルパリウスの姿は、あの『メッセージ』に現れた少女そのものであったのだから。



 指揮官三人が王城で衝撃の邂逅を果たしているなぞ露知らず。

 待機を命じられた隊員達は命じられた野営の準備や夕食の支度、武器弾薬の整備などを行いつつ、ゆっくりと休息を行っていた。

 持ってきた食料などは軍用のレーションなどでお世辞にも上等とは言えないが、暖かいと言うだけでも贅沢品である。本物の戦場では火など使っている余裕などなく、冷えたまま食べることがままあるのだから。まぁ、流石に寝具はベッドなどとは言えない為、寝袋や装甲車の兵員室で夜を明かす事となる。それでもまだ春らしく暖かい気候なのでマシと言えよう。ひとまず、一応は気も抜けるのだ。

 無論、一部の者は住民と必要以上の接触を避ける為に歩哨を努めたり、健康状態把握も兼ねた自衛隊医療チームによる見回りなどは行われている。そして、周辺地域の把握の為の斥候も然り。

 都市部近くの森を歩いている海兵隊員も、そんな偵察の為に駆り出された人員だった。


「クソ、ついてねぇな、偵察だなんて。もう夜だぜ? さっさと寝てぇよ」

「気持ちは分かるが仕方がないだろう? 城壁があるって言ったって、穴が空いてないとも限らないんだからな。知ってるか、中世のこういう城って脱出用の地下通路とかもあるんだとよ。そこから逆に敵が入ってくる可能性もある」

「考えすぎだとも思うけどなぁ。もしそうだったら、今頃みんなお陀仏だぜ」


 二人一組でぽつぽつと言葉を交わしながら、鬱蒼とした森を歩く兵士達。気怠げな口調ではあるが、それでも周囲に向ける視線は鋭く、練度の高さが伺えた。手は常に相棒たる小銃を握りしめている。

 彼らが走り回った結果分かった事だが、この都市としては中世レベルとしては破格の広さを持っているらしかった。城壁内に森はおろか小高い山を内包し、大小の湖も点在しており水も豊富。僅かではあるが農地も散見し、牛や馬の姿もあった。彼らがどれくらいこの都市で抵抗してきたのかはまだ分からないが、かなり長い時間を耐えられるであろう事は容易に想像出来るのだった。


「あの敵性生物が水中に適応していたら、川や水脈から侵入してくることもあるだろうな。こうワニみたいに、水を飲もうとしたら頭からガブリ」

「やめてくれよ、冗談と言い切れないぞ、それ」

「だから、きっちり地形を把握して……」


 いかなければならない。そう言おうとしたその時、バシャリと言う水音が彼らの耳朶を打った。条件反射とも言える素早さで腰をかがめ、銃を構える二人。周りに視線を走らせつつ、聞こえるか聞こえない程度の声で囁きあう。


「聞こえたか、いまの?」

「ああ、ばっちりな……単なる水の流れじゃあないよな?」

「何かが動いた音だった。小動物、いやもう少し大きいかもしれん」

「オイオイ、勘弁してくれよ本当に……発砲許可は」

「自衛に限り出てる。が、一時後退も視野に入れて慎重に行くぞ」


 じりじりとした歩みで音のした方向へと近づいてゆく二人。出来る限り草を揺らさず、相手に気取られないように接近する。どうやら、草むらの向こう側にも小さな湖があるらしい。そっと様子を伺うと、夜空に浮かんだ月の光を水面が反射し、キラキラと輝いている。


「前方、異常なし」

「同じく、岸にも不審な影はない……聞き間違いか?」

「映画だと、そうやって気を抜いたヤツから死ぬんだよ……草むらから出る。後ろを頼むぞ」

「了解」


 草むらから一人が足を踏み出し、そっと岸へと近づいてゆく。銃は油断無く構えられ、指は引き金に。いつでも発砲出来る体勢を保ちながら進む。


「きやがれよ、ここはパニック・フィルムの中じゃねぇんだ。ただの動物如きに負けるかってんだよ」


 動きを早める心臓の音を感じながら水際までたどり着くと、ライトで照らしながらゆっくりと覗き込んだ。それなりに深いのか、そこを見通す事は出来ない。だが、微かに見えた物があった。それは水中にじわりと広がる紫色。


「何だ……?」

「どうした、何を見つけた」

「いや、水中に紫っぽいもんが、っ!?」


 不審がる同僚の問いかけに答えている最中、兵士の目の前で湖面が盛り上がり始めた。それは水中から何かが出てこようとしている事を表している。思わず飛び退り、照準を水面へと合わせた。


「出やがったな、クソ野郎!」

「おい、待て、せめて姿を確認してからにしろ!」

「こんな時間に水浴びするヤツなんざ動物かバケモノぐらいだろうが!」

「この都市部の住人だったら取り返しが付かなくなる!」

「……ちぃっ、めんどくせぇな畜生!」


 撃つべきか撃たざるべきか。それで二人が問答している間にも湖面の揺れは激しくなり、刹那、水面を破って「ソレ」は現れた。身を固くしてそこを凝視する二人の兵士の前に飛び出してきたのは。


『ハァッ!?』


 夜闇に溶けるような深い紫色の髪から水を滴らせ、月光の如き白磁の肌が影に映え。あどけない表情で二人を見つめる少女。年端もいかぬであろう幼子が、そこに佇んでいた。無論、全裸である。鬼が出るか蛇が出るかと戦々恐々していた兵士にとって、これは全くの予想外だった。幾ら歴戦の兵士といえども、この状況に直ぐさま反応しろと言われても無茶というものである。辛うじて浮かんだ内容は『これを馬鹿正直に報告したら営倉行きは確定だな』という愚にも付かないものだった。


 そうして唖然としている二人を前に、少女は自らの体を隠す素振りもしなかった。ただ不思議そうに小首を傾げ。


「……スフィネ?」


 そう、小さく呟くのであった。

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