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幕間劇、交差する思惑

「作戦は無事、成功したか」

「そのようです。無線連絡で、現地の兵士と共闘したとの事」

「……成る程、良い傾向といえるだろう」


 都市部で突入部隊が勝利を収めている頃。それまで陽動に努めていたロシア部隊は既に輸送艦へと帰還し、戦場でその一報を聞いていた。口では結果を褒めつつも、デミトリーの表情は微塵も変わる事はなかった。彼の意識は全て、手元の報告書へと注がれている。


「一歩、アメリカと日本に先を越されましたか」

「いや、それは二つ程違う。アメリカと日本は別個に考える物ではなく同じ立ち位置と考えるべきだ。そして、我々は先を越されては居ない……寧ろ、一歩リードしたとも言える」


 そう言って指し示すのは、先ほどから熱心に眺めている報告書。その内容は先の作戦の結果報告、ではない。それとはまた趣を別にするものである。


「敵性生物のサンプルを入手するのはどこも時間の問題だろうが、生きた状態で手に入れることが出来たのは我々のみだろう」


 そこに写っていたのは、傷一つ無い敵性生物が分厚い防弾ガラス製のケースに収められている写真だった。それを見て、脇に控えていた兵士が思わず唾を飲んだ。


「本当に、よく捕らえられましたね」

「運が我々に味方した、と。そういうことだ」


 ロシア部隊による陽動は実にシンプルなものだった。敵の近くまで軽装甲車で接近し、離さない程度の速さを保ちながら陽動。あらかじめ見つけておいた手頃な森へと誘引、相手の大部分が森へと入った瞬間にそこへ設置しておいた爆薬を起爆させ、爆発と倒木で一網打尽にするというもの。弾薬が限られているのであればより効果的な物を使えばいい、というのデミトリーの考えで行われた作戦だったが、これが予想外の結果を彼らにもたらしていた。重なって倒れた木に閉じこめられたり、脚部をへし折られた個体を何体か回収する事が出来ていたのだ。


「手筈はどうなっている?」

「はっ。本作戦で消耗した武器弾薬、燃料を輸送する為に、一隻が地球へと戻るとの事。その際、荷物に紛れ込ませて」

「うむ、宜しい」


 その言葉に満足げに頷くデミトリー。それに対し、兵士は戸惑ったように怖ず怖ずと訪ね返す。


「あの、この事を他の部隊に連絡しなくても宜しいので……?」

「我らが祖国で隅々まで調べ上げた後、然るべき時が来れば得られた情報を開示する……ギリギリまで伏せておけ、手札は多いに越した事はない」

「はっ、了解しました」


 デミトリーの指示は、国連軍という組織に対する明確な裏切りを表していた。何とかとまどいを飲み込む兵士の横で、報告書に目を通し続けるデミトリー。その鉄面皮の下、彼が思う事とは。


(……全ては祖国の利益の為に。そこに個人の意志が介在する余地など、ない)


 それが意味することも、そんな感想を抱いていることも悟らせず、彼はただ視線を報告書に注ぎ続けるのであった。



 バトスの軍勢を、救援にやって来た謎の軍勢が撃退した。その報せは瞬く間に王都中を駆け巡った。ある者は歓喜し、ある者は疑い、ある者はその姿を一目見ようと城門付近へと駆け出す。人々が騒々しい熱気に包まれてゆく中、ある老人は冷ややかにそれを眺めていた。立ち枯れた朽木の様な精気の無さ、ガサガサになり荒れた肌に白髪混じりの頭髪。一目見ただけで、余り状態が良くないと分かる姿だ。


「命が助かれば、相手が誰であろうと気にしない。民の強かさは良いものだが、これはちとマズイのう」


 王都のあちこちに点在する、傷病者用の治療院。その片隅に設えられたベットの上から、老人はヨロヨロと立ち上がる。


「先王すら時間稼ぎしか出来なかった事をやってのけた者たち。それが何者であれ、民の心はそちらになびく。ましてやそれだけの武威をこちらに向けられれば、抵抗する事など出来ん」


 バタンという音を立てて、治療院の扉が開かれる音が聞こえてくる。ちらりとそちらに視線を向けると、緑色の服に身を包んだ者達が入って来て、テキパキと手当を始めていた。


「抜かり無いの……助けられ、治療までされたら誰だって恩義を感じる。ただでさえ、国としての機能もままならないのだからの。じゃがの、無償の善意などこの世には存在せんよ。特に、国と国との間にはの」


 コソコソと身を屈めて隠れながら、老人は治療院の裏口から外へと出る。手近にあったボロ布を体に巻き、棒切れを杖代わりに着きながら歩き出す。その視線の先には、聳え立つ王城があった。


「待ってて下さいませ、ユリティア姫殿下……この老骨がいま参りますぞ」


 毒蛇の蠢く政の世界を渡り歩くには、あの姫は幼過ぎる。経験も知識もまるで足りない。このままでは相手の良い様にされるのが目に見えている。そうなれば命は助かろうともハルパリウス王家は、国家はその形を失ってしまう。


 せめて、少しでも助力になれば。そう願いながらハルパリウス王国が元政治文官、ジャール・ヘルバーグは王城を目指して歩みを進めるのであった。

もしかしたら暫し間が空くかもしれませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。

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