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弾丸と怪物の物量戦

 砲兵部隊の制圧射撃による敵陣形破壊を行う第一段階、兵員輸送装甲車による敵中突破の第二段階を経て、作戦は第三段階へと移行した。不確定要素の多かった前段階とは違い、この段階でやる事はたった一つ、そして得るべき結果は二択しかない。


「ファッキン! ボス、あのバケモノ共、仲間が死ぬのも構わずに突き進んできますぜ! 命が惜しくないのかよ!」

「馬鹿野郎、奴らさんが砲兵だけじゃなく、お前らにも出番をくれてやろうって気張ってくれてんだよ! お礼に熱々の鉛弾をサービスしてやれ、ファーストクラスのスチュワーデスようにな!」

「Sir,yes,sir!」


 敵を狙い、撃つ。相手に飲み込まれるか、撃退するかまで。それだけである。


 雪男を打ち倒した男に導かれ城壁の上へと駆け上がった海兵隊一個中隊は、M16自動小銃を構えるや一斉に射撃を開始していた。城壁の高さはぱっと見十メートル程であったが、その程度彼らにとって障害になりはしない。大気を切り裂く甲高い音が立て続けに響くと、ばたばたと敵が斃れてゆく。黄金色に輝く薬莢が、いつの間にか傾き始めていた陽を浴びて輝く。

 しかし、M16小銃の弾倉が込められる弾丸は最大で三十発。始めから装填していた弾倉と予備を含めたとしても、せいぜい一人分が二百発を超えるかどうか。これが通常の戦争や対テロリストであれば十分な数だが、あの敵性生物の群れ相手では心許ないと言わざるを得ない。当初行った支援砲撃を行えば簡単なのだろうが、巨大な砲は素早い移動には不向きな為、陽動を行っている隙に撤収してしまっている。

『補給線の確保』、それを解決すべく提案した作戦。その答えが、頭上を舞う偵察ヘリだった。


「弾込め、弾倉の回収、投下物の開封、補給時の交代、どれだけ手があっても足りません! 医療チームも必要人数を医療器材の確認に回したら、あとは此方の作業を行って下さい!」


『穴』及び輸送艦から大量の物資を運ぼうとする場合、手段はどうしてもトラックに限られる。しかし、装甲車でやっと突破したルートを、物資を満載し動きの鈍ったトラックで挑むのは自殺行為に等しい。ならば空輸すれば良いと建部は提案したのだ。確かにヘリならば敵に攻撃されずに済むし、輸送用ヘリは持ってきていなくとも、偵察ヘリであれば輸送艦に搭載している。積み込める物資の量は多いとは言えないが、そこは機動力にものを言わせたピストン輸送でカバーしている。かくして、都市の空にヘリの飛翔するローター音が響き渡るのであった。


 その下で品川は自衛隊員達に素早く役割を割り振り、海兵隊への弾薬供給を行わせている。弾倉のまま投下されるものもあるが、箱に入ったままの弾丸が殆どである。空になった弾倉を回収し、異常がないか確かめ、弾丸を装填し、出来た弾倉を城壁の上まで運ぶ。言ってみると単純だが、いざやるとなるとそうはいかない。フルオートで撃ってしまえば三十発程度の弾丸、数秒で撃ち尽くしてしまう。対して、弾込めに掛かる時間はそれより遙かに長い。つまり、消費と供給が釣り合っていないのである。


「弾薬、残り弾倉一つ分、次のを持ってきてくれ!」

「くそ、手数が足りなさすぎる。このままじゃ城壁に張り付かれるぞ、誰か応援を!」

「小さいヤツには構うな、デカ物に火力を集中させろ! ヤツを伝って小型のが上に登ってきやがる!」

「なんとか倒せるが、弾の消費が……補給早くしてくれ!?」


(今はまだ辛うじて均衡を保っていますが……長期戦になればやはり此方の方が不利。その前に片を付けなければ!)


 小銃や重機関銃の火力は絶大だが、それは弾丸があってこそ。無くなれば、その時点で相手に押し潰される事になるだろう。実際に品川が相手を見て思った事は、接近戦になれば今の装備ではまず勝負にならないという事だった。硬い甲殻に覆われた体や、強酸姓の液体を噴出する相手と至近距離で戦えば、勝ち目は限りなく低い。だからこそ、弾丸を途切れさせてはいけない……というのに。


「何をやっているんですか、あの人は!?」


 口から思わず零れ出た悪態。弾丸装填作業をしている空き地に、建部の姿はない。恨めしそうな品川の視線は、海兵隊しか居ないはずの城壁上へと注がれていた。



「さっきから、アンタの副官が怖い目で睨んできてるぞ。下に行かなくても良いのか?」

「人を動かすのはアイツの領分だ。私は体を動かしていた方が割に合っていてな」


 その視線の先、M16を斉射しているしているベネットの横で、建部は89式小銃を手に攻撃に加わっていた。相手が飛び道具を持っていない為、死角から狙撃される危険性はないが、それでも最高責任者が前線に出るなど余り褒められた行為ではない。割と規則にルーズなベネットとしても、少しばかり不味いのではないかと思わされていた。


「それに、少しだけ妙だと思ってな」

「妙って?」

「どこがと問われたら全部が奇妙なんだが……何というか、あれがある種の軍隊の様に思えてしまうのだ」

「あのバケモノ共が? んな馬鹿な……いや、でも」


 建部の言葉を否定しかけたベネットだったが、どことなくその内容に共感出来る気もした。それはこの世界の戦士を目の前で見たせいかもしれない。剣や槍、弓矢を手に取り、皮や鉄の防具を纏う者達。それと敵対する敵性生物は幾つかの全く異なる種類に見える個体が寄り集まって集団を作り上げている。それはまるで、様々な兵科を混合させた部隊のようで。


(そういや……あの粘液まみれのミートボール、踏みつぶしたら装甲が溶けたって言ってたよな? この世界の武器ってのは、あの剣士みてぇな鉄製の武器だ……それにあの雪男みてぇな奴は銃弾が効かなかった。てことは矢も当然弾くんじゃ)


 狙いをつけ、引き金を絞りながら、頭の片隅でベネットは建部の言葉を反芻していた。それは恐ろしい予測を男へと告げてくる。


(あと、鉄鎧ってのはハンマーみたいな打撃武器か、針みたいな刺突武器が有効だって効いた事があるぞ。その両方を持っていた奴が居たよな、確か。それに鈍重な騎士にとっちゃ、小さくてすばっしこい犬みたいな奴も対応しにくい……あのデカイ歯を持つ奴も、確か最初に見せられた映像で人だろうが石だろうが、なんでも喰ってやがった。なら勿論、鉄だって……ッ!)


 次々と結びつけられる情報と経験。それの意味するところは単純な、しかしてより複雑な謎を生み出してゆく現実。


「奴ら全部、この世界の兵種や戦法に対して対抗策を持ってやがる。ただの生物が、んな不自然な進化をする訳がねぇ。まさか奴ら……!?」

「誰かが作った生物兵器、なんて考えてしまう訳だ。最も、飽くまで推論だがな」

「そんな、一体何処のどいつが……この世界は中世程度の技術レベルなんだろ?」

「分からん。言ったとおり、飽くまで私の推論なんだ。単に奴らが、ゴキブリや蝿のような異常に高い環境適応性を持っているだけって話かもしれん」

「それでもよ……」

「おい、みんな見ろ! あの野郎共、一目散に逃げ出していくぞ!」


 更に言い募ろうとするベネットであったが、その問いかけは部下の発した叫びにかき消された。銃を下げて城壁の下をみやると、こちらに背後を見せながら脱兎の如く逃げてゆく敵性生物達が見えた。仲間の死骸を踏みつぶし、動けぬ者も地面を這ってでも城壁から遠のこうとしている。その光景に海兵隊員達は拳を振り上げ、歓喜の雄叫びを上げていた。下の自衛隊員達もガッツポーズを上げているのが、城壁の上からでも確認出来た。


「イヤッホー、ざまぁ見やがれバケモノ共!」

「やった、やったんだ俺たちは!」

「俺は114匹撃ってやったぜ。おい、そっちは?」

「こっちは127匹。ふっ、俺の勝ちだな」


「お前らなぁ、俺が色々と頭抱えているってのに暢気に喜びやがって……」


 単純に喜ぶ者、勝利に酔う者、戦果を自慢げに語る者。ベネットはそんな部下の様子に呆れながら、銃を降ろして苦笑する。そうして建部に向き直った時にも、もう常の通りの不敵な笑みを浮かべていた。


「ま、難しい事は俺には分かりやせんよ。ただ、いま重要なのは俺たちが彼奴らに勝ったって事と、銃弾で殺せるってのが分かった事。俺たちにはそれで十分だ。これからどんな奴が来たって、銃弾の前じゃみんな平等にオネンネしちまうんだからよ!」

「確かに、それもそうだ。いまここでああだこうだと頭を抱えていてもしょうがない。それを確かめる為に、我々は此処まで来たんだからな」


 あの生物が何にせよ、いまこの勝利を祝わないのは無粋というものか。そうひとりごちる建部に向かって、ベネットは拳を突き出してくる。それを見てようやく張りつめていた緊張を解きながら、建部も拳を作る。


「ま、今回はアンタの作戦に助けられたな。礼を言うぜ」

「いや、海兵隊の底力も凄まじいものだった。これからも頼りにさせて貰おう」


 互いに健闘を称え合いながら、拳をぶつけ合う二人。

 沈みゆく夕日を浴びながら、男達はそれぞれの形で勝利を祝うのであった。

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