第7話 パーティ加入
"勇者"、"吸血姫"、"天竜姫"、"大賢者"。
誰一人として、普通の人間ではないことがわかるその構成。
ただ、そうであるからこそ彼らはとても強そうではあった。
実際、どことなく圧力のようなものを感じないでもない。
これが、強い人を目の前にした気分というものなのだろうか。
そう言うと、"勇者"が言った。
「たぶんだが、それは魔力を感じてそうなってるんだな。剣の技量なり、肉体的頑強さ、なんてものは素人が見たってそれほどはっきりとはわからねぇもんだ。だが、魔力量については、ちょっと感が鋭い奴ならなんとなくわかる。圧力を感じるからな。俺たちは全員、魔力量が普通よりかなり多い。隠しているときは別だが、そうじゃないときに俺たちを目にしたら、それなりに圧迫感を感じるだろう。試しに、隠蔽してみるとしようか」
そう言って、"勇者"が全員に目配せをする。
それと同時に、ふっと先ほどまで感じていた圧迫感がなくなって、楽になる。
「な、魔力だったろ」
「そうみたい……でも、どうして私が魔力なんて感じられるの? 私のいたところには、そんなものはなかったのに」
「それは、今のお前には魔力があるからな。色々あって……そういうことになった」
「いろいろって」
「これについてはそのうち説明しよう。それより、お前、名前は?」
「あぁ、そうね……私の名前は、蓮見優理。ゆうり、って呼んでもらえれば……ねぇ、聞きたいのだけど、私、帰れるの?」
どこに、と言わなくてもわかってもらえるだろうと思った。
故郷に。私の故郷に。
それはつまり地球へと言うことだ。
呼んだのだから、帰すこともできるだろうと、そう思った。
けれど、その希望は打ち砕かれる。
美貌の青年、大賢者が言った。
「出来ません。あの神殿の巫女ルルが行った女神召喚の魔法は、座標を指定するタイプの術式ではないので」
「それはどういう……?」
「どこそこから誰々をここに、という風な感じではなく、この条件を満たした人をどこからでもいいのでここに、という仕組みで呼んでいるということです。つまり、どこから呼んだのかわからないので、戻すことは出来ない、ということです」
「私、帰れないの……?」
それは結構絶望的な事実だった。
向こうで平凡な人生を送って死んでいくものだと、そう信じていたのに。
なのに、もう帰れないのだ。
そう考えると、知らず目頭が熱くなる。
けれど、涙は流したくなかった。
だから私はそれがこぼれる前に拭った。
「強いですね……」
大賢者がぼそりとそう言った。
聞こえないふりをして、私は言う。
「帰れないのは、わかった。けれど、そうすると……私どうしたらいいのかしら。あなたたちは何の責任もない、むしろ私の命を救ってくれた人だと思うのだけど、私も生きていかなきゃならないから……そのためにどうすればいいのか、出来れば教えてもらえないかしら?」
そう言うと、"勇者”パーティの四人全員が頷く。
「そのことだ」
"勇者が"言った。
「蓮見優理……ユーリ。お前はおそらくはもう戻れない。ただ、当然生き物である以上、生きていかなきゃならない。けれどこの世界は、たぶんだがお前のいた世界より厳しい。お前、生き物を殺したことがないな?」
「……蟻とかなら踏みつけたことが」
おずおずと言うと、"勇者"がため息をついて言った。
「虫は除外してだ」
「それなら、確かに無いわ」
「だろうな。お前からはそういう匂いがしない」
慌てて自分の体のにおいをかいだ。
すると"勇者"は再度ため息ついて、
「そういう意味じゃない……なんだ、雰囲気を感じない、という意味だ」
「あぁ、なるほど」
「だけどこの世界じゃそうもいかない。旅するとなると生き物を自らの手で殺さないとならなくなる。お前がどういう風に生きていくにしろ、それくらいは出来なければならない」
「そのうち慣れるんじゃないかな?」
「そのうちはな。ただ、それまでがきついだろう。そしてそれまでどうするのかが、問題なわけだ」
「たしかに……」
この世界に慣れたならそのまま生きていけるだろう。
慣れるまで、どうするか。
そのことを考えると目の前が暗くなった。
私にはこの世界のどこにも知っている場所がない。
目的地というものがもてないのだ。
そんな私が、いったいこれからどうすればいいというのだろう。
そんなことを思って未来を儚んでいると、"勇者"から驚くべき提案がなされる。
「だから、お前は俺たちに着いてこい」
「え?」
「そうすりゃ、色々教えてやれる。お前は何を遠慮しているのかはわからないが……俺たちに責任を持て、とかどうにかしてくれ、とか泣きわめいても問題ないくらいに、異常な状況に置かれている。少なくとも、俺がお前と同じ状況に置かれたらそうするだろう。この世界では問題なく生きていけてる俺たちだが、他の世界に飛ばされたらどうなるかわからん。ただでさえ常識が欠けている面々が多いしな……」
勇者はそう言って他の三人を見やり、首を振った。
「だから、お前の面倒は俺たちがみる。なに、お前一人くらい増えても経済的にも労力的にも大して変わらないからな。俺のパーティには食意地のはった竜がいるくらいだ。それに、お前の故郷に帰る方法も、もしかしたらみつけることが出来るかもしれない。それが可能なのは、うちのパーティの大賢者様と吸血姫様だけだろう」
「なんか、やっぱりみんなすごい人たちなのね?」
「どうだかなぁ……すごいはずなんだが、たまに自信がなくなるんだよな。ま、それはいい。ともかく、どうだ。ユーリ。俺たちのパーティに入るか?」
それは渡りに船だった。
この世界で助けられた、私にとって間違いなく味方だと思える人たちにくっついていけるのは。
ただ、それをみんな許してくれるのだろうか。
"勇者"は認めてくれた。
しかし他の三人は。
そう思ってその表情を見てみると、全員が笑っていることに気づく。
「いいの。ユーリ……あなたが来ると、楽しそうなの」
漆黒少女、吸血姫がそう言って手を差し出した。
握ると暖かく、柔らかい。白魚のような美しい手だ。
「私もいいと思いますわ。つかぬことをお伺いしますが、あなた、料理など出来まして?」
ちらっちらっ、とそんなことをいいながら見てくるので、私は笑って答える。
食意地が張っている竜か。なるほど。
「出来るわ。それで何か恩返しが出来るのならぜひ」
「よかったですわ! 何か新しい料理が食べれるのですね! 異世界の料理……ふふふ……」
涎が垂れていた。
超絶迫力美人なだけに、台無しである。
「私としても、問題がありませんよ。それに、この世界の魔術師があなたを呼んだなら、それを帰す責任もこの世界の魔術師にありますから。私にも責任の一端を背負うべき義務があるでしょう」
エルフの大賢者はそう言って手を差し出してきた。
ほっそりとした、まるで女性のような手だったが、握ると意外にも堅くて驚く。
彼の台詞はきっと私に気を遣ったものなのだろう。
彼に責任などあるはずがないのだから。
それだけでも、彼を信じるに事足りる。
エルフなど、創作物のイメージではもっと閉鎖的なものだと思っていたのだが、そうでもないらしいことがわかった。
それから、"勇者"が、
「じゃ、これでお前は"勇者"パーティの一員ってわけだ。よろしくな! ユーリ」
そう言って手を握ったのだった。




