第6話 自己紹介
それからのことはまさにジェットコースターのようだったと言っていいだろう。
なぞの男と美少女が呪文を唱えて転移した先は、どこかの山の上のようであり、周りには若干の木々が生えているのみで、まるで人工的に造られた展望台のように見晴らしのいい場所だった。
そう、展望台。
そこから自らを"勇者”と名乗る男が指さした先を見つめてみれば、巨大な建築物群で敷き詰められた場所が崩壊していく様を眺めることができた。
「あれが、さっきまで俺たちがいた場所だ」
聖地。
この世界において信仰される主要宗教の一つ、女神教会の、宗教的一大テーマパークだったらしいその都市は、おそらく何百年、何千年と積み重ねたらしい歴史を数時間で費やしていく。
建物が、壊れる。
煙が立ち、燃え、また崩壊し。
そんな時間がどのくらい続いただろう。
気づいた頃には、全ての崩壊音が止んでおり、かつて聖地と呼ばれたその場所はこれから遺跡と呼ばれるものに変わるのだろうと言うことがわかる、生活感の全く存在しない歴史的石ころの群へと姿を変えていた。
見るべきものを見て、気が済んだ私はそれからずっと疑問に感じていたことを口にする。
「それで……ここはどこであなたたちは誰で私はどうしてこんなところにいるの?」
その質問に、私の後ろで同じように崩壊する聖地を眺めていた四人の一癖も二癖もありそうな人々が笑った。
なぜ、笑うのか、と聞けばもっと取り乱すものだと全員が思っていたからだと言う。
意外にも冷静で、しかも要点のまとまっている質問に全員がおもしろさを感じたということだ。
「そりゃ、私も驚いたには驚いたわよ。でも、もう受け入れないと仕方ないじゃない。魔法なんて私のいたところにはなかったけど、目の前でそれを見せられた。召喚なんてものは創作物の中にしかなかったけど、実際に私はそうとしか言えない出来事に巻き込まれた。どうしようもないでしょう?」
そう言うと、"勇者”を名乗る男が深く頷く。
「全くもってその通りだな。しかしだからといって訳の分からない状況にいる中、そこまですんなり自分の状況を受け入れられる奴というのはかなり少ないだろ」
「そうかな?」
首を傾げると、"勇者"の横にいた漆黒の美少女が答えた。
「そうなの。でも、それは個人差の範囲かもしれないの……そんなことより、さっき興味深いことを聞いたの」
その少女は、見れば見るほど美しく、私は目が離せなくなる。
身につけている漆黒の服……ゴスロリのようだが、この世界にそんな概念があるかどうかはわからないが、とにかくよく似合っている。
肌も真っ白で染み一つない。
なのに唇は血のように赤いのだ。
髪は緑の黒髪、とでも言えばいいのか、輝きを放つ流れるような美しさを持っている。
総じて、人形のような少女、と言えた。
日本でもまるで人形みたい、と評したくなる芸能人というのはたまにいたが、そんなものは紛い物だったと今ここで信仰を改めたくなるほどの人形具合だ。
これが美しさを具現しようとした芸術品でないというのはとても信じられない。
しかし、だからといってずっと鑑賞し続けるのも失礼だろう。
そう思った私は、漆黒少女の言葉を継いだ。
「興味深いこと?」
すると漆黒少女は答える。
「魔法なんてなかった。あなたはそう言ったの。それは、魔力も存在しなかったということなの?」
語る漆黒少女の声は鈴のように耳に心地よく、染み渡る。
ただ聞いているだけで幸せになれそうな声というのがあるらしいということを私は初めて知った。
私は少女の疑問に答える。
「魔法とか魔力とか、そういう言葉が厳密には何を指しているのかは私にはよくわからないけど、たぶんなかったんじゃないかしら。私たち人間がそういうものを見つけていないだけ、とか、見つけていてもそれは一部の人たちだけの秘密で、世間には広まってはいなかった、ということかもしれないけどね。ただ、少なくとも、私は知らなかったし、私の周りも知らなかった。世界的に、そういうものは少なくとも存在は確認されていない、そういうものだったわ」
「ありがとう。わかったの……やっぱり、正しかったの」
そう言って、漆黒少女は安心したかのように息を吐いた。
何かについて納得したらしい。
そんな漆黒少女の肩を"勇者"が叩いた。
そして、"勇者"はふと首を傾げ、言った。
「……正しくなかったらどうなってたんだ?」
それに漆黒少女は答える。
「どうもしないの。ただ、そうなると何でこの娘に魔法が効いたのかわからなくなるから……今後のことが心配になるの。でも魔力がない、という事実が明らかになったから、そうなると私の考えた方法も間違ってはいなかったということになるの。今後問題が起きる心配はほとんどないの。安心なの」
「なるほど」
何がなるほどなのかよくわからないが、とりあえず私の体は大丈夫らしい。
詳しく聞いてみると、私の体はあの巫女ルルに刺されたあと、相当危険な状態に陥っていて、魔法も効かない様子だったからどうしようもなかったということだ。
それを漆黒少女の考えた方法でどうにかして(これが何なのかは教えてくれなかったが)、改善したらしい。
結果、魔法も効くようになり、今は快調なはずだと言われた。
確かに体が以前より軽いような気がする。
空も飛べそうなほど。
だから、彼らの処置は正しかったのだろう。
つまり命の恩人だ。
ありがたいことである。
「さてと……」
それから、"勇者"と漆黒少女の後ろで黙っていた青年と美女の二人が、前に出てきた。
「体も問題なさそうですし、そろそろ自己紹介をしましょうか?」
男性にはとても見えない青年が、そう言って微笑んだ。
冷静そうで、冷たそうに見えたその顔。
しかし笑うと意外にも暖かく、人好きのしそうな顔だった。
美しさが、マイナスの方向に働いているタイプかもしれない。
「自己紹介……そうですね。みなさんは、いったい何者なんですか?」
そう私が聞くと、あたりを照らすような黄金の髪と華やかな美貌を持つ、迫力美人がその口を開いた。
「何者、と言われるとこいつのことを説明するのが一番早ですわ」
そう言って、"勇者"を名乗る男を指した。
"勇者"。
男はそう名乗っていたが、それが真実なのかどうか、それに言葉通りの意味なのかどうか、私にはとてもではないが判別できない。
それに、なぜそんなものがいるのかも。
そして他の三人が何者なのかも。
迫力美人はしかし、そんな疑問などなんでもないかのようにさらりと言う。
「こいつは"勇者"と言います。魔王を倒す者ですわ。私はそのために組まれた、というか腐れ縁でその前から組んでいたのですが……まぁともかく、そのパーティーのメンバーの一人です。人からは、"天竜姫"と呼ばれることが多いですわね。パーティの物理的火力を担当していますわ。よろしく」
それから、青年の方が言葉を継ぐ。
「私も同じく、"勇者"のパーティメンバーの一人。よく呼ばれる名称は……"大賢者"でしょうか。自分では賢者なんてつもりはないんですが、私はエルフ、それもそれなりに長く生きたものですので、人と比べればそうなるのもわかります。なので、否定はあまりしておりません。主に魔法を使って戦うことが多く、大規模な魔術的火力は私が担っています。よろしくお願いします」
二人とも、その肩書きが尋常ではないが、"勇者"のパーティメンバーとなればそれももしかしたらふつうなのかもしれないととりあえずつっこまずに頷いて納得しておく。
聞きたいことはあとでまとめて聞こう。
それから最後に漆黒少女が言った。
「私も同じなの。"勇者"のパーティメンバーの一人なの。人からは"吸血姫"と呼ばれることが多いの。あんまりけがしないから、パーティの中では壁役と、補助を担当しているの」
一人たりとも、人間がいなかった。




