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異世界で勇者パーティの保護者やってます!  作者: 丘/丘野 優
第1章 プロローグ、始まりから第一の出会いまで
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第5話 責任

 全く回復する様子を見せない目の前の少女に困惑する"勇者"。

 けれど、彼には仲間がいた。

 ここまで着いてきた、三人の頼もしい仲間が。


 そのうちの一人、真っ黒な服を身にまとった漆黒の美少女が、"勇者"がいくら魔法をかけても回復する様子を見せない少女を見て、深刻な声で呟いた。


「この娘は……まずいの。このままでは死ぬの」


 その言葉は思いの外、"勇者"の心を波立たせる。

 人の死などいくつも見てきたし、そのことに何かを思った経験がないとは言うことが出来ない。

 けれど、それでも今回のようにここまで強い感情を感じたことはなかった。

 何が自分の心をこれほどまでに乱すのかはわからない。

 けれど、救わなければならない。

 この少女を、どうにかして。

 その思いだけが"勇者"を突き動かす。


 そして、不思議なことにそれは仲間たちも同じだったらしい。


 後から大広間に入ってきた二人、女性と見紛うばかりに輝く美しさを持った青年と、辺りを焼き尽くすような凄絶な輝きを放つ迫力美人が、倒れた少女を見るやいなや、その顔に浮かべたことのない深い困惑の表情が見て取れた。


「これは……どういうことですか。なぜ。助けないといけないのではありませんか。回復魔法、回復魔法は!」

「なんなのよ。どうして……どうして、この娘はこんなに血を流しているの。早く助けて! 早く!」


 二人は取り乱していた。

 青年の方はいつも冷静沈着で、どれだけの人間が死のうとも、その姿勢を崩したことがない。

 迫力美人の方にしても、これほどまでに慌てた様子を見たことが無く、一体この娘のどこがこの二人にこれほど強い感情を抱かせるのかと"勇者"は訝った。

 そしてその事実は、"勇者"に冷静さを運んでくる。

 そうだ。慌てていても、事態が好転するわけではない。

 そのためには、まず落ち着かなければ。


 そして、息を十分に吸ってから、"勇者"は少女に再度回復魔法をかける。

 大して効きはしない。そのことは分かっていた。

 けれど、少しは顔色が良くなるようだし、全く効いていないというわけでもないらしい。

 それならば、意味がある。

 そして、その回復魔法で少女の命をつなぎ止めている間に、次に取るべき手段を探さなければならない。

 そう思った。

 

 "勇者"のパーティの中で、このような場合に役立つ助言が出来そうなのは、青年と、漆黒少女である。

 この二人には、膨大な知識の蓄積があるからだ。

 だから、それを期待して二人を見た。

 すると、青年の方は未だに取り乱していたが、漆黒少女の方は喉から絞り出すような声で、事態を打開できそうな提案をしてきた。


「……この娘はこのままでは死ぬの。だけど、死なせない方法がないわけではないの」


 そう言うと、青年が横から漆黒少女に聞いた。


「なんですかそれは! そんな方法があるならば、早く実行しましょう!」


 まるで子供のようだだった。

 今まで見たことのないそんな青年の様子に、この少女に何かがあるのだろうと言う思いが深くなる。

 ただ、それを追及している時間はない。

 "勇者”は漆黒少女の言葉を黙って聞いた。


「この娘の魂は、信じられないほど強い。それは、さっき、この少女を刺したらしい女が爆散したことから明らかなの。本来なら、殺された相手の魂は殺した相手の中へと流れ込む……けれど、あまりにも強力で、大きな魂は人の器には収まりきらない。この少女の魂は、そういうものだったの。だから、あの女は爆散した」

「でも、だったら、なんで回復魔法が効かねぇんだ。おかしいだろう。魂の力は、そのまま魔力的強靱さにつながるはずだ。治癒力だって高くなければおかしい……」


 それが"勇者”の常識であり、この世界の法則であったはずだ。

 なのに、この少女に限ってはその法則の外にあるようだった。

 漆黒少女は頷いて続けた。


「まさに、その通りなの。だけど、そのためには前提条件があるの。その体に、魔力が宿っていること」


 "勇者"は漆黒少女の指摘に驚く。

 そんなことはありえないからだ。

 魔力がなければ、どんな生命体であってもその命を維持することは出来ない。

 そのはずだからだ。

 けれど、漆黒少女の言葉を効いて、抱きしめている少女の体を精査してみれば、確かに一切の魔力的反応がないことに気づき愕然とした。

 こんなことはあり得ない。

 そのはずなのに。


「驚くのも無理はないの……だけど、思い出してほしいの。この娘は、女神召喚で呼ばれたの。確かにこの世界では魔力がなければ生きていくことはできないの……でも、他の、ここではないどこかなら、魔力なんてなくても生きていける世界があるかもしれないの……」

「つまり、この娘はそういうところから、魔力の存在しない世界から来たかも知れないってことか」

「そう、推測できる、という話なの」

「それはいい。それはわかった。けど、だったらどうするんだ。魔力がない世界から来て、魔力を持っていない。それはつまり、魔力を体内に留める必要がなかったからそれが出来ないと言うことだろう! どうすればいい!」


 それは絶望的な事実だった。

 体内魔力の存在しないものに、魔法は効かない。

 だからこそ、死した生き物に回復魔法をかけても治癒することはない。

 死者は蘇らない。

 それは世界の常識だ。

 そして、この少女はまさにその死者に類する状態にあるのだという。

 であれば、たとえ"勇者"たちであっても、それを救う手段は存在しないではないか……。

 そう思った。


 けれど、漆黒少女の見解は異なるらしい。

 漆黒少女は言った。


「方法は、あるの」


 その言葉に"勇者"は食いつく。

 そして漆黒少女に詰め寄った。


「それはなんだ! 早く言え!」

「簡単なの……でも、みんな、覚悟するの。この方法をとったら、みんなにはこの少女に対する責任が生まれるの。途中で見放してはならないの……大丈夫なの?」


 漆黒少女の念押しに、その場にいる三人は、"勇者"、青年、迫力美人は躊躇無く頷いた。

 それを見た漆黒少女は、それから語り出す。

 どうすれば、魔力のない少女を助けることが出来るのか。

 そのために何をすればいいのかを。


 それは驚くべき提案だった。

 けれど、納得できるものでもあった。


 それならば、確かに助けることが出来ると確信が持てた。

 ただ、そうであるからこそ、責任が生まれるというのも理解できる話だった。


 もしかしたら、自分たちはこの世にとんでもないものを生み出すことになるかもしれないからだ。


「覚悟は、いいの?」


 漆黒少女のその言葉に、全員が頷く。

 そして、提案を実行した……。


 ◇◆◇◆◇


 提案実行後、徐々に辺りに漂う浮遊魔力を吸収し始めた少女は、もはや先ほどまでの死人同様の状態ではない。

 回復魔法をかけてみたところ、十分な効果を発揮し、顔色にも暖かさが戻ってきている。

 その様子を見て、青年と迫力美人はやっと冷静さを取り戻したようだ。

 そして、先ほどまでの自分たちを省みて首を傾げていた。


「……なぜ私はあれほどまでにあわてていたのでしょうか? わからない……」

「なんかすごい不安だったのよねー……なんでかしら。分からないわ。ま、考えるのは苦手だからいいけど」


 などと言っていた。

 それから二人は、聖地エルファドラスを囲む結界の解除をするために中央神殿大広間を出ていった。

 顔色の戻った少女を見て安心したらしい。

 後はよろしくと言って、自分の仕事に戻っていった。


「じゃあ、その娘が目覚めたら私たちもここをでるの」

「あぁ、そうだな……お、目が覚めたみたいだぞ」


 そうこうしているうちに、少女はゆっくりと目を開いた。

 飛び抜けて美しいというわけでもない。

 どこにでもいる村娘のような、素朴な少女だった。


 だから、突然目が覚めたとき、"勇者"のような男に抱き抱えられている状況というのは予想外だったのだろう。

 それなりに慌てていた。

 しかし、のんびりとしている暇はないと、"勇者"と漆黒少女の近くは訴えていた。


 先ほど、結界の壊れる音を聞いた。

 本来なら別にそれで全く構わないのだが、この聖地エルファドラスはふざけた仕組みを採用しているらしかった。


 結界の崩壊と同時に、聖地自体が連鎖的に崩壊していくという、自爆式のシステムを採用していたのだ。

 だから、"勇者"と漆黒少女の知覚によるならば、この神殿はもってあと数分。

 目の覚めた少女には気の毒だが、全ての説明はあとにすることにし、とにかくまず転移をすることにする。

 "勇者"と漆黒少女は、たとえこの建物が崩壊して下敷きになっても問題はないが、胸にかかえた少女だけはそんなわけには行かないだろう。

 だからこそ、転移を急いだ。


 幸い、聖地を覆っていた転移阻害の魔法は結界の崩壊と共に綻びが見えはじめていた。

 並の使い手であればこんな状態では転移などとても出来たわけではないが、"勇者"も漆黒少女も並などではない。

 丁寧にゆっくりと魔法を構成し、詠唱までした二人の転移を阻害できるほどの力は、聖地の阻害魔法には存在しなかった。

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