第25話 奉神鍛冶師の鍛冶場
そこに入ると同時に、むわりとした熱気が私たちの顔を襲った。
あれから、シモーヌは片づけなければならない用事があるからと自分の執務室に戻っていったが、ヨゼフが奉神鍛冶師の鍛冶場の場所は分かると先導して神殿の中をずんずんと進んでいった。
そして辿り着いた広い空間の中には、金属を溶かすための炉や、様々な素材、鍛冶のための道具が所狭しと並べられていた。
世界に数多いる鍛冶師の中でも、腕利きでかつ信仰心篤い者しか務めることの出来ない奉神鍛冶師、その鍛冶場が目の前にある。
その作り上げられるものの品質は、そこらに並んでいる数打ちと思しき武具を見るだけでも相当に高いことが分かるほどだ。
そんな鍛冶師たちが、私たちが鍛冶場に入ると同時に、驚いたような目で振り返り、そして一斉に言う。
「ヨ、ヨゼフ!? ヨゼフじゃないか!! お前戻って来たのか!? これは……夢なのか?」
言い方はそれぞれだったが、大要、こんなことを全員が言っていた。
そして、そんな鍛冶師たちの中でも、親方と思しき、長いあごひげを三つ編みにしている土族の鍛冶師が、ヨゼフに言った。
「ヨゼフ……お前、一体どういうことだ。もう二度とここにも戻ってこねぇと……そう、言ってたじゃねぇか?」
その言い方は、別に責めるような言い方ではなく、純粋に疑問を口にしているような雰囲気である。
実際、強い口調でもなく、なんとなく茫然とした感じで言っていることからも、彼は起こっていないのが分かる。
ヨゼフは、
「……そのつもりだったんだがな。そうも言ってられなくなった。勝手にお前らを馬鹿にして出てった身だが……頼む。俺をもう一度ここに置いちゃくれねぇか」
そう言って頭を深く下げた。
その様子に驚いたのは、その場にいた鍛冶師たちの方で、慌てて、
「頭を、頭をあげてくれ! ヨゼフ! お前にそんなことされる筋合いはねぇ!」
とか、
「お前は何一つ悪くねぇんだ! 俺たちが……お前についていけなかった。それだけなんだ!」
と言った声が飛び交う。
ヨゼフは奉神鍛冶師を、自分が満足な武具を打てないからやめた、と言っていた。
その際に、他の鍛冶師の腕がさほどではなかったから、ということも言っていたから、もしかしたらその辺りで何か確執があったのかもしれない。
しかし、この感じからすると、ヨゼフがそのような気持ちで奉神鍛冶師をやめたことについて、ここにいる鍛冶師たちは特に腹を立てているというわけではないらしい。
それどころか、親方と思しき土族は、悔しそうな顔で言う。
「……ヨゼフよ。あのときのことは、俺たちの方が悪かったんだ。俺たちは……自分たちの腕を過信していた。お前が何を求めてるのかも理解できずに、そんなことは出来るはずがねぇと……そんなことばかり言ってた」
やはり、何かあったらしい。
ただ、ヨゼフに理があったということを認められるようになった、ということのようだった。
ヨゼフはその台詞に驚いたように目を見開き、しかし首を振って、
「いや……俺も俺でな。よくなかった。なぜこれが出来ないのかと、簡単なことなのにと、説明もしねぇでお前らを責めた……。人によって得意不得意があるはずなのにな。修行が足りなかった」
と謝る。
どっちが正しかった、というものでもなかったのかもしれない。
生きていれば、そういうこともあるだろう。
けれど、どちらもしっかりと自分の非を認めて謝った。
こうなると、もう、あとには何も尾を引かない。
実際、
「……ま、そういうわけで、お互い水に流すことにするか、ヨゼフ」
親方と思しき土族の言葉に、
「あぁ、そうしてもらえると助かる。ライナルト」
ヨゼフがそう言って、手打ちとなった。
それからヨゼフは私たちに向き直り、
「……っと、待たせたな。紹介するぜ、こいつはライナルト。今の奉神鍛冶師たちを束ねる鍛冶師頭をやってる土族だ。昔からの知り合いで……その腕の程は帝都の一流店に卸しても最高の品質と判断されるくらいの見事なものだぜ」
と紹介してくれる。
ライナルトはヨゼフの肩を叩きながら、
「おい、いくら何でも褒め過ぎだ。お前に比べたら俺なんて大したことはねぇ……ま、よろしくな。ライナルト=ハルダーだ。で、あんたらは? リリア様は知ってるが……」
そう聞かれたので、私たちも答える。
「ユーリよ。ナードラの薬師」
「萌なの。薬師見習い」
「イリアスです。ユーリ様の小間使いをしております」
「……私はモーゼスという。騎士をしている」
「俺はタタール。騎士……見習い、だ」
改めて一気に挨拶してみると、よくわからない組み合わせである。
ちなみにイリアスは翼やら角やら怪しげなものはすべて出し入れ自由のようで、今は普通の人間のように見える。
いささか容姿が洗練されすぎているようにも見えるが、おかしいのはそのくらいだ。
私たちの自己紹介を聞いたライナルトは妙な顔を浮かべて、
「……また妙な集団だな? いや、最近聞く話からすれば、別に変でもないのか。やっぱり、リリア様は迷宮に潜るのか……」
と正確な推論を述べた。
「あら? その話をよく知ってるわね。一般には流れていない話らしいけれど」
私がそう尋ねると、ライナルトは、
「まぁ、その通りなんだが、最近俺たちに武具を打てって言ってくる奴らが多くてな。全員、現皇帝の血を引いてる奴らだよ。しかもその言い方が酷くてなぁ……『自分が皇帝になれば帝国特級鍛冶師にしてやるぞ』と来たもんだ。で、なんであんたが皇帝になれるんだと聞けば、全員が言うんだよな。皇帝の崩御が近く、そうなる前に迷宮に潜って遺物を持ち返れば自分が皇帝になれるんだ、と」
「それはまた……」
馬鹿な奴らね、と言ってやりたくなった。
なにせ、皇帝の崩御が近いことは秘密事項なのに、それを奉神鍛冶師にとはいえ吹聴して歩いているのだから。
場合によっては即座に捕まって死罪にされてもおかしくはない。
それすらも想像がつかないほど教育が行き届いていない階層にも皇帝の血を引いている子供がいる、というのもよく考えれば問題であるが、普段であれば庶子などそもそも皇位継承に一切かかわってこないのだから気にせずそこら中に種をばらまいてきたということなのかもしれない。
「ま、馬鹿な奴らだとは思うが、皇帝の意思は、有用な遺物を持ってきた奴に皇位を与える、ってことなんだろ? それなら奴らの夢みたいな話も必ずしも馬鹿には出来ねぇよな。借金をしてでも、いい武具を手に入れて、いい護衛を雇って、迷宮に挑戦すれば1パーセントくらいは可能性があるんだ。それに賭ける気持ちはわからんでもねぇ。迷宮の遺物なんて手に入れられるかどうかは運がでかいからな。ツイてれば皇帝も夢じゃなさそうだ」
まぁ、その過程で死ぬかもしれないわけで、決して分の良い賭けとは言えないだろうが、そこまで悪くもない。
そこら辺で宝籤を買うよりかは高い確率で皇帝になれるのだから。
「で、貴方たちはそういう奴らに武具を打ったわけ?」
帝国特級鍛冶師、というのは帝国が直接与える称号であり、帝国においてもっとも技術があると認められるトップクラスの鍛冶師に与えられるものだ。
これに選ばれるということは、皇族の武具を打つ機会を与えられるということであり、帝国における鍛冶師としては最高の富と名誉、そして権力が手に入るということと同義である。
それにしてくれる、という誘いに乗って、ライナルトたちは武具を打ったのかもしれない、と思っての質問だった。
しかしライナルトは笑って、
「馬鹿を言うなよ。まぁ、確かに金や権力を欲しがる土族はそれなりにいるがな。俺たちはそもそも神殿に勤める奉神鍛冶師だぜ? 打つのは、神殿騎士、それに巫女たちの武具だけだ」
そう言って否定した。




