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第24話 名づけ

「……邪悪な気配が感じられません。本当に悪魔ではなくなった……ということでしょうか?」


 儀式が終わったことを確認し、シモーヌがそれを儀式場にいる者に宣言した後、リリアが寄ってきて元悪魔だった存在を見て、そう言った。


「貴方からもそう見えるのですか? であれば、間違いないのではないでしょうか」


 元悪魔はリリアにそう言って頷く。

 それでもリリアは疑わしそうな視線で彼を見つめるが、そのあとシモーヌと目を合わせると、彼女が頷いたので納得したようだった。


「にわかには信じられませんが……そんなことがあるものなのですね。驚きです」


「やれやれ……剣に悪魔が宿ってたってだけでも相当なもんなんだがな……お前らといると飽きねぇぜ」


 呆れたように頭を押さえながらそう言ったのは、鍛冶師のヨゼフである。

 そもそも、彼が持っていた呪いの魔剣がそもそもの発端なのだが、こんな風に事態が展開していくとは流石の奉神鍛冶師と言っても予想が出来なかっただろう。

 

「我々が言うのは何だが、ユーリ。お前はトラブルを呼び込む体質なのだろうな……これほどまでに次から次へと問題が起きるなど、そうそうないぞ」


 問題の一つであるモーゼスがそう言うと説得力がある。

 考えてみれば異世界に吹っ飛ばされて、さらに色々あってまた別の異世界に……そしてそのあとにも事件だらけ、さらにこれからもそんなことが続いていきそうなこの状況で、私はトラブルメイカーではないと否定するのは難しいように思える。

 ただ、


「……一つだけ言わせてもらえるなら、私はどっちかというとトラブルを作る側じゃなくて、巻き込まれてる側なんだからね? あんたら、それを分かっておきなさいよ?」


 リリアのことにしろ、モーゼスとタタールのことにしろ、私はむしろ部外者である。

 それなのに中心人物扱いされても困ってしまう。

 ただ、これはモーゼスも、理解しているようで、


「もちろん、分かっているとも。こうして様々な人と縁を結んでもらっているだけでもありがたい位なのだ。いくら感謝しても足りぬ……」


 と頭を下げられてしまった。

 冗談めかして言われたならともかく、かなり真剣にそんなことを言われては私としても受け入れざるを得ない。

 かなり薄情な自覚はあるのだけれど、こういう人間は嫌いではないのだ。

 だからリリアにもモーゼスにもタタールにも力を貸そうと思っている。


「……別に、気にしないでいいわよ。気が向いたから付き合ってあげてるだけだしね」


「そう言ってもらえると実に助かる」


 深く下げた頭を上げ、にこりと笑ってそう言う辺り、かなりしたたかな人物なことも分かっているが、それでも見捨てる気になれないのは本質が善であるような気がするからだろう。

 まぁ、私に人を見る目なんてないのだけれど。


 それから、元悪魔の方に顔を向けてみれば、リリア、タタール、モエが元悪魔の髪やら翼やらをいじくりまわしているのが目に入った。


「……そんなことをして楽しいのですか?」


 元悪魔は呆れたような顔でそんなことを言っている。

 リリアは、


「すごい、サラサラ……これくらいに整った髪にするのにどれほどの労力がかかるか……」


 とぶつぶつ呟いている。

 その言葉に、そう言えば、どこにいても彼女は自らの美容にはこだわっていたな、と思い出す。

 ナードラにいるときも、料理に加え、調薬やら錬金術やらも教えていたのだが、彼女が特に興味を示したのは美容関係であった。

 そのため、今の彼女の髪や肌は中々に美しいが、しかしそれでも元悪魔のそれには負ける。

 まぁ、そもそもが人を超えた生命体である。

 髪の毛一つとっても、人とは異なる在り方をしていて、しかも悪魔というのは身だしなみに気を遣う種族なのだからさもありなんという気はする。

 

「この羽、かっこいいな……俺も欲しい。空飛べるんだよな? ルルリアじゃ、好きに王都に行くことすら難しかったけど、こいつがあれば……」


 タタールはそんなことを言いながら元悪魔の蝙蝠と竜の翼を触っている。

 四枚についのその翼はどちらも力強く、美しい。

 実用品なのかどうかは分からなかったが、タタールの言葉に元悪魔は、


「……飛行魔術くらいであれば、別に翼などなくとも可能ですよ。魔力もお持ちのようですし、お教えしましょうか?」


 と親切に言う。

 確かに飛行魔術は魔力さえあれば使うことは出来る。

 しかし、その使用者はこの世界においてはかなり少数派だとイヴォンヌから聞いたことがある。

 魔法薬と同じく、失われた技術の一つに該当するようで、非常に不便な魔力を多量に使用するものしか残っていないらしい。

 けれど元悪魔はそうではないものを知っているらしかった。

 ちなみに私は普通に飛べる。


「……そう言えば、名前はあるの? 私、萌って言うの。これからよろしくなの」


 萌が元悪魔にそう尋ねると、彼ははっとした顔をし、それから、


「……悪魔だったときのものならありますが……正直、もう名乗りたくないですね。ちょうどいいです。主殿、私に名をつけてはもらえませんか? 私が、貴方のものだとわかるように」


 と言って、こちらを向く。

 私としては、素直に悪魔だったときのものをそのまま使えばいいだろう、と思ったので、


「別に今までと同じでいいじゃない」


 と言ったのだが、


「いえいえ、それでは困ります。私、これでもそこそこ名前の知られている悪魔でしたので、不便なのです」


 と反論された。

 これから、小間使いとして色々やってもらうこともあるだろうし、確かにそういうとき、悪魔として糾弾されると契約者である私の方が困る。

 この意見には納得せざるを得なかった。

 私は少し考えて、


「……では、イリアス、と。いいかしら? 貴方は今日から、イリアスよ」


 そう言うと同時に、元悪魔は、


「おぉ……」


 と感動するように声を上げ、さらに光が彼を包んだ。

 それを見て、私は、やってしまったかもしれないなこれは、と思う。

 体から少し、力がイリアスの方に流れていくのも感じた。

 微々たるもので、すぐ回復するくらいの力でしかないが、意思によらずに力が流れていることに不快感を感じる。

 とはいっても、どうにもならなそうだった。


 そして、光が落ち着くと、そこには先ほどまでとは異なる格好をしたイリアスがいた。

 先ほどまでは、悪魔だったときのもの――スーツのような燕尾服のような洗練された衣服だった。

 しかし、今の彼の身に付けている者はそのときのものとは違っている。

 色合いとしてはあまり変わっておらず、黒を基調としたものだが、先ほどまでの格好を皮肉気な執事のよう、と形容するなら、今の彼は闇に潜む暗殺者のようである。

 深いフードのついた外套に、腰にわずかに覗く短剣が見える。

 いくつかの目立たない指輪が彼の長い指に嵌っているのも。

 そして、その身に付けているもの全てに、力を感じる。

 具体的にいうなら、私の力と同質のものだ。

 どうやら先ほど流れた力は、彼の身に付けているものそれらに変異したらしかった。


 シモーヌがそれを見て言う。


「契約者の魔力により、契約相手の武具が形作られることもある、と聞いたことがあります。滅多にないことですが……」


 その滅多にないことが、今起こったらしい。

 次から次へと……と忌々しく思うが、起こったことは仕方がない。


「主殿、格別の配慮を頂いたようで……ありがとうございます」


 と、イリアスは礼を言った。

 どうやら、彼の意思で魔力を奪ったわけでもないらしい。

 となると、これはもう誰に文句を言っても仕方がないことだろう。

 もとをたどると、名づけなどしたのがそもそも間違いだった、という話にしかならないだろう。

 私は首を振って答える。


「いいわよ、別に。大した力を使ったわけでもないし……それに貴方を見て思い出したわ。リリアの武具を見繕わなきゃ」


 そうだった。

 そもそも、鍛冶師ヨゼフのもとを尋ねたのは、リリアの武具を一通り揃えるためだったのだ。

 魔剣を見せられたりイリアスが現れたりと色々あったが、最初の目的を果たさなければならない。

 そして“併呑の迷宮”を攻略しなければ。

 そう思っての言葉に、ヨゼフも頷いて、


「そういやそうだったな……これだけいろいろあると、本業のことも忘れかけてたぜ……ともかく、儀式は終わったんだ。俺はとりあえず本来の目的の鍛冶場に行こうと思うが……お前らはどうする?」


 そう尋ねられたので、私たちは顔を見合わせる。

 一度宿に戻ってもいいのだが、と私は思ったが、モーゼスが、


「初源神殿の奉神鍛冶師の鍛冶場など中々見れるものではないからな。私は後学のために可能なら見学させてもらいたいのだが」


 と言った。

 これにヨゼフは少し悩んで、神殿最高責任者であるシモーヌに視線をやった。

 シモーヌは、


「見学していただいて構いませんよ。貴方たちはリリアのお仲間な訳ですし……そもそも、奉神鍛冶師の鍛冶場だからと何か特別な秘密があるわけではありませんから」


 そう言った。


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