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第20話 神々の話

 こつこつと、シモーヌの先導に従って神殿内を進んでいく。

 あれから、シモーヌは儀式場を貸すことに同意をし、始めるならすぐに、ということで彼女直々に案内を買って出た。

 私と、剣に宿る悪魔との契約それ自体についても、リリアだけでなく彼女も参加するという。

 当然のことながら、その場にいた神殿巫女が止めたのだが、それをシモーヌはゆっくりと首を振って拒否した。

 彼女は言ったのだ。


「……この剣に宿るものは恐ろしいものです。他の誰かに安心して任せることは出来ません。リリアと、そして私……出来るなら他の上位巫女も呼んで、神殿の総力をもって儀式を行いたいところですが……今は皆、出払っていますから、これはもう仕方がありません。貴女も、優秀な巫女であることは私にもわかっていますが、見ているだけならともかく、儀式それ自体に参加した場合、命の保証は出来ないのです。ですから……」


 とまじめな顔で。

 その様子は鬼気迫るもので、そんな風に語られた巫女は震え上がり、顔が青くなっていたくらいだ。

 私の剣に宿る悪魔はつまり一般的にはそれくらい危険なもので、むしろリリアの反応は比較的柔らかめなものだったらしいことがその場で知れた。

 なるほど、私に影響されていろいろあれな感じになってきているというのは事実らしいと知った。


「そんなに大したものじゃないのにね?」


 と私が剣に語り掛ければ、


『……まぁ、貴女に比べればそうでしょうね』


 と呆れたような悪魔の返事が返ってきた。

 他の者には聞こえていないらしく、特に反応はなくみんな、シモーヌの導きに従って歩いている。


「儀式場と申しますが、かなり遠いのですな?」


 モーゼスが妙な重さをはらんだ空気を軽くしようとしたのか、世間話のようにそう尋ねた。

 実際、今の時点でシモーヌの執務室から結構な距離を歩いている。

 ゆるい坂を上ったり、階段を上り下りして、いくつもの扉を開いて……。

 正直、シモーヌの案内がなければたどり着けなさそうなところまで来てしまったような気がするくらいである。

 シモーヌはモーゼスの質問に歩きながら答える。


「今向かっておりますのは、この初源神殿でも最も巨大であり、設備の整った“大祭儀場”ですので……。普段は滅多に使われないところなのですよ。通常の儀式に使おうにも、“場”そのものが強力な力を帯びておりますので、かえって使いにくく。ただ、今回に限ってはむしろそれくらいの方がいいでしょう」


「万全を期すために、ということですかな?」


「ええ……悪魔との契約の手伝いなど、おそらくは初源神殿始まって以来のことでしょうから……。用心してし過ぎるということはないでしょう」


 シモーヌは相当に警戒しているようだ。

 神に仕える者として、当然のものと言えるだろう。

 まさか彼女もついこの間まで、悪魔を神殿の中に入れることになるなどとは想像もしていなかったに違いないだろうから。


「なんか申し訳なくなってくるなぁ……」


 とぶつぶつ呟いていると、一緒に歩いている萌が神殿の壁に描かれている壁画を見ながら、


「これは何なの?」


 とリリアに尋ねた。

 そこには年月を経ながらも、未だに精緻な美しさを保っている長大な壁画が描かれている。

 おそらくは神殿の教義などに関する壁画なのだろうが、萌は魔族だ。

 人のそう言ったものについてはさして詳しくないのだろう。

 私もそうで、説明してくれるならありがたい限りである。

 リリアは頷いて萌の質問に答えた。


「これは天地創造の時の様子を描いたものですね……ええと、このこれがこの神殿の祭神である、初源神アイアスさまだと言われています」


 彼女が示したのは掠れてはっきりとは見えないが、人の形をしたものに形の異なる一対の翼を生やした存在である。

 その下には三人の何者かが立っていて、それぞれが初源神アイアスに跪いているのが見て取れた。


「アイアスさまは、天地創造にあたって、多くの神を生み出しました。その中でも主要なものが、あめつちを守る三人の神々です。あの壁画に描かれた彼らがそれで、竜の神と森の神、そして闇の神だと言われています。彼らは他の神々とも協力して初源神アイアス様の作られた天地に、命育むところを築き、広げていったと言います。竜の神は海と泉を、森の神は植物と動物を、そして闇の神は夜と人とを作り、世界は大まかな形を得ました。その後、三神たちは精霊を作り、彼らと他の神々にこの世界の管理を任せ、深い眠りについた、というのが神話の出だしになりますね」


 当たり前だが、そこの“魔神”はいないらしい。

 人の神ではないからか、それとももっと別のあたりに出てくるのか。

 気になった私は直接尋ねてみることにした。


「ねぇ、魔神はいないの?」


「それは……」


 私の質問に少し狼狽したリリアである。

 それを察したのか、私たちの話を聞いていたらしいシモーヌが代わりに答えた。


「魔神は、初源神アイアス様の作られたものではないのですよ」


「そうなの?」


「ええ。何と言いましょうか……光があればそこに影が生まれるように、初源神アイアスさまがこの世に現れた時、自然発生的に生まれ出でたのが魔神である、と言われています。魔神の方からすれば、アイアスさまがそのような存在になりましょう。要は、裏と表の関係にあり……両者は対等で、等しい存在なのです」


「そうなると、竜神さまたちなんかに対応するような、魔神側の神様とかもいたりするの?」


「鋭いですね。全くその通りです。狼神、炎神、そして光神がそれであると言われています」


「他の二つは置いておいて、光の神様が魔神側なの?」


「厳密に言いますと、光の神はアイアス様の作られた中にもいらっしゃるのですよ。太陽神がそれに当たります。大層力のある神なのですが、あまりにも大きすぎる力をお持ちのため、他のことに気を配ることが出来ず、身動きが取れないと言われています。対して、魔神側の光神というのは、月の神のことです。柔らかでいながら、太陽の光を奪い、煌々と輝くその光には魔力があるとも。ただ、こちらも太陽神さまと同様に、あまり現世には関わらないと言われています。太陽神さまとは常に反対に方向にいて、そこから動けないのだと。さらに、どちらもアイアスさま、魔神の下にいながら、その支配を受けないとも言われています。少し変わった神々なのです」


「へぇ……」


 神話、というものにはどうしてそうなっているのか不思議になってくるところがいろいろあるものだが、太陽神と月の神の存在の仕方もそのようなものなのだろう。

 狼神と炎の神はどうか……。


 と尋ねようと思ったのだが、


「到着したようです」


 とシモーヌが言ったので話はそこで一旦お開きになった。

 私たちの前には大きな両開きの扉がいつのまにか存在していた。

 古い石造りのもので、細かな彫刻が扉全体に施されている。

 歴史的にも、また芸術的にも大きな価値がありそうなで、圧倒される。

 そこに描かれているのは、壁画に描かれていた四柱の神と、それを下から睨み上げる四人の何者かであった。

 おそらくは、下の四人は、魔神たちなのだろう。

 こういうところに描くのは意外な気がするが、宗教芸術というのは何も宗教団体の意向だけが反映されるとは限らない。

 発注した芸術家が勝手に、ひそかに何かを隠すように描くということもあるものだ。

 とは言え、この扉はあまりにもあからさまなので、敵対する四柱の神についても描くことが初源神殿の意向だったのだろう。

 それか、作ってしまった後だからしぶしぶ了承したとか。

 そうしたくなるくらいには、素晴らしい出来の扉であった。


 それから、シモーヌは扉の前に跪き、何かを祈る。

 すると、扉の縁が光り輝いて、数秒の後、大きな音を立てながら扉が開いた。


「……では、参りましょう」


 シモーヌが扉の内側へと向かって歩いていく。

 私たちもそれに続いた。


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