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第18話 来客

「ヨゼフは知っているでしょうが……他の皆様は、このが次期皇帝争いに参加していることはご存知ですか?」


 シモーヌが尋ねてきたので、私たちは頷く。


「そうですか……そこまでお話しするほど信用できる方々なのですね……」


 とシモーヌはリリアの顔を見ながら頷き、リリアもそれに首を縦に振った。

 実際に私たちが信用できるような人物たちなのかは疑問だが、私と萌はそういう権力なんかに大した関心はないし、モーゼスとタタールはリリアに皇帝になってもらった方がうれしいだろう。

 そういうことを考えるなら、確かにある意味では私たちは信用に値する存在なのかもしれなかった。


「ということは、詳しい事情もご存知かと思います。次期皇帝候補は、かなりの数、いらっしゃいまして、この娘はそのうちの一人、しかも有力な候補の一人なのです」


「……ん? 有力? 有力なのは、皇帝の世子の三人ってリリアからは聞いたんだけど」


 私が不思議に思って首をかしげると、シモーヌは一応頷いたが、正確な理解ではなかったらしい。


「それは全くもって正しいお話なのですが、その三人に加え、この娘もまた有力であるのは間違いありません。その理由は……なんとなくご理解いただけるのではないでしょうか」


 そう言ったシモーヌに、モーゼスが納得したように言う。


「三人の世子にその地位に見合った経済力や権力があるように、リリアどのには初源神殿という後ろ盾があるから、ということかな?」


「その通りです。初源神殿はこの国においてもっとも大きな宗教団体ですから……必然的に経済力もあり、また武力も持っています。そのため、世子の三人に匹敵する力をこの娘は持っていることになります」


「武力……というのは」


 タタールが尋ねると、シモーヌは、


「大きなものでは神殿騎士団があります。初源神殿の神敵の打倒のために存在する騎士団で、各地の初源神殿に常駐しているものです。帝都の神殿騎士団を筆頭に、全部合わせるとその規模は数千人になります」


「……大戦力ではないか」


 タタールが驚いた顔でそう言ったが、シモーヌはさらに続けた。


「正確に申し上げると、神殿騎士の他、神兵もおりますので……その気になれば数万の戦力を投入することが可能です。とはいえ、歴史上、そんなことをしたことは数えるほどしかないのですが……」


 私にとっては何でもない話だが、他の次期皇帝候補からすると恐ろしい話だろう。

 確かに、リリアは皇帝の世子たちに匹敵する後ろ盾を持っていると認めざるを得ない。


「他の次期皇帝候補にとっては間違いなく脅威だろうな……そういうことだろうか? シモーヌどの」


 モーゼスが顎に手を当てながら推論を述べると、シモーヌも頷く。


「ええ……世子の三人が何かとこの娘を目障りに思っているようで……」


 そう話すと同時に、廊下の方からふと人が走ってくる音がした。

 それからすぐに扉が叩かれ、控えていた巫女が開けると、年配の巫女が焦った様子で現れてシモーヌに言った。


「シモーヌさま! ヨランドさまが……第二皇子殿下がいらっしゃいました!」


「本当ですか? まったく……耳が早いというか、目敏いというか……いやになりますね。わかりました。お通ししてください」


「はい!」


 そう言って、巫女は部屋を出ていく。

 おそらくどこかで待たせているのだろう。

 それから、シモーヌは私たちに振り返る。


「……来客のようです」


 だから、出ていけ、と言われるのかと思いきや、彼女は執務机の後ろの本棚にまで歩いていき、その中の下段の本を何冊か入れ替えてから何か呪文を唱えた。

 すると、突然部屋の壁が大きな音を立てて動き出し、そこに扉が出現する。


「みなさん、こちらに隠れていてください。ここからはこの部屋の様子が臨めます。魔力も隠せるように特殊なつくりをしておりますので……」


 そう言って勧めてきた。

 これから来る来客とシモーヌの会話を覗けということなのだろう。

 リリアが頷いてその中に入っていったので、私たちも続く。

 全員が入ると、シモーヌは先ほどと同じように本棚の本を入れ替えて、再度呪文を唱えた。

 すると扉は完全に消滅する。


 私たちが入った部屋はあまり広くはなかったが、六人でいても狭くは感じないくらいの大きさはあった。

 隣の部屋が覗ける窓があり、向こうからもこちらが見えてしまいそうだが、先ほどシモーヌの執務室にいたときにこのような窓は存在しなかったことを考えると、向こう側からは見えない窓なのだろう。

 実際、しばらくして、執務室に入ってきた者たちにはこの窓の存在は感じ取れないらしかった。


 入ってきたのは、気位の高そうな十七歳前後と思しき一人の少年、それに、顔まで完全に隠れる真黒な鎧を身にまとった大剣を腰に下げた大男に、つば広のとんがり帽子をかぶった、非常に露出度の高い服装をしているミニスカート姿の魔術師風の若い女性だった。


 彼らを見るシモーヌの視線は氷点下のように冷たく、けれど少年はそんな彼女の視線の意味を理解していないようなふざけた様子で、単刀直入に要件を告げた。


「さて! 出してもらおうか! シモーヌどの」


 道化師か役者のように大げさなその仕草は常人がやれば頭がおかしいのか、と言われてしまいそうなほど不自然なものだったが、なぜかその少年がやると不思議と板についているように感じられる。

 ナルシスト染みた雰囲気が体全体から匂い立つようだからだろうか。

 むしろ、彼にはそういう仕草以外似合わないような感じすらするくらいだ。

 とはいっても、好感は抱けない。

 それはシモーヌも同じようで、


「……出してもらおうかとは、いったいどういう意味ですか、殿下」


「何をとぼけちゃってるんですか、シモーヌどの! 僕は知ってるんですよ。あの娘が帰ってきているでしょう?」


「あの娘……はて、この神殿には多くの娘がおります。誰のことをおっしゃっておられるのやら……私には」


 首を傾げながらそう言ったシモーヌに、殿下と呼ばれた少年、ヨランドは小さくつぶやいた。


「……モルス」


 それは後ろに立つ大男の名前だったらしい。

 そう言われた直後、大男はシモーヌに向かって距離を詰めて、その首筋に大剣を突き付けていた。

 それを目にしたリリアは息を呑み、慌てて執務室に飛び出そうとするが、私が抑えた。

 シモーヌの目はこの状況になっても微動だにしていないからだ。

 彼女はこれが脅しだと理解しているようだ。

 実際に殺されたりすることは、ないと。

 しかし、少年は続ける。


「シモーヌどの。シモーヌどのぉ! そんなんじゃ困るんですよ。何とも言いますが、僕にはわかってるんですからね! どの娘って、決まってるでしょう!? リリアのことですよ! あの、くだらない侍女の娘の! 薄汚れた! ゴミの娘のね!」


 ヨランドは声高く叫ぶ。

 もともと大げさな仕草が、余計に大振りになり、滑稽な印象が強くなるが、しかし彼の眼だけは笑っていない。

 酷薄な少年だった。

 目的のためには手段を選ばない。

 そういうタイプなのだろう。

 しかし、シモーヌのような女性にこういった脅迫はあまり効果がない。

 シモーヌは、


「さて……。我が神殿の娘は皆、心根の良い者しかおりませんので……そのような娘はおりませんね。確かに、リリアという者は何人かおりますが、よくある名前です。人違いでは?」


 静かにそう言い切った。

 その様子にヨランドは、


「ふーん……ふーん! そうですか! それなら、まぁ、いいんですけどね……まったく。モルス。下がれ」


 意外にも引いた。

 それから、


「じゃあ、僕は自分で探してみることにします。もし、思い出したら僕に知らせてくれてもいいんですよ? シモーヌどの」


 と柔らかな声で言うが、


「……万が一そのようなことがあれば」


 シモーヌはそう言って切って捨てた。

 その言葉にいらついたらしく、ヨランドはモルスの鎧を思い切り蹴ったが、


「あいたー!」


 と叫んで足を抑えた。

 蹴った自分の方が痛かったらしい。

 モルスの方は不動である。


「まったく……もう! じゃあ、僕は帰りますよ、シモーヌどの! あぁ、そうだ。デア。シモーヌどのにお土産を!」


 そう言った瞬間、彼の後ろに控えていた魔術師の女性が杖を掲げ、シモーヌに向けて何か放った。

 それは彼女に命中するが、弾かれて消える。

 彼女の神聖力によって魔術が弾かれたことは明白だった。

 ヨランドはそれも腹が立ったようで、もう一度モルスの鎧を蹴り飛ばすが、


「あいたー!」


 とまた足を抑えて、それから涙を浮かべながら、


「……また来ますよ! 帰るぞ! モルス! デア!」


 そう言って部屋を出ていったのだった。


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