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第15話 まぁまぁな力

 目を開くと、そこは先ほど剣を手に取ったヨゼフの家屋兼工房だった。

 周りにはヨゼフとモーゼス、それにタタールとリリアが緊張した様子で立っている。

 萌はそうでもない。

 いつの間に出されたのか、テーブルの上に置いてある焼き菓子らしきものを黙々と食べている。

 私を心配しているそぶりは一切見られないことに若干のいらつきを感じないではないが、彼女からしてみればこの状況は当たり前のものなのかもしれなかった。


「――何見てるのよ?」


 眉根を寄せて私が周囲の者たちにそう告げると、代表してかモーゼスが声をかけてきた。

 その声色には若干の緊張と、心配げな気持ちの両方が込められているようだった。


「……だ、大丈夫なのか? 我を失っている、という雰囲気はしないが……剣に呑まれているのではないか?」


 まっすぐに尋ねる彼には度胸があるのだろう。

 先ほど自分が呑まれかけた剣を、まるで戦えるようには見えない小娘が握っているのだ。

 仮に普通に見えても、尋常な精神を保っているとは思えなかったとしても不思議ではない。


 しかし、期待に添えないようだが、私は全くの正気である。

 ひらひらと手を振りつつ私は答える。


「大丈夫よ。何の問題もなし。剣とも――剣に宿っているものとも、話はついたし、これからはもう何の問題もないわよ。この剣」


 というと、モーゼスはほっとした様子になる。

 リリアとタタールも同じような表情になったが、ヨゼフは目を見開いている。


剣に宿っているもの・・・・・・・・・だと? おい、そいつはただの呪いの剣じゃねぇのか?」


 かなりの迫力を感じるその表情は、別に怒っているわけではなく単純な驚きを表しているらしい。

 何がそれほど不思議なのかと思って尋ねてみれば、


「剣に何かが宿るなんてことはふつう、あんまりねぇからな……。よほど腕の立つのが作ったときか、何か特別な理由があるときだけだ……そいつはそのどっちかってことか?」


 と言われたので正直に剣の内部世界であったことを話す。


「この中にいた悪魔さんの話によれば、これはいつの日にか現れる彼らの王さまのために造られた四本の剣のうちの一本だという話よ」


「あ、悪魔だと!? その中にいるのか!?」


 私が話した内容、特に“悪魔”という単語にヨゼフが驚いたのは、彼がかつては神殿に仕えるものだったということと無関係ではないだろう。


「……お話が本当ならば、今すぐにでも浄化しなければ危険ですわ!」


 リリアも続けてそんなことを言ったことから、それは明らかだろう。

 しかし、私は首を振る。

 なぜなら、そんな必要はないからだ。

 この中にいる悪魔は、すでに私の下僕である。

 今更浄化する必要などない。

 必要があるとしても、私は個人的にそれが可能なのだから。


「別にそんなことしなくていいわよ……ちょっと、出てきなさい」


 証拠に、剣に向かって悪魔を喚び出してみると、その瞬間、空中に真黒な穴ができ、それが渦巻いた。

 そして、そこから、一本の手がにょきりと現れる。

 ほっそりとしているが、男性の手であることは明らかだ。

 身に着けている衣服も見え、どうも執事が纏うようなものであることが分かる。

 さらにもう一本の腕が出て、真黒な穴がその二本の手にこじ開けられて、そこから一人の男がはい出してきた。

 見るからに美男子であるその男は、ゆっくりと地面に足をつき、ため息をつきながらおびえたような目で私を見て、


「……なにかありましたでしょうか? 我が……あるじ」


 少し言いにくそうにしていたが、葛藤は一瞬だった。

 実際に口に出してみるとそれほど違和感がなかったことに驚いたような表情も見えたが、それを確認できたのは私だけだっただろう。

 彼は片翼を高く広げ、頭を深く下げ、右手を心臓に左手を背中につけて、片膝を地面につけている。

 それが悪魔の、自分より地位の高いものに対する正式な礼であるとかつて、勇者たちに聞いたことがあった。

 意外にも、彼は私に脅されて従っているにすぎないのに、しっかりと仕えるつもりがあるらしい。

 なぜそれが分かるかと言えば、悪魔は一時的に従っているに過ぎないものに、こういう仕草はしないからだ。

 頭は下げても、立ったまま、とか翼は下ろしたまま、とか、どこかしらに馬鹿にしたような仕草が出るらしい。

 そうではなく、完全な服従を示した挨拶をしていることが、彼が私にはっきりと従っている証拠だった。


「私の知り合いに紹介しておこうと思って呼んだの。けれど……意外ね。私にまともに従う気があるのね?」


 そう尋ねると、彼は、


「……私も正直なところ、戸惑っております。私は貴女に脅されて、命惜しさに従っているだけでしかないと先ほどまで考えておりました……けれど、気づくとこんなことをしております。しかも、不思議としっくり来る……。なぜでしょう? わかりません……」


 心底不思議そうだが、いやではないらしい。

 表情には困惑の色は見えるが、嫌悪は見えない。

 人族ヒューマンを自分より遥か下の生き物とみている彼らである。

 こんな行動は本来なら心底唾棄すべき行為のはずなのに、そうは感じないということがかなり不思議なことらしかった。

 その理由は私にもわからないが、いやじゃないというならその方がいいだろう。


「よくわからないけど……まぁいいわ。先に紹介を……って、みんなどうしたの?」


 悪魔の彼から顔を上げて、周りを見てみると、その場にいる全員が唖然とした顔で悪魔と私を見ている。

 何が起こったのか、よく把握できていないらしい。

 はじめに立ち直ったのは、モーゼスだった。


「こ、この者が……悪魔だと?」


「そうよ。角と翼、見えるでしょう?」


 今は特に隠匿の魔術の気配は感じない。

 モーゼスにも見えると思ってのセリフだった。

 モーゼスは頷き、


「いや、確かに見えるが……なぜこれほど従順なのだ。悪魔に言うことを聞かせるなど……容易にできることではないと聞いたぞ。過去の文献でも、低級のものならともかく、そうでないものは契約をしようとすれば必ず騙され、魂のすべてを持っていかれると、いくつもの実例が挙げられているほどだ。それを……」


「悪魔の格が、わかるのね?」


「低級のものを私は何匹か、見たことがある。いずれも多くの騎士と魔術師が協力して滅ぼした。そのときの悪魔は……みな、この……青年、のような知性もない、ただの暴力の化身のような存在だった。しかしこの青年は……。悪魔とは、高位になればなるほど、知性と魔力が増加していくものと聞いている。あのときの悪魔と比べれば、その差は明らかだ。なのに……」


 なぜ、私に従っているのか、と聞きたそうである。

 無理やり屈服させた、と私が答えようと口を開こうとしたところ、リリアが、


「……悪しきものよ。神の威光に融けて消えよ……“神聖浄化セイクリッド・プリーゴ”!」


 と叫びながら手を掲げた。

 強力な神聖力が彼女の手元に集約し、そして悪魔の彼に向かって放たれる。

 彼女はかつては……というより今も、神殿の巫女なのだ。

 邪悪なものの存在に耐えられなかったのだろう。

 気持ちはわかる。

 しかし、彼は私の小間使いにちょうど良さそうな存在であり、しかも心からの臣従をなぜか誓ってくれたらしい存在である。

 ここで消滅されるのは困った話だった。

 なので、私が彼を消滅から助けようと前に出ようとすると、悪魔の彼とふと目が合う。

 そして、彼の瞳が、これくらいなら大丈夫です、と言っているらしいことに気づく。

 

 本当かなぁ、と思う反面、それならまぁ放っておいてもいいか、とも思ったので私は下がった。

 そして、リリアの放った光の奔流は、彼に命中した、ように思われた。


 しかし……。


「……私を消滅させたいのであれば、今の神聖魔術を放てる人族ヒューマンを百人は連れてきてもらわねばなりませんね」


 そう言いながら、彼はその場に無傷で立って微笑んでいた。


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