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第14話 脅迫

「な……なにを聞こうというのだ!? 人間が、この私に!?」


 男は先ほどまでの余裕が嘘のように怯えている。

 背中に生えた皮膜の張っている翼をばさばさと動かし、その場から逃げようともしているが、なぜか浮力が発生せず、その場に縫い付けられているかのように体が動かないことに気づき絶望の表情を浮かべた。


「なぜ体の自由が利かないのだ……私の、ここは私の……」


「そりゃあ、私があなたになにもさせないようにしているからね。背中の壁もそうだし、飛べないのだって、そう。残念だけど、あきらめたらいかが? あなたは、私の質問に答える以外に、出来ることはなにもないのよ?」


「どうして私が、人間のいうことなど聞かなければならないのだ……あの方の忠実なる部下である、この私が……なぜ」


「あの方、ね。まぁ、その見た目からしてだいたいなんとなくわかってたけど、あなた、もしかして悪魔さん?」


 以前の世界――勇者たちのいたあの世界には、悪魔がいた。

 主に魔界を住処とする悪徳の体現者たちで、上下関係のはっきりとした社会構造を持つ妙に洗練された生き物たちだ。

 人とはあまり友好的な存在ではなかったが、しかしその関わりは深かった。

 人に対し、何かと引き換えに力を貸したりすることも多く、またただ詐欺やペテンにかけることも少なくなかったし、場合によっては手を組むこともあった。

 また、悪魔、とは言っても、厳密なところを言うならば必ずしも悪、というわけでもなかった。

 そういう者が多い、というだけで、純粋に人に好意的な存在もいたのだ。

 まぁ、それはかなり珍しく、変わっていると扱われていたのだが、いないことはないということである。


 そんな彼らのわかりやすい特徴が、容姿だ。

 山羊のような角に、蝙蝠のような羽、服装は非常に洗練されていて、どこかの貴族や執事のようなものであることが多い。

 見た目にも雰囲気にも威厳が宿っていることが少なくなく、会話も流暢で、話術に優れている。

 魔術にも造詣が深く、身体能力をとっても人間よりはるかに優れていて、人から見れば恐るべき存在に思える者たちである。

 だからこそ、なのか彼らは人を見下す性格になりやすく、多くは人を下等生物と見做している。

 ただ、彼らにとって、人は――人の魂は、かなり上質な食事らしく、無理に奪い取ることも難しいために力を貸すことと引き換えに、と言った契約をすることが多い。

 歴史的に長い間そういうことを繰り返してきたからか、彼らは自分を卑下するような、それでいてよく聞けば皮肉気な口調のものが多く、今回のこの男もその口であるだろうと私は思ったわけだ。


 実際、男は私の出した単語に驚いたように目を見開き、


「……なぜ、わかった? 私は名乗りもしていないのに……」


 と不思議そうに尋ねてきたので、私は正直に答える。


「角も翼も丸出しだから、でしょう? その見た目でわからない人がいるとは思えないけど」


 しかしその答えは彼にとって予想外だったらしい。


「み、見えているのか……これほど複雑に隠ぺいしているというのに、何も魔術を使っていないあなたに、見えると?」


 確かに、隠匿の魔術が彼の角や翼にかけられているのはわかっていた。

 けれど、私の目にとって、それはさほど意味のあるものではない。

 そういったものをすり抜けて見ることができる力を私は持っているからだ。


「見えるわよ……はっきりとね」


「理解できない……ただの人間にしか見えないのに……」


 化け物を見るような目で、そういう男。

 気持ちはわからないでもない。

 彼は、自分の人生――というか悪魔生の中で、一度もなかったであろう事態に今、直面しているのだから。

 しかし、現実に起こっていることは受け入れてもらうしかないのである。

 それに、私もいつまでもここにいるわけにはいかない。

 私の目的は、この呪いの魔剣を問題なく私が使えるようにするために、この男を説得・・することにある。

 剣をつかめば呪いの正体もわかるだろうと思ってつかんだわけだが、出てきたのはこの空間とこの男だった。

 こいつが、呪いの正体であると見て間違いないのは状況から見て明らかだった。


 とはいえ、本人の口からしっかりとどういう理由で呪いの剣などの中にいるのかは聞かなければならないだろう。

 悪魔は人間――つまり人族ヒューマンとは異なる種族であるのは間違いないが、剣などに宿っている状態が普通というわけでもない。

 普段は魔界にいて、たまにこの世界に現れて人をだましたりしながら生きているものである。

 なのに、この悪魔は剣などに宿って、人を遠まわしに自殺に追い込んで暮らしているのだ。


 なぜ、そんなことをしている。

 疑問だった。


「まぁ、私のことはどうでもいいでしょう。それよりも、あなたのことよ。あなた、この剣に宿っているみたいだけど、そもそも何のためにこんなことをしているの?」


 直球で尋ねてみる。

 男はなんと答えるべきか迷ったようだが、私の目を見て、嘘をついても意味がないと感じたのか、困り果てた様子でがっくりと来て、それから観念したように語りだした。


「私は……ただ、使命を果たしているだけだ。いずれ、魔王陛下が顕現されたときに、“剣”と、“鎧”を献上できるようにと……」


「魔王?」


 この世界にもいるのか、という驚きと、そのための使命を果たしているという情報の両方に私は驚く。

 私はもっと詳しく話すようにと、悪魔に視線で促した。

 悪魔はさらに言う。


「……遥か昔、魔王アルティスタさまは神に一振りの剣を与えられた一人の人族ヒューマンの男に滅ぼされた。もう少しで世界を闇に住まう者たちの手にできたというのに、その直前でだ。我々は非常に落胆し、魔界に引っ込むこととなったわけだが……」


「だが?」


 ふざけた相槌を挟むとぎろりと睨まれる。

 私はひらひらと手を振って、話の腰を折ったことを謝罪し、続きを求める。


「そのあとしばらくして、我々の預言者に神託が下ったのだ。魔王陛下が人族ヒューマンに敗北したのは、その手に神剣と戦える武具がなかったからだとな。それさえあれば次に現れるだろう魔王は人になど負けないと、そう言われた。そして、その武具は、これから造られる・・・・と言われた。悪魔の手によって作られた四つの剣と鎧を人の手に託し、人の魔力と呪いと死を吸わせ、鍛え上げることによってそれは作り上げられると、そう語られた……」


「誰がそんなことを……」


 私が首をかしげると、悪魔は言った。


「もちろん、我々の神。魔神だよ……そして、そのためには、それぞれの剣と鎧に宿り、人を狂わせ、呪う者が必要だと言われた。私は、それに従って……造られた剣に宿って人を惑わせているだけだ。いずれ現れる我々の王のために」


 嘘くさい預言というか、いつか救世主が現れるというわかりやすい人の信仰心の煽り方だと思ったが、彼は心の底から信じているらしい。

 しかし、それが仮に事実であるとしても、もはやそれは意味のないことだ。


「話は分かったわ。けれど、今日からこの剣は私のものになるから。あなたにも私に従ってもらう。それができないなら、ここで消滅してもらうけど……どうする?」


「な、なにを……そんなことをして、許されると思っているのか……!?」


「別に誰に許してもらおうとも思わないけど。あなたが消えれば誰にも伝わらないじゃない。剣が悪魔の手に渡らなければ、魔王が現れても大した問題にならなくなるんでしょう? 一石二鳥よね」


 言いながら、悪魔に向かって手をかざし、その存在を消滅させようと魔力を集めている私。

 それを見て、悪魔は私が掛け値なしの本気で言っていることを理解したようだ。

 慌てた様子で、


「わ、わかった! 従う! 従うから待ってくれ!」


 と言い始める。


「言っておくけど、心の底からよ?」


 この場だけ、とか一時だけ、とか言うのは困る。


「も、もももちろんだ」


 言葉を震わせて、彼は言う。

 しかしあまり信用できなかったので、彼の左の翼をもぎ取って、空中にぶん投げてから、指から魔術を放って消滅させてから言った。


「もし、嘘だったら、こうなるからね?」


 悪魔の再生力は非常に高い。

 仮に消滅させられても、時間があれば治せるし、翼一枚くらいであれば数十秒で治すことができる。

 体力は消耗するらしいが。

 しかし、目の前の悪魔は、消滅した翼が、何をどうやっても再生させられないことに気づいたようで、


「……こ、これは……」


 唖然としながら自分の背中に触れだしたので、私は、


「私には、本来不滅であるはずのあなたたちを完全に消滅させる手段がある。この意味が、分かるわね?」


 と凄んだ。

 悪魔はおびえるような目で私を見て、これはもうどうしようもないと思ったようである。


「……従います……」


 と観念したように膝をついたのだった。


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