第12話 呪いの魔剣
「併呑の迷宮ねぇ……」
なんだか無駄に怖い名前をしている。
短期間に多くの冒険者たちを飲み込んだからそんな名前になったということはわかるが、迷宮とはそもそもそういうところである。
いなくなった冒険者の数が多いとか少ないとかそんなのは割とどうでもいいというか、当たり前の話だろうという気しかしないというのが正直なところであった。
けれど、それは私だけで、リリアとタタールは顔を青くしておびえている。
「……そ、そんなに危険な迷宮なのですか……」
「他にも迷宮はあるだろ? わざわざそんなところに潜らなくても……」
と二人そろって及び腰である。
しかしモーゼスは年の功なのか、それとももともとの性質なのか堂々とした様子で、
「深く入ったもののいない迷宮、と言うことであればそれだけ多くの宝物があると考えて良さそうだな。リリア殿を皇帝の地位につけるのに有用な品も見つかるかもしれん。よい情報だ」
と頷く。
迷宮、というのは基本的にたとえ中にある宝物を持って帰ってきたとしても、しばらくすれば復活するという性質をしているため、何も宝物がなくなる、ということは基本的にない。
ただ、次の宝物が湧出するまでの期間は、その宝物がどれだけ貴重なものであるかによると言われ、たとえば強力な魔剣の類などは再湧出するのに百年や二百年では利かない長い年月がかかると言われる。
実際、そう言った飛び抜けて貴重な品の再湧出期間を調べた者はいないし、そんな長期間生きていられるものなどそうそういないものだから調べようがないのだが、貴重ではないもの、たとえば、小さめの魔石とか、そういったものについては調べたものがおり、またそれなりのもの、そこそこ貴重なものについても調査がされていて、理屈自体は間違っていないだろうと考えられている。
モーゼスの発言はそういったところに理由があるもので、だれにも荒らされていない迷宮ならば、それこそ百年クラス、千年クラスの宝物を発見できる可能性もあるだろうという期待の表れであった。
「それはその通りね。ただ、そのためには深く潜らなければならないけど……あの二人、大丈夫なのかしら?」
ぼそりとモーゼスにそう言うと、彼は笑って、
「リリア殿はいざというときは腹が座りそうであるし、タタールもあれでそれなりに勇敢ではあるのだ。迷宮に行くまではともかく、行った後にどうこうということはないだろうと思う」
確かに、私から見てもリリアはそんな印象だ。
タタールは付き合いがかなり短いから何とも言えないが、かなり長い付き合いであろうモーゼスがこういうのだから、そうなのだろう。
さらにモーゼスは、
「……ユーリとモエこそ、大丈夫なのか?」
「全然平気よ。忘れたの? 馬車を襲ってきた盗賊を倒したのはモエなのよ。そして私はそのモエの師匠的存在」
胸を張ってそう言ったが、モーゼスは、
「それはわかっているのだが……どうもお前やモエを見ていると能天気な感じがして和むのでな。戦ったところを見ていないし、信じていないわけではないが、実感が湧かん」
その言い分は理解できるが、まぁ、それは実際に見てのお楽しみとしか言いようがない。
なのでそう言おうとしたところ、鍛冶師であるヨゼフが口を挟んできた。
「ええと、モーゼスと言ったか?」
「そうだが……なにか?」
「ちょうどよく、そこに魔剣があるんだ。そいつでその嬢ちゃんの実力は見れると思うぜ」
そんな風に。
どういう意味か、モーゼスにはわからなかったようだが、とりあえずこっちにこい、と言われて私とモーゼスは魔剣の方に近寄る。
リリアとタタール、それにモエは椅子に座ったまま私たちを見ていた。
何が起こるのかと首をかしげているようである。
それから、ヨゼフが棚の引き出しから汚れた布を二枚取り出し、さらにそこに棚に並んでいた瓶をとって、そこに入っていた水を染み込ませる。
「何をしてるのだ?」
モーゼスが尋ねると、
「聖水をしみこませてるんだ。こうしねぇと、危険だからな」
と答え、しっかりと水が布に染み込んだのを確認してから、自分の手に巻き付けて、壁に立てかけてあった剣の柄を取った。
その仕草は、絶対に触りたくないものに仕方なく触れる、という感じであり、柄を取った後も、いやそうな顔でその剣を見つめている。
それから、ヨゼフは言った。
「……これから、あんたたちにこれを持ってもらう……さっきも言ったが、こいつは呪われた魔剣だ。持つと、気が狂う……」
「……しかし、持ってるあなたは平気そうだが? ヨゼフ」
そうモーゼスが訪ねると、ヨゼフは頷いて、
「そりゃあ、この布を巻いてるからだ。さっきも言ったが、聖水を振りかけた布越しなら、まぁ、なんとか持ってられる。が、非常に気分が悪い。なんというか、死にたくなってくる……」
どんよりとした目でそんなことを言われると、なんだか恐ろしい。
本当に死にそうな顔をしている。
「まぁ、そこまで心配するな。剣を置けば、もとに戻る。ただ、持ってる間はずっとこんな風になるし、そもそも剣を置きたいなんて気持ちにはならなくなる。そういうものだ」
「なんて物騒な……そんなものを、持てと?」
モーゼスが眉をしかめた。
「まぁ、いやならいいが、その嬢ちゃんの力を見るのには最適だぞ。こいつは腕っぷしも心も強い奴にとっては、ただの強力な魔剣だからな。あんたもいい力試しになる。――かなり、戦えるんだろう?」
そう言われてはモーゼスも断りにくいようだ。
彼は侯爵であり、貴族であるが、それ以上に騎士として研鑽を積んでいるのが見て取れる男だ。
私の目から見ても、彼の実力は悪くないもののように思える。
まぁ、実際に戦ったことがあるわけではないから正確なところはわからないが、別に萌があの馬車を襲った盗賊たちを倒さなくても、彼が倒したのではないかと思えるくらいには。
怪我をしていたから、戦わずに済ませられるならそうしようと思っただけだろう。
今は私の作った薬でもってしっかりと傷も治っているし、万全の状態なら魔剣も支配できるのではないかと思っているのかもしれない。
「そこまで言われては私も断ることなどできないが……なんだ、ただ、持てばいいのか?」
「あぁ。俺は剣士じゃねぇから布付きでしか持てねぇが、あんたなら布はいらんだろう。まぁ……何かあってもお嬢ちゃんが止めてくれるだろ?」
ヨゼフはそういって私に目をやった。
何か起こるのかと私はいやな予感がしたが、まぁ仕方ない。
頷いて答える。
「よし、じゃあ、持ってみろ」
ヨゼフがそう言って、モーゼスに柄を差し出した。
モーゼスはためらうことなく手を伸ばし、しっかりつ掴む。
そして、彼は我を失った。




