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第11話 併呑

「……俺の名はヨゼフ=キャピタニオ。職業は見ての通り、鍛冶師だ」


 テーブルについて直後、リリアの知り合いの老人はそう言った。

 私たちの前には彼の入れたお茶と菓子が置かれていて、味も中々よい。


「おじいちゃんは、私の……本当のおじいちゃんという訳ではないのですけど、昔からずっと面倒を見てくれて。本当のおじいちゃんよりもずっと、おじいちゃんという感じなのです」


 とリリアが続けた。

 彼女の本当のおじいちゃんは先代皇帝ということになるが、もう亡くなって久しいはずだ。

 会ったことがあるかどうかもきわどいような年齢でこの世から去っているはずで、そのことを考えればリリアが実の祖父に対して親しい思いを抱いていなくてもおかしくはなかった。


「しかし、またどうして鍛冶師と? もしや、リリアはこの辺りに住んでおったのか?」


 と聞いたのはモーゼスである。

 確かにリリアと鍛冶師であるヨゼフに接点などなさそうだ。

 考えられるとしても、ご近所さんだった、というくらいしか思い浮かばないが、これにはヨゼフの方が首を振る。


「いや、そうじゃねぇさ。俺がここらに住み始めたのは二年ほど前だしな。そのころ、リリアはまだ、神殿の方にいたはずだ」


「神殿?」


 そう言ってヨゼフの言葉に首を傾げたのはタタールである。

 彼は続けた。


「どうして神殿に?」


「ふむ、リリアの出自を考えれば理解できなくはないが……そういうことかな?」


 タタールの言葉を継いだのは、モーゼスだった。

 リリアは皇帝の庶子である。

 しかしだからといって野に放つわけにもいかず、神殿に押し込めた、ということはあり得ないではない。

 私もそんなところかな、と思っていたのだが、これにもヨゼフから否定が入った。

 しかも続けた言葉は驚くべきものだった。


「いや、そんなんじゃねぇ。リリアは神殿巫女としてきわめて高い適性を持っていたからな。むしろ、神殿の方から頭を下げられて上位巫女をやっていたのさ。いずれ、首座巫女になる候補として育てられながら、な」


 この世界に宗教はいくつかあるが、帝国で"神殿"と言ったら創世の神、初源神アイアスを主神とする《初源神殿》のことを指すのが普通だ。

 帝国に国教として認められ、ありとあらゆる都市、または町や村にその神殿が存在する巨大宗教組織であり、その上位巫女と言えば権力もしゃれにならないくらい大きい。

 具体的に言うなら、神託が出たからあの村の村民を皆殺しに、と指示を出せば現実に叶ってしまうくらいに、強い権限を持っているのである。

 もちろん、現実にそんなことをする巫女はいないのだが、それはこの初源神殿の最上位に立つ首座巫女と呼ばれる最高指導者の人格が常にきわめて高潔であることに理由がある。

 神意に素直であり、それ以外の何者にも屈しないと言われる代々の首座巫女は、歴史の中でもその高潔さを示し続けており、いずれも聖人として列せられているくらいだ。


「今の代の首座巫女は確か……」


 私がそう言うと、ヨゼフが答える。


「シモーヌ=シェロー様だな」


 それに続けてリリアが、


「おばあちゃんです!」


 と子供っぽい笑顔で言った。

 ヨゼフは眉を寄せるが、どちらかと言えば仕方がない、という感じの苦笑であり、リリアをほほえましく思っているのが分かる笑みである。


「シモーヌ様はこの娘をなぜか次代の首座巫女に、とお見込みになってな。小さな頃からずっと、手ずから世話をなさって、神殿の奥で大切に育ててこられたんだ。だから今もリリアの籍は初源神殿にあるはずなんだが……どうして今更迷宮ダンジョン探索なんて始める気になったんだか」


 ヨゼフはため息を吐く。


「でも、だったらなおさら貴方とリリアが知り合う機会なんてないじゃない? どうやってそんな箱入り娘と会話するのよ?」


 と私が尋ねると、ヨゼフは言った。


「なに、簡単な話だ。俺も前は神殿にいただけだ。元は、神殿で鍛冶師をやっていたわけだな」


「おじいちゃんは、初源神殿の奉神鍛冶師の中でも最高の技術を持っていた人で、本当はたとえ王都であってもこんな奥まった路地でくすぶっているような人じゃないのですわ。なのに……」


 どうやら、かなりの人物らしいのだが、ヨゼフはそう評価されても特に嬉しそうではなく、


「俺がすごかったんじゃなくて、他の奴らがだめだっただけだぜ。だいたい、その俺にしたって、満足いくものは結局作れなかったしな……だから、申し訳なかったが神殿から還俗させてもらった。神殿の外でなら、何かもっといいものが作れるんじゃねぇかとおもってな」


 と無念そうに語る。

 何か思うところがありそうだが、まぁそれについては今はいいだろう。

 それよりも、


「二人がどうして知り合いなのかは分かったわ。ま、そういう関係なら、確かに武具を任せても安心なのかもね」


「ええ、そうなんです!」


 しかし嬉しそうなリリアを見るヨゼフの目は微妙で、萌が首を傾げ、


「どうしたの? おじいさん」


 と聞くと、


「いや……武具については構わねぇが……本当に迷宮ダンジョン探索をするつもりか? 今の時期、帝都に来たってことは……あの新しく生まれた奴に向かうきなんだろう?」


 と不安そうに言う。

 リリアは、


「そうだけど……何かまずいの?」


 とヨゼフに邪気のない顔で聞いた。

 ヨゼフはそんなリリアの反応に、


「……リリア、おまえ、知らないのか?」


 と言った上で、心配の内容について告げた。


 ◆◇◆◇◆


 ヨゼフの語るところによると、最近帝都近郊で確認された新しい迷宮ダンジョンは、その危険性も有用性も分かってはいなかったが、つい先日、名の知れたAランク冒険者達が調査のために中に入っていったのだという。

 そして、そのまま行方不明になり、帰ってきていないらしい。

 冒険者組合ギルドとしても一応、その後、行方を探るために迷宮ダンジョンに人を派遣したらしいが、安全のため浅層しか確認できず、そしてそこでは発見できなかったのだという。


「その後も何人かそれなりの冒険者が中に入っていったんだが、深入りしたと思しき奴は誰も帰ってこなくてな。浅層で満足した奴だけが生きて帰ってきたってわけだ。以来、その迷宮ダンジョンはこう呼ばれている。"併呑の迷宮"とな」

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