第8話 リリアの事情
対して、中年騎士モーゼスの方はあまり驚いた様子は無い。
やはりタタールと比べて人生経験に差があるのだろうか。
モーゼスは言った。
「……それは驚いた。しかし、何か事情がありげだったのはわかっていたのでな。さほど衝撃をうけることでもない」
敬語が外れた彼はこんな語り口調だった。
その容姿に似合う、威厳のある声である。
しかしタタールの方は衝撃から中々立ち直れないようで、
「帝国皇帝の……娘……?」
などとぶつぶつ言っている。
そんな彼に、モーゼスは、
「タタール様。ここはさっさと事実を受け入れる方が良いですぞ」
などと身も蓋もないことを言う。
タタールはそんなモーゼスに微妙な表情を向け、
「モーゼス……お前は……いや。お前の言う通りか。分かった……受け入れよう」
最終的に仕方がないと思ったのか諦めたようにそう言った。
それを確認したリリアが、言う。
「分かっていただけたところで、私の提案の内容なのですが……」
「おお、そうだったな。それで、どう言った策があるのだ?」
モーゼスが先を促す。
「私も気になるわね。もうこの際だからぶっちゃけるけど、あんた庶子だって言ってたじゃない。それなら皇帝に会う機会なんてそんなにないはずだけど」
私の言葉にモーゼスは納得を見せ、タタールも目を見開くくらいで収めた。
タタールとしては王女、と言われるよりは庶子に過ぎないと言われた方が気が楽だから、と言う感じかも知れない。
とは言え、帝国の権力は絶大であり、たとえ庶子であるとしても小国の王女程度には遇されるものである。
つまり、タタールとは大体同じくらいの立場と言えばいいだろうか。
リリアは私の言葉に頷き、言った。
「ユーリのおっしゃる通りですわ。けれど、この度、お父さまは不思議なことを言い出しまして……」
と、リリアは帝国の根幹にかかわるだろう重要な事実を語り出した。
「そもそも、始まりはお父さまに病が見つかったところからでした。今すぐに亡くなる、というほどではないのですが、十年は生きられないだろう、という程度の病状らしく、非常に困った事態になったと聞いております」
さらりと話されたその言葉に、タタールもモーゼスも驚いたらしく、少しの間、息を止めた。
この大陸に覇を唱える帝国の皇帝が十年以内に崩御する、と言われればそうなるだろう。
しかもその事実は未だ他国には伝わっていないのだ。
いや、おそらく帝国国内でも知る者はごく少数のはずだ。
にも関わらず、庶子に過ぎないリリアが知っていると言うところに疑問を感じないではないが、ここで何か尋ねるより、彼女の話を聞いていた方が事実が明らかになるのが早いだろうと突っ込みは入れずにリリアの話を聞いていく。
「それも当然の話で、帝国の権力は絶大です。お父さま一人でいかなることをも可能にできる、白を黒と言わせることも、その反対も簡単にやってのけられるだけの権力が帝国皇帝にはありますから。その担い手がほんの十年足らずで移ると言うことが明らかになれば……自ずと起こる事態は決まっています」
「骨肉の争いって奴ね」
私が分かりやすく一言でまとめた。
リリアはそれに頷く。
「お父様――皇帝陛下には三人の子どもがいます。私と違って、王位継承権一位から三位を占める方々です。二人の王子殿下と、一人の王女殿下……。皇帝陛下の崩御したときはこの三人のうち誰かがその跡を継ぐものと誰もが思っていました」
それはそうだろう。
普通、何をどう考えてもそうなる。
その三人の子供たちにしたって、それが当然だと思っていた筈だ。
けれどリリアの話し方からすると、どうもそうはならなかったようだ。
リリアは言った。
「しかし、そうはなりませんでした。皇帝陛下は、ある日、帝国の中でも自分の信頼する者たちを呼び、こう、告げたそうです」
――自分の跡を継ぐ者は、必ずしも王子たち三人の中から決めるつもりはない。
それを聞いた者たちは顎が外れんばかりに驚いたと言う。
しかし、それならそれで、一体誰が跡継ぎになるのかがまず気になるのが人情と言うものだ。
彼らはそれを、皇帝に尋ねたらしい。
「そして、その答えも、彼らの度肝を抜く様なものでした。それは、こういうものでした。『自分の子どもたち――庶子か世子かを問わず、最も勇気があり、実力がある者に自らの位を譲る』と」
これが世子だけを対象とする言葉ならさしたる問題は無かっただろうが、庶子をその対象に入れたのは問題だっただろう。
「事実、問題になりました。そもそも、勇気と実力などどうやって測るのかと誰もが疑問に思ったそうです。しかし、それに対して皇帝は明確な答えを持っていました。皇帝は、こう言いました。『迷宮に自ら出向き、最も有用な遺物を持ち帰った者を次期皇帝とする』と」
この言葉で私はなぜ、リリアが帝都近郊に出現したと言う迷宮に向かわなければならないかが分かった。
彼女は次期皇帝になるために、何かしらの遺物を持ち帰ろうとしている、ということなのだろう。
話の流れで、タタールとモーゼスもそれを理解したようだった。
リリアは続ける。
「初めは誰もが反対したその提案でしたが、帝国の権力は全て、皇帝陛下に属するものです。彼が言い出した場合、どうやっても覆すことは出来ません。彼はさらに、その言葉が守られない場合は帝国を解体するとまで言ったのです。そのための具体的な手順まであるかのような語りようで、しかもかなりの自信を持っていたように見えたとはその場で彼の話を聞いていた者たちの言葉です。実際、現皇帝陛下は非常に有能な人物で、口にしたことは必ずやり遂げてきた人物です。その手腕は悪魔のようだとまで言う者もいるくらいで……今回に限ってその手腕に間違いが起こると考えるのは、少しばかり希望的観測に過ぎるでしょう。そういうわけで……現在、帝国はある意味で大きな危機に見舞われている、というわけです。まずここまで、理解していただけましたか?」
誰も言葉は無かった。
私はどうでもいいから特に言うことがなく、萌も同じような感じだが、タタールとモーゼスは余りの話の大きさに驚いているようである。
しかしモーゼスはそこに光を見出したようだ。
「つ、つまり……リリア殿が……」
「リリアで構いません」
「……リリアが、皇帝になる道もあると……」
「ええ。勿論……でも、それは夢に近いですけれど。皇帝陛下は別に、一人で迷宮に行けとも、護衛を雇うなとも一切おっしゃりませんでした。実力、というのは戦いの技能のみならず、ありとあらゆる能力を指していたものと思われます。経済力やコネなど、また策謀を練る能力に――究極なところ言えば、運ですらもその中に入れておっしゃっていたようです。ですので、現在、最も皇帝になる可能性が高いのは、やはり世子の三人でしょうね。経済力もコネも何もかも、彼らが飛び抜けていますので」
それを聞き、モーゼスは少し落ち着いたようだった。
「そうか……しかし、ならば皇帝陛下に謁見する方法とは……」
「それは簡単なことです。実は、皇帝陛下は持ち帰った遺物の価値について、自らが評価するとおっしゃいました。ですから、私が迷宮に入り、遺物を手に入れ、帝都に持ち帰ったそのとき、遺物を渡すために皇帝陛下にお会いする機会があります。その際に、一緒に迷宮に潜った者であれば、共に連れて行くことも許されているのです。これは、本人を除き、四人まで、という限界が設けられていますが……ユーリとモエ、それに貴方方二人であれば連れて行くことは可能でしょう。ですので……」
「なるほど、それなら……」
モーゼスもタタールも納得したように頷いた。
「しかし、そのためにはお二人には共に迷宮に潜ってもらう必要があります。行けば死ぬかもしれません。ですから、これは一種の賭けになるでしょう。どうされますか?」
リリアはそう尋ねたのだった。




