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第7話 告白

「お、お姫様ではないですわ……!」


 とお姫様ではないにしては今さらにして上品な否定の声がリリアの口から漏れたが、私からすれば似たようなものである。

 ただ、一応何も知らないと言う建前は守っておきたいので、とりあえず私も頷いておく。


「そうだね、そうだね。お姫様じゃないね~」


 物凄く適当な否定であるが、リリアはそれで満足したらしい。

 頷いて言った。


「そうです! お父様はともかく、お母様は……」


 その後に続く台詞が何なのか、そしてその台詞が一体この場にどういう影響を与えるかは日を見るより明らかであり、そういうのは避けたいと思った私はリリアの口を塞ぐ。

 がっしりと口を塞がれたリリアはもがもがとしていたが、徐々に顔が青くなっていき、それから目が虚ろになっていく。


「あ、やばい。落ちちゃう」


 ふと我に還った私はリリアの口から手をどけた。

 するとリリアはぜーはーと息を吸い込んで、それから、膝を地面について


「し、死ぬかと思いましたわ……」


 と言って冷や汗を拭った。


 そんな寸劇染みた光景をしばらく見ていた見習い騎士王子タタールは困惑していたが、中年騎士の方はそうでもなく、色素の薄くなった髭を擦りながら頷いて、


「……ふむ。そちらも込み入った事情がありそうですな」


 と呟いた。

 それはまさにその通りで、説明するのもややこしそうな色々があるのだろうが、私はそれをまだリリアの口から聞いていないからはっきりとは分からない。

 だから彼の言葉には肩を竦めておくだけにしておいた。

 それに、それよりも大事なのはリリアが何かタタールにしてあげようとしているということだろう。

 何をする気なのかはさっぱり分からないが、私としてはナードラの治安騎士団長シードラに言われた依頼をこなせるなら、その間に何をしようとも割とどうでもいいところである。

 リリアが何かやりたいことがあるというのなら、出来る限り協力もしようかなというつもりでいた。

 何せ、結構な量の資金を渡されているのだ。

 そういう細々したことも面倒見ろと暗黙のうちに言われている気がしてならない。


 リリアは言った。


「あの……」


 リリアのおずおずとした声に、タタールが、


「なんだ?」


 と不機嫌そうに言う。

 それにびくりとするリリアを見て、中年騎士の方がタタールを抑えて話し出した。


「タタール様。若い娘にそのような態度ではモテませんぞ……? お嬢さん、何かな?」


 そんな風に。

 タタールはモテない、と言われて心当たりがあったのか、嫌そうに眉を顰めて場を中年騎士に任せた。

 タタールに比べ、中年騎士の方は物腰柔らかで、若い女性に対する態度と言うものを心得ているようだった。

 と言うか、むしろ何か……相当な経験に裏打ちされた確固たるものを感じる。

 若いころは相当モテたのではなかろうか。

 というか、もしかして今も……。

 と、思ってしまう程度には、彼は魅力に満ちた微笑みを持っていた。

 そんな中年騎士の魅力にやられたと言う訳ではないだろうが、リリアは言う。


「ええと……帝国に協力を願いたい、とのことですが……何か当てはおありなのでしょうか?」


 その言葉に、中年騎士とタタールは顔を見合わせて渋い顔をする。

 それから中年騎士は、


「まぁ……非常に残念なことですが、今のところ全く。一応、帝国には知り合いの貴族が何人かおりますからな。可能性の高そうな者を順に訪ねていくつもりではありますが、確実性のありそうな者はおりませんな……それに、もし皇帝陛下に渡りをつけてもらえたにしても、いかなる見返りを要求されたものかわかったものではない、という悩みもあります。いかにタタール様がルルリアの属国化もやむなしと言う覚悟を持っているとは言え、正直なところを申せば、何か他に方策は無いかと道中考えているところではありましたが……」


 と言う。

 本来隠すべき事情をつまびらかにしてくれたわけだが、私は呆れてため息を吐いた。


「そんな状態なのに、あんなに自信満々にこれが切り札だ! みたいなこと言ってたの? 凄い自信ね……」


 タタールに向けてそう言ったのは、ちょっと暇つぶしに煽りたかっただけである。

 実際、中年騎士の方は私の言葉を聞いても少し苦笑いするだけだったが、タタールの方は顔を赤くして言い返してきた。


「自信なんかない! だがな、"嘘から出たまこと"という言葉もあるだろう。いや、嘘のつもりなんてないんだが……とにかく、出来ると口に出し続けることが大事なんだ!」


 その内容はまるきり根拠がないことを認めるような素直で正直なものだった。

 いくらなんでもぶっちゃけすぎにも程があるだろうと。

 しかし、それと同時に彼らのおかれた状況を鑑みれば、心の持ち方としては正しいのかもしれないと感じる。

 タタールは、今、孤立無援である。

 一応、中年騎士と言う味方が一人いるのかもしれないが、本来持っていた筈の大勢の手下もお供もいないのだ。

 そんな状態で逆転を狙うには、それくらいの大言壮語を言っていなければやってられないのだろう。


 そんなタタールを、中年騎士は孫でも見るような目で微笑みながら見つめている。

 タタールの言葉を若く、現実の分かっていないものだと理解しつつも、こういうことを恥も外聞も無く言える素直さに好感を抱いているのだろう。

 それに、意外なことだがタタールのその台詞には妙な説得力があった。

 大言壮語に違いない、きっとそれは実現できないに決まっている。

 そう、理屈では間違いなく思ってしまう内容なのにもかかわらず、信じてみたい、そんな風に感じてしまうような妙な力が。

 こんな実現の目途も立っていないような無計画・無軌道な言葉に、それなりの説得力を持たせられる人間と言うのは少ない。

 なるほど、こういうところに王族として生きてきた背景が籠っているのかもしれないなと思ったくらいである。

 俗にいう、カリスマ、と言うのを彼は持っているのだろう。


 それに、絶対に叶わない望みだと言う訳でもない。

 帝国の立場を考えれば、ルルリアの宰相オズモンドの思想は、問題である。

 排除できるなら排除した方がいいし、ルルリアの方から帝国への属国化もやむなしであるとまで言われて協力を求められれば、悪くない相談である。

 いっそのことルルリアを滅ぼし、帝国に組み入れるという可能性もないではないが、自らが西方の蛮族に身を晒すよりは盾になってもらった方が気が楽でもある。

 そう言ったところを考えれば、タタールの計画も全くの空論とまでは言えない。


 ただ、それでも問題はある。

 大きな問題が。


 それを中年騎士は口にした。


「……タタール様のおっしゃる通りに出来ればこの上なく素晴らしいのですが、そのためにはやはり、どうしてもオラクル帝国皇帝陛下に謁見しなければなりませんからな。帝国首都に向かってはいますが、今の我々はありていに申せば、行き当たりばったりで動いております」


 と。

 そんな中年騎士に、リリアが言う。


「……お話は、分かりましたわ。でしたら、私に良い案があるのですが、聞いて頂けますでしょうか……?」


 と。

 そう言ったところで、私にはリリアが何を言い出すのか大まかなところが理解できた。

 そして、ここからあまり私が聞きたくないような話が始まりそうな感じもした。

 だから出来ることなら耳を塞いで何も聞かなかったことにしたいなと思ったのだが、それをした場合に、今後のリリアについての依頼に支障が出ることは間違いがない。

 私に依頼されたのは、リリアを迷宮に連れて行き、出来る限り深くまで潜ってくること、そして彼女の生活の面倒を見ること、であるが、結局のところその依頼を一言で言い表すなら、それはリリアの護衛である。

 彼女がどこへ行こうとも怪我しないように守っていろと、そういうことなのだ。

 そのため、彼女が何かしようとし、そのためにどこかへと向かうなら、私も着いていって守らなければならない。

 だから、彼女の話を聞かないわけにはいかなかった。


 中年騎士は、リリアの言葉に頷き、振り返って言う。


「ふむ……タタール様。いかがしまうか?」


 タタールはリリアの顔を見、少し考える様子だったが、最後には頷いた。


「……何にせよ、俺達は頼れるものは頼るしかないんだ。そこの女性――ええと」


「リリアですわ」


「リリア殿が何か、策を授けてくれると言うのなら、聞いておいても損は無いだろう」


 タタールの言葉に、中年騎士は良く出来ました、とでも言わんばかりの表情で微笑み、それから何かに気づいたかのように言う。


「……おっと、そう言えば、私もタタール様もまだ名乗ってはおりませんでしたな。申し訳ない。私の名はモーゼス=ガビウス。ルルリアで侯爵をやっておりました。そして……」


 促されてタタールも続ける。


「俺はタタール=ジューク=ルルリア。まぁ……ルルリアの第一王子だ。よろしく頼む。あぁ、俺の事は別に呼び捨てで構わないぞ。普段はモーゼスもそうしてるしな」


 流れの騎士と見習い騎士に変装しているのだから、そうしなければ怪しいということだろう。


「私もこともリリア、で構いませんわ……それと、こちらが……」


 リリアが私と萌を見て、自己紹介を促したので、私たちも名乗る。


「私は優理ユウリよ。こっちが……」


モエなの!」


 モーゼスは私たちの自己紹介に頷き、


「ふむ、何とお呼びすれば?」


「呼び捨てでいいわよ。萌もね」


 萌を見ながらそう言えば、彼女も頷いて言った。


「うん。それでいいの」


「でしたら、そう致しましょう」


「あぁ、敬語も要らないわよ。ねぇ?」


 その言葉に、その場にいた全員が頷いたので、このメンバーでいるときは特に敬語は無しと言う事になる。

 ただ、リリアは元々の口調のようで、


「……小さなころからこのような話し方をしてまいりましたので、むしろ敬語を遣わない、という方が難しいのですが……」


 と困惑したように言うので、彼女だけはこのままになった。

 それから、リリアは話を本題に戻す。


「それで、ええと……あぁ、私の提案のお話でしたわ。その前に、一つ留意していただきたい事実があるのですけれど……」


 その言葉に、タタールとモーゼスが身を乗り出した。

 リリアはぽつり、と言う。


「私、現皇帝陛下の実の娘ですの」


 タタールの顎が外れかけた。

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