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第6話 おかしな出会い

 それからしばらくして、二人は戻ってきた。

 もちろん、無傷で。


 ただその表情は対照的で、萌は微笑みながら歩いてきたのに対し、中年騎士にタタールと呼ばれていた若者騎士は茫然自失の表情である。

 そして萌を見ながら何か言いたげな顔をしていた。

 

 私はそんな若者騎士をとりあえずいないものとして扱い、萌にその戦果について尋ねる。


「どうだった?」


「山賊っぽいのが10、なんか妙に身なりのいいのが5人いたの」


 それを聞いて私は首を傾げる。

 また随分と不思議な組み合わせだ。

 山賊はまぁ、珍しくは無いだろう。

 ただ、身なりのいいの、というのがなんなのかが気になる。

 しかも、それを聞いた時、中年騎士はその額に浮かんだ皺を深くしたのだ。

 明らかに何か反応しているのだが、とりあえずマナーに従い尋ねないでおいてあげることにする。


「それで、身なりのいいのってどんなの?」


 ただ情報はしっかりと集めなければならない。

 具体的にどんな輩だったかを聞かなければならないと思った私はそう尋ねた。

 すると萌は少し考えて語り出す。


「ぴかぴかの鎧を着ているのが三人、それに高そうな絹の服を着ているのがふたりなの……」


 前者が騎士で、後者が身分が高いが戦う技能を持たない者――貴族か何かだろう。

 そんな奴らが盗賊風の輩を使ってこの馬車を襲わせた、というわけだ。

 リリアが乗っているわけだから、彼女を狙ったと考えられなくもないが、それ以上に同乗者の騎士二人の反応が気になる。

 この二人は何も聞いてないようでいて、萌の話す内容に聞き耳を立てているのだ。


 さて、どうしたものかと思って、とりあえず中年騎士の顔を見つめてみた。

 無言でむっつりと口を噤んでいる彼。

 けれど私は彼の方を見続ける。

 ずっと。


 そしてとうとうその視線に耐えられなくなったらしい中年騎士は、


「……分かった。仕方あるまい。これも何かの縁と言うもの。隠し事はなく、話そう……しかし、他言無用だ」


 そんな彼の言葉に、


「おいっ!」


 と若者騎士の方が叫ぶ。

 どうやらこの関係性から見て、若者騎士の方が身分が高そうである。

 中年騎士はそんな若者騎士に、


「タタール様。向こうで何を見て来たかは分かりませぬが、そこの娘がいなければおそらく我々の命はなかったでしょう……彼女たちには聞く権利があるのではありませんかな」


「……それは……」


 それはどうだろう、と私は思った。

 彼らが何かワケありなら、そういう理由があっても隠すべきだろう。

 しかし中年騎士はそうするつもりはないようだ。

 おそらくだが、話して私たちを巻き込もうとしている感じがする。

 それはなんというか、狡猾な手段の気もするが、そういう狡さも必要なときはあるだろう。

 私は諦めて、話を聞くことにする。

 リリアにも尋ねた。


「聞いてもいい?」


「……何かわけがあるのは私も同じですから……聞いてみるのも構わないのではないでしょうか?」


 と、優しい言葉を放つ。

 まぁ、この中の五人で一番わけがあるのは彼女かもしれないから、説得力のある台詞である。

 私と萌も結構なワケありだが、こと国に関係するような訳ではないので、そういう意味ではそれほどワケありとは言えないだろう。


 それから、中年騎士は話し出した。

 彼と、タタールと言う少年の話について。


 ◆◇◆◇◆


「ここは帝国ですが、隣国にはいくつもの国家があることはご存知ですな?」


 そんなことは私ですら知っている。

 萌やリリアも例外ではなく、頷いて肯定を示した。


「タタール様はそんな国の中の一つ、ルルリア王国の王子殿下でいらっしゃいます」


 いきなりとんでもない爆弾発言から始まったその告白は、しかし誰からも静止がかからなかったのでそのまま続いていく。


「近年、帝国の脅威が大きくなってきた影響もあり、ルルリア王国、及びその周辺国は連合を築くべく会談を幾度も重ねておりましてな。つい三か月ほど前の話になりますが、ルルリア王国の国王陛下――つまりはタタール様のお父上と、王妃殿下――お母上が二人で隣国ロンドスエラ王国に参られたのです。そこでは連合樹立のための調印式が行われる予定でして、帝国も特に何も言ってこなかったものですから、連合樹立は黙認されているものと考えられておりましたので、安全な旅路になるはずだったのですが……」


 ルルリアもロンドスエラも帝国の西に存在する国家だが、それらの連合を良しとする理由を帝国に求めるなら、それはさらに西に存在する蛮族たちの肉壁としての役割だろう。

 大陸西方には文明から置いて行かれ、見捨てられた地域と呼ばれる場所があり、そこには多くの蛮族が住んでいるのだが、彼らはたまに徒党を組んで東に侵攻してくることがある。

 多くの部族がそこにはあって、利害が一致したときにそのような行動に出るのだと言われているが、詳しいことは蛮族と交流を持った者が少なく、分からない。

 ただ、蛮族の強さは恐るべきものがあり、仮にすべての部族が手を結んだ場合には、帝国と西方の見捨てられた地域の間にある国家は蹴散らされる可能性すらもあるだろうと言われている。

 そして、そんなことになれば次は帝国が彼らに苦しめられることになるだろう。

 そのような事態を避けるため、帝国は西方諸国家の連合を推奨していた、ということではなかろうか。

 少なくともルルリアはそう思っていた、という話だ。

 中年騎士は続ける。


「しかし、結果として国王陛下、それに王妃殿下はその旅路でお亡くなりになりました。遺体も帰ってきておらず、詳しい状況も分かっていないのですが、そうなると次の世継ぎとしてはタタール様の名前が上がるはずでした。しかし、ルルリアには宰相オズモンドという者がおりまして、彼が国王陛下と王妃殿下死亡の原因を、タタール殿下になすりつけたのです。それはもう巧みな弁舌でありまして、気づいた時にはタタール殿下の身はかなり危険なところにまで来ておりました。しかし、当時のアリバイを私はしっかり知っておりましたでな……タタール殿下を秘密裏に手引きし、帝国まで逃げて頂いたのです。その際、共の者を何人かつけ、私は国に残ることも考えたのですが、そうするとおそらく私もオズモンドに殺されるかもしれぬと思いましてな……影武者を置いて、私もタタール殿下と帝国に逃げて参った、というわけでございます」


 中々に波瀾万丈な内容である。

 しかし、そうすると先ほど狙ってきた者たちは――


「そうでしょうな。おそらく、オズモンドの手の者。まさか帝国にまで入り込むとは思っておりませんでした」


「そう。でも、それならあんたたちはこれからどうするつもりなの? どこにも味方はいないようだけど?」


 帝国に来たからって何か好転するわけではないという事が明らかになったのだ。

 彼らに打つ手はもはやないのではないかという質問だった。

 しかしタタールが首を振っていった。


「いや……帝国はルルリアに西方の盾になってほしいと考えているはずだ。すくなくとも、その方が帝国にとっては利益があるからな。連合樹立を黙認していたのがその証拠だ。しかし、オズモンド、あいつはそれとは正反対の思考をしている。蛮族どもと手を組むことを王宮で主張していたことがあったような奴だ。それでも宰相を外されなかったのはすぐにその意見を引いたからだが……今思うと、そのときからクーデターをずっと考えていたのかもしれない」


「だから?」


「帝国に協力を願うのさ。属国に――とまでは言わないが、貿易などについて便宜を図ることなどを条件に、オズモンドを打倒し、俺を王座につけてもらうための協力を」


「そんなにうまくいくものかしら? かなり不平等な条約とかを求められるんじゃないの?」


「そうかもしれないが、オズモンドは私服を肥やす気満々だぜ。民の懐から搾り取ってだ。それを考えると、帝国にある程度むしりとられても、国が荒廃しないだけましだ」


 そう答えた。

 さて、聞いてしまった以上、何らかの態度を表明しなければならないが、どうしたらいいのだろうか。

 私としては無視して自分たちの目的にまい進すべきだと思うが、リリアは違ったらしい。

 私に助けを求めるような目で見ている。

 彼らに力を貸すことを許してほしい、というような顔である。

 別に私は構わないのだが、彼女はそれでいいのだろうか。

 視線で尋ねると、別にいい、というような視線が帰って来た。

 仕方なく私は頷いて言う事にする。

 そして私は、


「なんかうちの王女様があんたに協力したいって」


 色々ばらすような発言をしてみたのだった。

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