第4話 食事
「たっだいま~」
そう言いながら私は家の扉を開いた。
するととたとたとした音と共に、七歳くらいの少女が私の前までやってくる。
黒いゴスロリ服を身に纏ったその少女は、言わずと知れた吸血鬼、萌である。
「……おかえりなの」
そう言ってにぱりと笑みを浮かべるその表情に曇ったところは一切見られない。
荒んだ生活をしばらく送っていたわりに、歪んでいないその性質に良かったな、と思いつつ私は連れてきた少女の紹介をしなければならないことを思い出した。
「うん。そうそう萌、そう言えばね、今日から一人居候が増えるからよろしくね」
そう言って私の後ろからおずおずと顔を出したリリア。
ただそれだけの仕草なのに妙に品が良く、隠しきれない高貴さが滲み出ている。
こいつ隠す気ないだろ、と突っ込みたくてたまらなかったが、それを言ってしまっては元も子もない。
とりあえず背中を押して萌の前に立たせて自己紹介させる。
「はい、どうぞ」
そう言うと、
「わ、私、リリア=オットーと申しますわ。今日からここでお世話になりますの。どうぞ、よろしくお願いします……!」
……まぁ、どこかの高貴な人のわりには、帝国においては平民でしかない萌相手に十分な挨拶ができているんじゃなかろうか。
はじめて会ったときから思っていたことだけど、どうもリリアは身分のわりに腰が低いと言うか、居丈高なところが少なく、そう言う意味では好感が持てる。
これなら上手くやっていけそうだな、と思いとりあえず家の中やら何やらを案内しようと中に入っていこうとしたところ、自己紹介された萌が、
「……お姫様なの?」
と私が特に触れないでいた点に空気を読まずにずばりと切り込んでくれた。
しかし私はこれからも特にその点に触れる気はなく、聞かなかったふりをして口笛を吹いて一人家の奥の方に進んでいく。
上着を脱いで部屋のクローゼットに突っ込みつつ、お姫様、と言われたリリアがどう返すのか耳を澄ませて聞き耳を立てた。
すると、
「……えーっとですね……お姫様、ではありませんわ?」
なるほど、嘘をつくのか。
隠す気はあるのだな、と思って安心したのだが、萌は攻撃の手を緩めることは無かった。
「でも、そんな喋り方をしてる人、私、街の中で見たことないの。本の中のお姫様は、そんな風にしゃべってたの」
と七歳児にしては妙に鋭く突っ込む。
リリアはそこで限界に達したのか、しどろもどろになり、
「ええっとですわね……あぁ、どうしましょう。なんて説明したらいいのかしら……」
などと言っている。
その慌てようはまさにお姫様らしいと言うか、慌てているわりに品のある様子で、口に両手をあてながら少し足を速めて部屋を歩き回る、という感じだった。
隠す気はあっても隠せなさそうだな、この人は、と思った私は、助け船を出そうと近づく。
しかし、リリアは何を思ったのか言ってしまった。
「あの、私、お姫様ではありませんのよ? だって、私のお母様は身分が低い――平民ですし、私自身も王宮に上がったことなど、数えるほどしかございませんもの……」
底抜けに面倒臭そうな家族構成をばらしてくれた。
つまり、庶子か。
それならばシードラのあのリリアの扱い方に疑問を感じないではないが……。
何かあるのだろうか?
いや、それを考えるのは危険だ。
何かに巻き込まれそうな気配を強く感じてならない。
すでに巻き込まれているし、いまさらどうしようもないよ。
と、どこかから突っ込みの声が聞こえてくる気がするが、それは華麗に流し、そして今聞いたことも流すことんして、とりあえずリリアの口をふさいだ。
「はいはい、黙った黙った。それ以上語るとややこしいことになるからやめようね」
むがー、むがー、とリリアは言っているが、とりあえずソファにぶんなげて座らせた。
それから萌が、
「庶子ってなんなの?」
と聞くので、
「まぁ、お姫様じゃなくて、平民って事よ」
と答えておく。
この国において庶子は基本的にはそういう扱いのはずだ。
例外もあるが、例外だからいいだろう。
リリアがその例外の可能性が高そうだからと言って、それを推測するのは良くない気がするというのは関係ない。
幸い、萌の知的好奇心はそこで満足したらしく、
「ふーん、わかったの! じゃあ、お友達になるの~」
と言ってリリアの横に腰かけたのだった。
私はそれで安心してため息を吐く。
少なくとも、リリアの謎な身分を除けば、うまくやっていけそうだ、ということが明らかになったから。
それから私はキッチンに行き、とりあえず今日の夕食を作り始めることにする。
材料は、鬼魚が保存庫に残っているし、その他調味料も切れていない。
野菜やその他の材料も十分なストックがあるので、二人分が三人分に増えたことも大した問題にはならない。
手間もあまり変わらないだろう。
そもそも私も萌もよく食べる方なので、女の子一人分、量が増えるくらいは誤差の範囲である。
「何か嫌いなものは無いー?」
台所から、リビングで萌と遊んでいるリリアにそう尋ねると意図を察知してくれたらしく、
「特にございませんわー!」
と帰って来た。
ふむ、ならば何でもいいだろうと、私はいつも通り、この世界に存在しない料理を作り始めることにする。
つまりそれは、日本でよく作っていたもの、ということである。
◆◇◆◇◆
「お、おいひい……おいひいでふぅ……」
淑女にあるまじき滂沱の涙を流しながら、フォークで鬼魚の竜田揚げをおかずにご飯を食べているリリア。
それを何ともいえない目で見つめる私と萌。
萌は言う。
「リリアお姉ちゃんは、昔の私より貧乏な生活をしてきたの?」
その食べ方に、昔はよほどひどいものばかり食べてきたのだろうと推測したようである。
リリアは萌の言葉になんとも言えない顔で返答する。
「萌ちゃんは貧乏だったのですか……私は、経済的に困窮してはおりませんでしたわ。ただ、食べるもの全てが毒見のあとで……冷めきってしまって、非常に美味しくないべちゃっとしたものばかり食べて来た者ですから……この、なんでしょうか」
「竜田揚げ?」
「そう、このタツタアゲのように温かく、かりっとしたものなど、人生で初めて食べたので、おいしくておいしくて……このご飯、というものも素敵ですね。噛めば噛むほど味が……!!」
なぜ庶子なのにそこまで慎重な警備体制のもと、暮らしてきたのかは分からないが、その受け答えから彼女が相当な重要人物なのだろうということが分かる。
それなのに私などにこんな風に任せてしまっていいのだろうか、と思うがその経緯も含めてややこしいこと、なのだろうとあきらめることにした。
しかし自分が作ったものをこれほど美味しそうに食べてもらえるというのは気持ちいいものである。
だいたい全て食べ終わってしまったリリアが、ちらちらとこちらを見ているのを確認し、私は言ったのだった。
「お代わり、する?」
彼女はにこやかに頷いて、ご飯と竜田揚げの両方を要求したのだった。
結局、彼女はそのあと二度お代わりをすることになった。
私と萌がもともと食べるのでかなり多目に作っていたことから、その要求にも問題なく応えられたわけだが、それにしたってよく食べる少女である。
私と萌は、色々事情があって燃費があまりよくないからこその量であるのに、彼女は普通の人間なのだ。
それなのにあまりにも食べるので、これでは明日はもっと大量に仕込まねばなるまいと気を引き締めたのだった。




