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第3話 彼女は何者

迷宮ダンジョンと言うのは、大量の魔力が集約された一点を中心として形成される特殊なフィールドのことだ。その代表的な形は巨大な迷路状の洞窟や構造物であることが多いことから、迷宮ダンジョンと呼ばれる。ただ、他にも森や廃都がそうであることもあることから、統一性はあまりない。しかしそれでも共通する特徴というものはある。どんな迷宮ダンジョンも、魔物が大量に発生し、かつ常に宝物が湧出しているということだ。また、最奥――魔力集約点の周囲には強大な魔物が鎮座しているのが普通だ。こいつは極めて危険なため、近づくべきではないとされている。と言ったところだな」


 シードラの説明した迷宮ダンジョンの概要は、私にとっても理解しやすいもので、おおよそ想像していたものと同じものだと言うことが分かる。

 以前いた世界の迷宮ダンジョン概念ともそれほど大きな齟齬は無いようだ。

 しかしその迷宮ダンジョンが依頼にどのように関係してくるのか。

 疑問に感じたので尋ねることにする。


「それで、その迷宮ダンジョンがどうしたの?」


 シードラは答えた。


「実のところ、最近発生が確認された迷宮ダンジョンが一つある。今の時点でその危険性も有用性も詳しくは分からない。だから誰か実力のある冒険者に調査に行かせたいと考えていたんだが、その役目をお前に担ってもらいたいんだ。場所はこの辺りではなく、帝都近郊、というところが問題なんだが……受けてくれるか?」


 始めの方だけならよかったのだが、最後に付け加えられたひとこに大きな厄介ごとの匂いを感じて私は顔をしかめる。

 そんな表情をシードラは理解したらしく、申し訳なさそうに言った。


「察しの通り、この依頼は少し……いや、かなり面倒な話だ。中央に発生した迷宮ダンジョンであるのに、わざわざ辺境都市から調査に出さなければならないなどと言うのがおかしなことだからな。そして更に、お前にとっては面倒、と言わざるを得ない話がある」


「まだあるの!?」


 そう私が叫ぶと、シードラは、


「まぁそう言うな……。リリア様、どうぞ」


 と、執務室のドアに声をかけて、誰かを部屋の中に招いた。

 がちゃり、と開いたドアの向こうから現れたのは、一人の少女である。

 年は――14か15、と言ったところか。

 ふわふわの金髪と、柔らかな顔の作りに反して、その表情はいま、勇ましく何かに燃えているような雰囲気を感じる。


 これは面倒臭そうだぞ、と一瞬で感じ取った私であるが、それを口に出さない程度の慎みはあった。

 それに、その少女――リリアというのだろうが――には、なんとも言えない気品が漂っている。

 前の世界での経験から、このような空気を帯びている人間と言うのは大概が王侯貴族という奴で、逆らうと暗殺者とか差し向けられたりするものなのである。

 そういう類が来てもどうにか出来ないことはないのだが、わざわざ火種を撒いて生きていこうとは流石の私でも思わない。

 何事も無く、平凡に生きていければそれでいいのである。


 そう思っている私は、当然その少女に対しても特に何も言わず、シードラに尋ねた。


「……こちらの方は?」


 すると少女の方が答えた。


「わ、わたくしはリリア=オラ……」


 と、言いかけた少女の言葉を、シードラが物凄い勢いで遮った。


「リリアさま!」


 その声にはっとした少女は、しどろもどろな表情で、


「ええと……リリア=オットーと申しますわ。ええ」


 と言い繕った。

 リリア=オラ、まで聞こえていたしあきらかにオットーって偽名だよね、と言わないくらいのつつしみは私にもあるので、一連のやりとりについては特に突っ込まずに黙って聞いてから、私は自己紹介を始める。


「これはご丁寧に。私はユーリ=ハスミと申します。この辺境都市ナードラ市民であり、また冒険者兼薬師として生計を立てております。お見知りおきを」


 一般的な平民に対しては決して行う事の無いくらいに深々と丁寧なカーテシーを披露したのは、別に厭味ではない。

 シードラはそんな私を見て苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 対してリリアは同じようなカーテシーを返してきた辺り、私の嫌味が理解できていない。

 きっと物凄い浮世離れしてるんだろうな、この少女の頭の中は、と思いつつも決して突っ込みはしなかった。

 それから頭を抱えたシードラが諦めたように首を振って、強靭な精神力でもって続きを語る。


「……では自己紹介も終わったところで、今回の依頼を説明しよう。ユーリ。お前にはリリアさまと共に、帝都に向かい、その後、新たに発見された迷宮ダンジョンに挑んでもらうことになる。名目は調査だが……まぁ、出来るだけ深くまで行って来てもらいたい」


 続けて、リリアが、


「よろしくお願いしますわっ!」


 と元気にあいさつしてくれた。

 人のよさそうな子だな、と思ったのだがとりあえずそれについては流して、私はシードラに尋ねた。


「これって……」


「なんだ?」


「物凄いややこしい話?」


「初めからそう言っているだろう……それと、当然の話だがしばらくの間、お前はリリア様と生活を共にしてくれ。あぁ、生活費については前金として渡して置くぞ」


 そう言ってシードラが差し出した皮袋は重く、行儀悪く中を覗いてみれば白金貨が十枚以上入っている。

 白金貨は金貨の百倍の価値、つまりは100万エルドであるから、一千万エルド以上がリリアの生活費だと言うのだ。

 一体どれほどの長期間私に預けるつもりか、と思ったのだが、シードラは、


「期間は三か月ほどだ。帝都までは二週間あれば辿り着くだろう。実質、二か月と少しで迷宮ダンジョンをある程度まで調査してくれればそれでいいからな。じゃあ、頼んだぞ。リリアさま、このシードラ、何か困ったことがおありでしたらいつでも駆けつけますので、そのときはお申し付けください」


 そう言ってリリアの跪いたのだった。

 もはや開き直ったのか何なのか、リリアの身分を隠す気が見られない。

 帝国貴族であるシードラがここまで礼を示す人物がどの程度の身分なのか、想像できないほど私は阿呆ではない。


 しかし、特にリリアの身分について説明されていない私は、彼女にどのような態度をとっても怒られることは無いのだ。

 だから、私は言った。


「じゃあ……リリアさま?」


「リリアでいいですわ!」


「そう。じゃあリリア」


 ここでシードラが、うっ、と喉を詰まらせる。

 リリアの正体を大体理解している私が、呼び捨てになどするはずがないとでも考えていたのだろう。

 しかし私はリリアを呼び捨てにすると決めた。


「あなたにはまず私の家に来てもらうけどいいかしら?」


「はい!」


 いい微笑みで彼女は素直にそう言った。


「それと、うちには一人、小さい女の子がいるの。その子も連れていくけどいい?」


 もちろん、萌のことである。

 しかしリリアはこれには首を傾げた。

 それは嫌だと言うわけではなく、むしろ小さい女の子、と言ったことから心配したようである。


「……大丈夫なのでしょうか? 迷宮ダンジョンに連れて行っても……?」


「大丈夫よ。たぶん、シードラより強いから」


 その言葉に再度シードラは苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、特に否定はしなかった。

 萌に手を焼かされたことを思い出したのだろう。


「よし……じゃあ、確認しておくべきことはそんなものね。シードラ。依頼は受けるわ。報酬は弾みなさいよ?」


 シードラはそんな私の言葉に、ため息を吐いて、しかししっかりと頷いたのだった。

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