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第2話 信頼のゆえに

 この世界には概ね、七つの大陸があり、それぞれの陸地の上で様々な種族がその文明を築いている。

 帝国――つまりはオラクル帝国のある大陸は、ジュラメント大陸と言われる七大陸のうち三番目の大きさを誇る大陸の上に築かれた国であり、その主要な種族を人族ヒューマンが占めている強大な国家である。

 概ね、この世界においては種族的優劣については諸説あり、必ずしもどの種族が優れているとは言えない、という説が最も客観的に事実を述べているものであるが、人族ヒューマンのうち、帝国の貴族階級が考えているのは、人族ヒューマンこそが数多ある種族のうち最も優れていて、貴いものである、という考えである。

 これは、帝国と言う史上まれに見る強大な国家を人族ヒューマンが築いたという事実に基づく主張であるが、それをもって人族ヒューマンが優れている、とするのは少々乱暴に過ぎる議論だろう。

 いつの日にか、オラクル帝国よりもずっと強大な国家を、人族ヒューマン以外の種族が作り上げる可能性は閉じられていないし、今の時点でも、ジュラメント大陸以外の大陸を見れば、帝国に匹敵すると評価できる国家が存在しないと言う訳ではないのだ。

 ただ、大陸間の国家の交流は希薄で、せいぜい船で行き来する程度であることから、どちらが優れている、ということを実際に確かめる場を得ることが出来ていないに過ぎない。

 それぞれの国はそれぞれの大陸内部の争いで精一杯で、他の大陸に目をやる余力がない、という理由もある。

 当の帝国も、いくつもの国々を併呑し巨大化してきたが、現在に至っても大陸内に敵なし、というわけにはいかず、周辺国家との小競り合いに忙しくしている。


 そんなわけで、自称最強国家である帝国であるが、しかしその国力は相当なもので、大陸の約五分の一は帝国領土と言っていい。

 その他の五分の四を、数十の国で分けている状態であり、しかもその諸国は常に帝国からその領土を狙われているため、連合などを築きながら、多方面から帝国に対して牽制し続けているのである。


 ◆◇◆◇◆


「……で、そんな最強国家の治安騎士団長が私みたいな一冒険者に一体何の御用で?」


 私は目の前の高そうな執務机についている治安騎士団長シードラにそんな風に尋ねた。

 彼は確かこれで一応男爵――つまり、貴族としての位を持っているため、この世界においてはただの平民でしかない私がこんな口を利いたら不敬であるとして何らかの罪に問われてもおかしくない。

 しかし、彼と私の力関係、というのはそういう一般的なものに収まらないわけで――


「初めに皮肉から入ることは無いだろう……ただの依頼だよ。普通の。冒険者組合ギルドから連絡が行っているだろう……?」


 非常に嫌そうな顔で呆れながら言った割には、特に怒りもせずにシードラは執務机の引き出しの一つから書類を取り出してそう言った。


「わざわざ名指しで何度も依頼するもんじゃないわよ。ここ数か月で一体何回指名依頼したと思ってるの? 私、他の冒険者から治安騎士団のよほど後ろ暗い秘密を握ってるんじゃないかって噂され始めてるのよ? 迷惑よ、迷惑!」


 私の機嫌が悪いのには、そういう理由があった。

 冒険者組合ギルドにおいて、指名依頼というのは依頼者のその冒険者に対する信頼を示す行為である。

 そのため、いい仕事をした冒険者には指名依頼が入りやすいと言う単純な事実があるが、それが行政からだという話になると問題が出てくる。

 通常、行政というものは、不公平にならないように特別な場合を除いては指名依頼はあまりせずに、一般依頼として冒険者組合ギルドに依頼を出すのが普通であり、シードラのように何度も同じ冒険者――この場合は私だ――に、指名依頼をすると癒着を疑われる可能性がある。

 そのため、行政はそう言った行為を出来るだけ避けるのだが、シードラにその傾向はみられない。

 なぜだ、という話になったとき、それはあいつは、あの冒険者は何か治安騎士団の弱みを握ってるんじゃないかとそういう話になってしまったのである。


 私もすぐにそんな噂など消えるだろうと思い放置していたのが悪かったのだが、今ではほとんど事実として扱われているその噂に最近私は頭が痛い。

 たまに別の地域からやってくるチンピラ染みたよわっちい冒険者に絡まれたりすることも増えてきた。

 彼らはここで私が治安騎士団の依頼を多くこなしているということをどこかから聞いたらしく、何か弱みを握っているんだったら、自分たちにも教えろ、甘い汁を吸わせろ、とこう来たのだ。

 当然、私にそんな心当たりなど無く、そうである以上何度もそんなものに来られると、機嫌が駄々下がりになってくるわけで、一人一人路地裏に連れていって丁寧におハナシしてあげたのはいい思い出である。

 今では彼らも立派な冒険者としてこつこつ活動しているので、その更生に力を貸せた私は非常に誇らしい。

 私の姿を街中で見かけると震えて動けなくなるか通り過ぎるまでひたすら謝り続けるか有り金全部地面において許しを請うかのどれかになってしまったが、一つ二つのトラウマくらいそのための犠牲としては安いものだろう。


「迷惑と言われると申し訳なく思うが……正直、治安騎士団としてはそれほど信用できる冒険者というのがいなくてな。ナードラは辺境都市であるから、それほど気にする必要は無いかもしれないが、情報漏洩の心配を考えると、やはり人選と言うのがむずかしい……」


「そこで私を選ぶあたり、どうなのかと思うけどね」


 正直、私ほど適当な人間はこの世界にいないと思うのだが、シードラは首を振った。


「少なくともナードラでくすぶりながら中央に出ていくための材料探しをしているような奴らよりは、よっぽど信用できるよ。少なくとも、お前は誰かに媚びるという事は絶対にありえないという事が分かっているからな」


 その言葉に、なるほど、と思う。

 実際、以前私はシードラに帝国を敵に回そうともなんとでも出来るとはっきり言い放っている。

 それが、彼の信頼を買うことになったのだろうと思われる。

 まさか脅して信頼されるとはどうなのか、と思うが、何が役に立つか分からないものである。


「ま、そう言う意味で信用できるというならその通りなのかもしれないわね。じゃあ世間話はこれくらいにして……何の依頼なの? その辺詳しく聞いてないのよね。というか教えてくれなかったのよ。シードラから直接聞けって言われてね」


「あぁ、それは俺の方からそう依頼したからな。内容については本人に直接話すから、部外秘で頼むと」


「何、そんな依頼の仕方とかありなの?」


「出来るさ。冒険者組合ギルドの長であるナグレム殿だけには言う必要はあるが……それ未満の職員は知らない。国家機密、というわけだ」


 その随分と思わせぶりな言葉に、私は首を傾げる。

 こんな辺境の都市において、国家機密、なんてものが問題になるような依頼が治安騎士団から出されることがあるのかと思ったからだ。

 シードラは続ける。


「まぁ、そんなに大げさに言うのもどうかと思うかもしれないが……お前は迷宮ダンジョンというものを知っているか?」


 シードラの口から出てきたその言葉に、私は驚く。

 知っているも何も、元の世界――地球において、それほどポピュラーな言葉は無い。

 前の世界においても存在したものであり、知らない、とはとてもではないが言えないのだが、ただ地球とも、前の世界とも定義が違うかもしれないと思い、一応知らない、と言っておくことにした。


「詳しくは知らないわ。説明してくれる?」


 シードラは頷いて、解説を始めた。

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