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異世界で勇者パーティの保護者やってます!  作者: 丘/丘野 優
第1章 プロローグ、始まりから第一の出会いまで
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第20話 指名依頼

 ナードラに来てしばらく経った。


 あれからイヴォンヌがウラノスたちと連絡を取ってくれたので、彼らとは行き違いにならずに済み、暇なときに将棋やらリバーシやらの対戦をしにうちまでやってきてくれている。

 いい友人になれたようで、私もうれしく、つい色々この世界にない食べ物とかを振る舞ったりするのだが、それが余計に彼らを我が家に引きつけるらしい。

 またあれを作れこれを作れと言われながら、日々暮らしているわけである。


 煉獄の森プルガトリオ・ボスキの小屋にはあれから帰っていない。

 必要がない、というかいつでも帰れるし、今はナードラ市のこと、ひいてはこの世界の情勢のことを知りたいというのが大きいからだ。

 森の小屋については、しっかり戸締まりをしておいたし、留守番もおいておいたので大丈夫だろう。

 そんな簡単に壊せるほど、あの小屋はもろくはないというのもある。


 それに、そろそろこの街、この家にも慣れてきたところだし、森とこことを簡単に行き来が出来るように細工でもしようかと考えている。

 ナードラ市の中央通りに建つこの瀟洒な家が自分の家、などと言われてもはじめは受け入れがたく、そう簡単に改造とかしていいのかなという気分でいたのだが、人は環境に意外と早く慣れるものらしい。

 あんなに恐縮していたというのに、今ではもうすっかり我が家という意識になってしまったので、自重せずにいろいろやろうかと考えている。

 もちろん、人の口に上るような派手で目立つ方向にではなく、地味に快適にしていく方向でだ。


 またナードラの街についてはイヴォンヌたちに何度か案内してもらい、その概要を把握しはじめている。

 大まかに見てみて、あまり発展はしていないが、かといって極端に不便という訳でもないと言うのが私の感じたこの街のあり方だ。

 一般市民の生活は原始的なところが少なくないが、石造りの家屋がほとんどであることから、それなりの建築技術を持っていることは理解できるし、それぞれの家の中で、基本的な生存を維持するために必要な設備は魔道具で補っていることが分かった。

 灯りなどは魔物から算出する特殊な魔力結晶体であるところの魔石を燃料とする魔道具で確保しており、それがこの世界の生活レベルを見た目より一段階挙げているのだ。

 ただ、そういう設備については、前の世界、つまりは"勇者"たちのいた世界でも一般的だったので、そこまで驚くには値しなかった。

 おそらく、魔法が発達している世界、というのは大体そういう発展の仕方をする、ということなのだろうと思ったくらいだ。


 ただ、進んでいると言っても部分的なものでしかなく、詳しく聞いていけばその技術はそれほど高くはないらしいと言うことがわかった。

 魔光灯ライトによって光源を確保してはいるが、油や蝋燭がないわけではなく、むしろそちらの方が原則であり、魔石を使うタイプの道具は贅沢品という意識がある。

 商業店舗や冒険者組合ギルド建物では魔光灯ライトが使われているが、一般家屋ではあまり使用されていない。

 魔石や、魔力などを動力としているから、家に魔術師がいない限りはどこかから費用を支払って調達するほかなく、そうすると油や蝋燭を使うより高くついてしまうためだ。

 つまり結局のところ、一般市民の生活はそれほど便利というわけではないようである。


 さらに、森で聞いた話からしてだいたい予想できていたことだが、この世界の魔法技術は"勇者"達の世界の魔法技術と比べ、かなり劣っていると言ってよいという事実がある。

 そもそも"勇者"たちからしてあの世界では規格外だったので、そうなるのも仕方ないような気もするのだが、そこを勘案した上で考えてみても、やはりこの世界はあまり進んでいないと言っていいだろう。


 この世界において主流の魔法は属性魔法と呼ばれる、向こうでは旧式と呼ばれていたタイプの非常に無駄の多い汎用性の低い魔法であることからして、その事実が知れようと言うものである。


 私が家に付属させようと考えている細工――転移方陣についても遠回しに聞いてみたのだが、それは遙か昔に失われた神代の魔法であると言われてしまった。

 魔法薬とはまた別の方向で伝説的なものらしい。

 とはいえ、全く存在しない、というわけではなく、遺跡や迷宮ダンジョンと呼ばれる特殊な場所には残っているらしく、ただ仕組みが解明できていない、ということのようだった。


 属性魔法を主流にしているようではそうなってしまうのも仕方がないような気がするが、まぁ、それはいいだろう。


 そんなわけで、私は当面、自らの持っている技術をあまりおおっぴらに使うわけにはいかなくなった。

 特にどこかに影響を与えたいとか思っているわけでもなし、目立たずに生きていければそれでいいのだから。


 属性魔法自体は私も一応教養として、大賢者と吸血姫に学んだため基本的なものは使用できるし、問題もないだろう。

 いくら汎用性が低いとは言え、世界で普及しているほどの体系である。

 慣れればそれほど不便ということもないはずだ。


 ちなみに、今の私の身分であるが、ウラノスの作成してくれた書類と組合長ギルドマスターナグレムの力により、ナードラの一般市民として登録され、市民証が付与されているため、一応、ナードラ市民、ということになろうか。

 薬をたまに卸そうかと考えていたため、冒険者としての登録もしたので、冒険者でもある。

 冒険者であるということにつき、、帝国市民はその住む都市、つまり私の場合は本来ナードラに税金として市民税を納める必要があるのだが、冒険者はその必要がない(厳密に言うなら、冒険者の依頼料から天引きされるので、役所に自ら納める必要がない)ので、手続きが極めて楽になると言う利点もある。


 薬師としての利益についても、冒険者組合ギルドを通して取引をすれば冒険者組合ギルドの方で税額を計算して支払っておいてくれるし、税額自体も冒険者であるというだけで優遇されるのでメリットしかない。


 冒険者は一応、依頼を受けるべき件数がランクごとに規定されていて、それを下回ると税額や依頼料についてそれなりのペナルティが存在しているのだが、滅多なことでは除名になったりすることはないらしいので、問題視するほどではない。


 そんなわけで、現在の私は街で薬師兼冒険者として細々と冒険者組合ギルドで依頼をこなしながら暮らしている一般的ナードラ市民である。


 稼ぎであるが、冒険者というものは、大抵が危険な地域で魔物と戦うものであるから、その体には生傷が絶えず、薬の需要も尽きないので薬師としての仕事を主体にしている私は結構儲かっている。


 冒険者の怪我と言えば、魔物除けの普及で護衛の需要が減り、冒険者の需要が縮小するとも考えられていたのだが意外にもそうはならなかった。

 なぜなら、商隊などを襲撃するのが必ずしも魔物に限られる訳ではなく、盗賊や食い詰めた村人もまた襲撃してくるものだという事情があったからだ。

 それに、すべての魔物に対して魔物除けが効くわけでもなく、魔物除けはせいぜい、損耗率を下げたり、襲撃の回数を減らすくらいの効果しかもたらしていない。

 それでも大きな影響があったのは間違いがないらしいのだが、提供者としてはその程度のもので森と家を譲られてしまったので何となく申し訳ない気がしている。


 街で仕入れた様々な材料を、薬として加工し終わった私は、それを小分けの瓶に入れて冒険者組合ギルドに向かう。


 私の基本的な仕事は、冒険者組合ギルドで販売している下級ロー上級傷薬ハイポーションなどの冒険者向けの薬の製造、それにたまに依頼の入る、街の住人達からの薬の製造依頼だ。

 討伐関係も受けていないわけではないのだが、今のところはそれほど多くはない。

 場合によっては数日と時間がとられる可能性があるので、避けているのだ。

 街に早いところ慣れたいと思ってのことだった。


「あっ、ユーリさん!」


 冒険者組合ギルドに入ると、すぐに受付から明るい声がかかった。

 イヴォンヌを探しにここに始めてきたときに対応してくれた職員のお姉さんだ。

 あれからよく顔を合わせるようになり、彼女がほとんど私の担当のようになってしまい、仲良くなった。

 彼女の名前も聞き、身の上話まで聞いてしまったほどである。

 それによれば、辺境にあるらしい、故郷の村から一人出稼ぎに出てきた苦労人らしい。兄弟がいるので家でいつまでも穀潰しをやっているわけにもいかず、かといって嫁に行きたいわけでもないので街に出るほかなかったらしい。

 そんな冒険者組合ギルド職員、人族ヒューマンのノレン=ダタールのもとにかけより、話しかける。


「こんにちは、ノレン。元気だった?」


「元気ですよぉ~。この間の風邪だって、ユーリさんからもらったお薬ですっかり治っちゃいましたし。本当によく効くんですねぇ! 依頼人の方々からの評判は聞いていましたが、少しは誇張があると思ったのに……まさか評判そのままだったとは。凄腕の薬師って言うのは間違いじゃないんですね!」


 一定の依頼をこなしていくうちに、私に対する街の人の評価は大体そんなところに落ち着いている。

 自分ではそこまでではないと思っているのだが、この街で出回っている薬の平均的な品質から考えるとかなりいいものを私は作っているということのようだった。

 いくつか私も市販の薬を購入して分析してみたのだが、余計な成分が入っていたり、製造手順に無駄があったりして、私から見ると確かに品質が悪い、とは感じていたから、その評価もわからないではないのだが。


「誉めすぎだわ……イヴォンヌだって同じくらいのものはいくらでも作れるもの」


 ただ、イヴォンヌは別で、彼女は私から見てもかなりこなれているいい薬師である。

 ほかの地域の薬師を私は知らないから、それと比べると分からないが、彼女は、少なくともこの街において薬師のほぼ最高峰に近い。

 研究に余念がなく、知識も豊富なので、非常に合理的で適切な製薬をするのだ。


「それがおかしいんですよ……ユーリさん、まだFランクですよね? イヴォンヌさんはAですよ? もちろん、魔術師としての実力も加味してその評価なんですが……それでも薬師としてベテランのイヴォンヌさんと同じレベルというのは……」


「まぁ、登録したのが最近ってだけだからね」


「うーん……確かにそういう人もたまにいるんですが、ユーリさんはそういう人たちとはまた違うような……?」


 そう言って首を傾げるノレンに鋭いなと感心しつつも、異世界から来たなどと語るわけにもいかないので曖昧に笑って話をずらした。


「それはいいとして……下級ローから上級傷薬ハイポーションまで、注文された個数作ったから納めに来たわ。各20本ずつで良かったわよね?」


 がちゃがちゃと持ってきた専用のケースを持ち上げて、机の上に置いた。

 ケースは長方形で、大体7センチくらいの長さの細長いビンが60本くらい入るように区分けされている。

 今そこに入っているのは全部、私が作った傷薬ポーションである。

 水色のものが下級、紫色のものが中級、赤色のものが上級であり、使い方は飲むか直接傷口にかけるかのニ択だ。

 服用した方が効果が高いので、通常はそうするのだが、そんなこともしてられないくらい逼迫した状況に置いては直接かけることもある。

 気絶して飲めない、というときもあるからだ。


「……確かに」


 ノレンは私からケースを受け取り、それぞれの傷薬の色を確認して頷いた。

 実際に効くかどうかは飲むほかに確かめる方法がないので、見ただけでは確認できないのだが、そこはもはや信用の問題だ。

 私はしっかり作っているので何かトラブルになったことはないが、私以外にも傷薬を納めている薬師はいて、不良品が混じっていることもざらなのでそういうときは違約金を請求される。

 いざというときに傷薬が効かない、というのはかなり問題だが、良くあること、という認識が一般的なので冒険者達は効くまで飲み続けるから効かなくて死ぬ、ということはよほど運が悪くない限り、発生しないようだ。


「報酬は111万エルドになるので、金貨111枚になりますけど……いつも通り預金でいいですか?」


 下級傷薬ローポーションは銀貨5枚、中級は銀貨50枚、上級は金貨5枚であり、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚の価値となる。

 つまり、1エルド銅貨一枚、一万エルド金貨一枚ということだ。

 ただ、単純に日本円と比較するのは物価がかなりまちまちなので難しく、何ともいえない。

 ただ、簡単な食事なら銅貨数枚で足りるし、宿も銀貨数枚で泊まれることを考えると、私がもらっている報酬はかなりの高額ということになる。

 この世界において、薬というのは高いものなのだ。

 上級傷薬、なんてのはそれこそイヴォンヌくらいでないと作れないものであるし、中級ですら、通常の薬師なら一月で数本作れればいい方だというのだから、それでいいのかもしれないが。

 つまり私が少し作りすぎなのだが、納めて数日もすれば高ランク冒険者にほぼすべて買い占められるので物価に大きな影響を与えたりするほどではない。

 また上級と中級は月20本以上納めないようにしているというのもあって、ほかの薬師に恨まれるということのない。

 だからおおむね、私はうまくやっていけている方だと思っている。


「ええ、100万エルド分は預金しておいて。残りはちょうだい。10万エルド分は金貨で、1万エルド分は大銀貨でお願い」


「あ、はい。分かりました」


 大銀貨は銀貨10枚分の価値のある銀貨であり、大量に銀貨を持ち歩かずに済むために重宝されている。銅貨にも同じように大銅貨がある。金貨にはそういうものがないのは、金貨10枚分の買い物なんて一般的にはあまりしないからだろう。冒険者は武具とかを買うのに簡単に金貨数十枚を使うから何ともいえないが。

 さらに金貨100枚分の価値の白金貨、というのがあるが、これこそ普通は使うことはない。家や土地を買うときに出番があるくらいだろう。


 私はノレンから金貨10枚と大銀貨10枚を受け取る。


「……うん。確かに。じゃあまた……」


 枚数を確認してそのまま冒険者組合ギルドを出ようとしたところ、ノレンが言った。


「あ、ちょっと待ってください! 実はユーリさんに指名依頼が入っているんです!」


「……指名依頼?」


 指名依頼とは、依頼者からその依頼を受けるべき冒険者が予め指名されている依頼のことで、指名された冒険者以外が受けることは依頼者の合意がなければ不可能な依頼のことだ。

 ただ、通常、指名依頼というのは高ランク冒険者の高い技能を期待して高ランク冒険者に出されるものであり、私のような下っ端Fランクに回ってくるようなものではない。

 不思議に思って首を傾げていると、ノレンは説明を始めた。

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