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異世界で勇者パーティの保護者やってます!  作者: 丘/丘野 優
第1章 プロローグ、始まりから第一の出会いまで
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第18話 贈与

 イヴォンヌに連れられて来た冒険者組合ギルドの二階。

 階段を昇ってすぐ、長い廊下が目に入った。

 イヴォンヌはためらうことなく進んでいき、一つの扉の前で止まった。

 それは非常に大きな二枚開きの木製の扉で、いかにも重鎮がここにいますと言いたげだった。

 必要以上に重苦しいその扉は、初めて来た人間を気圧する、もしくは権威付けのためにそのような造りになっているのだろう。

 自らが一体何のためにここに呼ばれたのか理解しきれない人間であれば、ここに入ろうとする場合、ほとんどが緊張で身を固くすることだろう。


 けれど、私はそう言った凡百の人間とは性質をひと味も二味も異ならせる人間である。そうやすやすと緊張にとらわれたりはしない。

 そもそも、このような場合に額にあまり気分のよろしくない汗を垂れ流しながらおびえつつ道を進んでいくことになるような者というのは、この無駄に偉そうな作りになっている部屋に呼ばれることによってなにかしら不利益を受ける可能性を考えなければならない人間だけである。


 つまり、誰も人通りがないような不吉な村の奥でひっそりと暮らしている私のような人間ははそもそも冒険者組合ギルドの力によって不利益を受けるような立場にないので、緊張しようがないのだ。

 もし百歩二百歩譲って何か問題があるのだとしても、その場合はいっさいの接触をむしろこちら側から完全に断ち、ただ煉獄の森プルガトリオ・ボスキに戻ってだらだら家庭菜園と薬作りをしていればそれで十分生きていける。

 森林における生存の維持ということに関して、森の支配者と吸血姫とに様々な方策をたたき込まれた私ほど特化した能力を持っている人間はそうはいない。

 森は私の家であり、庭であり、そして食事そのものである。

 むしろ町で生きていく方が厳しい面が多く考えられる位なのだから、私の能力の偏り具合が分かろうというものだ。

 人との軋轢の生じない森は私のような人間にとって、極めて安心な空間なのだった。


 そんなわけで、私は、扉を叩きゆっくりと開いて先に進むイヴォンヌに続き、何の気負いもせずに普通の足取りで中に入ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……よく来たな」


 そう言って私を出迎えたのは、イヴォンヌの事前説明によるならば冒険者組合ギルドを取り仕切る組合長ギルドマスター・ナグレムである。

 老年にさしかかっているからか、未だ豊かなその髪には白いものが混じり始めているが、それでもまだ現役であることを示すように背筋が伸びて、肉体にも張りと迫力が宿っている。

 視線にも力が感じられるが、人を警戒している色はなく、むしろ冷静に物事を観察するのだろう知性の輝きが宿っていた。


 一筋縄ではいかない人物、とはこういう者を言うのだろう。


 ただ、決して頭が固そうな訳ではなく、ある程度柔軟に物事に取り組めそうなおおらかさも感じられる。


 良く言って好人物、悪く言って老獪、という感じだ。


「ええ。こんにちは、組合長ギルドマスター


 僅かながらに気まずい雰囲気が流れたその部屋の中で、一番はじめに口を開いたのはイヴォンヌである。

 彼女の妖艶な声はここでも変わらずに良く響く。


「あぁ……それで、イヴォンヌ。そちらの方は?」


 ナグレムの声に、イヴォンヌが答える。


「この前話したでしょう? この娘こそが、煉獄の森プルガトリオ・ボスキに小屋を拵えて快適な生活を満喫している凄腕の魔法薬師、ユーリよ」


「……!? この娘がか!? なぜ今ここに……?」


 驚きと同時に困惑をその表情に浮かべるナグレム。

 私は自己紹介と共に、正直にその疑問に答えることにした。


「はじめまして、ユーリと申します。職業は一応、薬師を。今日ここに来た理由は、イヴォンヌたちにナードラのことを聞きまして……遊びに、というか観光しに来ました。……あぁ、もちろん待ちに入るときは入市税を払いましたよ」


 とりあえず不法侵入ではないと言うことを伝えつつ、ここに来た経緯と簡単な自己紹介をしてみた。

 ナグレムがそんな私の答えになにを感じたのかは分からない。

 けれど、説明を聞いて頷いた後、イヴォンヌとアイコンタクトをした彼は、驚きをしまってゆっくりと挨拶をした。


「ふむ……ようこそナードラへ。私はこのナードラにおいて冒険者組合ギルドの長を務めている、ナグレムと言うものだ。よろしく頼む。……しかし、至って普通の方に見えるな。過剰に驚いて申し訳ない。貴女がもたらしてくれたショーギとリバーシ、それに薬の数々があまりにも素晴らしかったのでな……失礼ながら、もっと、年齢のいった方かと思っていた」


 困惑したような顔で、そんなことを言うナグレム。

 言いたいことは分からないでもない。

 私の教えた数々の遊技と薬はこの世界には存在しないものらしいのだから、そんなものを一挙に提供した人物がそれなりに高齢であると考えたことも理解できる。

 イヴォンヌたちが私の年齢や容姿などはある程度報告してはいただろうが、それは一種の気遣いのようなものだと考えていたのだろう。


「将棋とリバーシはともかく、魔法薬関係については私の発明というわけではありませんから。あくまで師匠に学んだものです。師匠たちはそれなりに長生きされた方達でしたよ」


 百年や二百年じゃきかなそうな人たちだったのは間違いない。

 吸血姫にエルフ。

 間違いなく長命であろう。

 しかも思い返してみれば吸血姫の方が年上っぽいような言動が多かったし……。

 一体いくつなのか聞いたら命の危険がありそうなので聞こうとは思わなかったが。


「ほう……良い方に学んだのだな。その方達は、学者か何かだったのだろうか?」


 何か探ろうとしているのは分かるが、答えようがない。

 学者だったのは間違いないのだが……。

 普通の人の尺度では何とも言い難い人たちだった。

 うそを言うつもりはないが正確に伝えようとも思っていないので、アバウトな説明をすることにする。


「学者のようなことをしていた時期もあったみたいでしたが、基本的には隠居に等しい生活をしていましたよ。たぶんですが……名声とかそういうものは求めていなかったんでしょうね。街や村を訪ねては、薬を無償で提供したりしていました」


「……それで、その方たちはいま……?」


「遠くにいます」


「……そうか」


 どう解釈したかは知らないが、ナグレムは目を伏せて少し黙った。

 それからわざとらしく明るい口調でナグレムは続ける。


「それで、ユーリ殿。貴女はこれからどうなさるおつもりだ? もし煉獄の森プルガトリオ・ボスキに住み続けるおつもりなら、それはそれで構わないが……。森の土地等についての許可関連は薬と遊戯の利益で既に貴女のものになっているからな」


「それは……ええと、ありがたいのですが、森の土地等、というとどこからどこまでになるのでしょうか?」


 どうやら私がすんでいる場所についてしっかり所有権の確保をしてくれていたらしい。

 今後、基本的にはこの世界にある法に従った行動を表向きはしていきたいと考えているので、そのために詳細について質問すると、ナグレムは驚くべき話をしはじめた。


煉獄の森プルガトリオ・ボスキについては、ほぼ全域が貴女の所有となる。あぁ、驚くには値しないぞ。ショーギとリバーシ、それに数々の薬品についての利益がかなりのものになっていてな……。一部を現物で支払うことにしなければ払いきれない、というほどになってしまっているのだ。だからどうせならば貴女の住居周辺の土地について譲与しようと言うことになった。それに煉獄の森プルガトリオ・ボスキはそもそもが見捨てられた土地だ。所有者が変わったところで特にだれも損をすることもない……」


 そのあまりの大盤振る舞いに何とも言えず、私は一瞬言葉に詰まる。

 ただすぐに現実的なことが気になりだした。


「あの森に関して所有権をもらえるのは素直にうれしいのですが、土地所有についてのこの国の税制は一体どのようになっているのでしょうか? お恥ずかしい話、私はほぼ無一文です。いきなりあんなに広い森を与えられて、それに見合う税を国に収めよ、とか言われてもどうしようもないのですが……」


 日本には固定資産税というものが存在する。

 名称は異なっても、この世界にだってそういうものがあってしかるべきだろう。

 そしてそれは土地の広さなり地価なりに比例して額が増加していくものなのだから、あまり広い土地をもらっても困るかも知れないと思っての質問だった。

 ナグレムはその質問に頷いて答える。


「その懸念はもっともなことだ。周辺諸国と同様、帝国においても、土地を所有するものからはその土地の地価に比例した税を納めてもらう法が存在する」


「でしたら……私はほぼ無一文ですから……」


 他の国もそうなのか、とナグレムの答えから理解できたことを頭の片隅においておき、私は答える。

 お金を持っていない以上、その提案を受け入れるのは難しい、と。

 しかしナグレムはゆっくり首を横に振り、私の答えを否定した。


「いや、貴女は巨額の資産をもっている。先ほどもいったが、貴女の提供してくれたものはそれだけの価値があるのだ。この国においては、新しい発明にはそれなりの権利が認められていてな。ギルドと国とで管理しているのだが、その登録はすべて貴女の名義で行っているため、これから先も貴女には定期的に巨額の金銭収入が保証されているのだ」


 日本にいたときに、妄想したことはあった。

 何かで特許をとってその収入で生きていく、とかそういうたぐいの妄想をだ。

 ただ思いもよらず実際にその機会が巡ってきたらしいことを知った私は、なぜだか分からないがものすごくこれはまずいのではないか、と思ってしまった。

 特許収入に頼り、何の仕事もしないで自堕落に生活していくうちに、人として取り返しがつかないほどに、堕落することになってしまうのではないだろうかと、そんな風に。


 それに、身の丈に合わない金額のお金を持っているというのは危険なことだ。

 宝くじの当たった人間、芸能界で活躍し始めた人間にはなぜか親戚が増えると言うが、それくらいならまだいい。

 いずれ金の無心が強要に変わり、終局的には命をねらわれるということになるかも知れないし、そうはならなくても私に金を無心するような煩わしい人間がやってくることになるかもしれない。


 そういう諸々を考えて、私は既にこれから送らなければならない特許料生活に嫌気がさしていた。


 よっぽど嫌そうな顔をしていたのだろう。

 ナグレムは苦笑しつつ、別の提案を始めた。


「その顔は……本当に心から嫌なのだな。貴女は面白い人だ。しかし土地の譲与自体を断るのは難しいだろう。だからこれについてはあきらめてくれ。貴女はそれだけのものをもたらしたのだ」


「……はい」


 微妙な気持ちでそう言った。

 ナグレムは続ける。


「だが、貴女にはもう一つ提案がある。それほど嫌ならば、土地だけ受け取ってもらい、税金については免除する、という方法がある。そしてその場合には貴女には登録した特許についてその権利を放棄してもらい、その収入については帝国に帰属することにする、というものもあるのだが……?」


「それでお願いします!」


 私は間髪入れずに頷く。

 ナグレムのいっていることの意味も十分理解した上で。

 それはつまり特許権的なものそれ自体を帝国に譲ればそのかわりに土地を非課税で譲ってやるとそういうことだろう。

 それほどまでに有用なものを与えたつもりはないのだが、私が与えたものは私が思っている以上に強いインパクトを与えたらしい。

 ナグレムはこれほど簡単に私が権利を手放すと思っていなかったらしく、少しだけ驚いたようだが、冒険者組合ギルドの長を務める人物だ。

 感情を長い間露わにしたりなどするわけもなく、すぐに冷静な表情に戻って細々とした手続きへと移っていったのだった。


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