第17話 ナードラ
「だからイヴォンヌ出してってば!」
「お、お客様! しかしイヴォンヌ様はAランク冒険者で、紹介がなければそう簡単には……」
「えー……? おっかしいなぁ。名前出せばいいって言ってたんだけど……」
そんな会話をふと耳にしたのは、イヴォンヌがもう一度、煉獄の森のあの小屋へと行くための準備のため、ナードラ冒険者組合に足を踏み入れたその瞬間だった。
どこか聞き覚えのあるその声に、ついこないだ出会った不思議な女性をすぐに思い出すことが出来たのは、運が良かったと言える。
なにせ、もしこの機会を逃していたら行き違いになっていた可能性もあったのだから。
見てみると、そこには恐ろしいほどに光り輝く銀髪を垂らした後ろ姿がある。
それだけでも、この女性は絶世の美女であると確信してしまうような、魔的な魅力がそこにはあった。
イヴォンヌとて、容姿に自信がないわけではないが、初めて明確に敗北を認めたのは彼女が始めてである。
しかも知識においてもイヴォンヌを遙かに上回り、性格も可愛らしく良い娘だった。
そんな彼女が、いまここに来ている。
イヴォンヌはあわててその声の主のもとへとかけより、背中を叩いて声をかけたーー
◆◇◆◇◆
とんとん、と背中を叩かれるのを感じて、私は振り返る。
冒険者組合のお姉さんとの会話に忙しい私の背中を叩くのは一体誰だ、と少し眉を寄せて振り返ると、そこにはあの妖艶な魔術師、そして我らがイヴォンヌ派の盟主たる美しき女性が微笑みながら立っていった。
「ちょっと、どうしたの? まさかあなたの方から尋ねてくるとは思わなかったわ……ユーリ」
「あっ、イヴォンヌ。 よかったー……このまま永遠に出会えないかと思った……」
がっくりと方を落とし、疲労を全身で表現する私に、イヴォンヌは、大変だったでしょう、とねぎらいの言葉をかけてくれる。
ついこの間が初対面だったとは言え、同じ魔法薬師として分かり合った彼女とは結構仲がいいつもりだったが、それは彼女の方でも同様だったらしい。
ありがたいことに、旧友と出会ったかのように友好的な笑顔で私を受け入れてくれている。
しかし、それとは異なり、奇妙な視線を向けてくるのは、さっきまで私と会話していた冒険者組合のお姉さん、それに周りにいる冒険者らしき人々だ。
代表してか、冒険者組合職員らしきお姉さんは、私に疑問の台詞を放つ。
「あ、あの……?」
「なあに?」
「イ、イヴォンヌ様と……お知り合いなんですか?」
私は首を傾げる。
「さっきそう言ったじゃない?」
「……本当だったとは」
どうやら職員のお姉さんは私の言葉を信じてくれていなかったらしい。
まぁ、イヴォンヌはこの美貌だ。
変な奴が絡みにやってくることもあったりして、苦労をしているのかもしれない。
冒険者組合はそういう輩を排除しようとして、だから私のような人間の台詞は信じないと……。
そんな予想をイヴォンヌに語ってみたら、手をひらひらと振って否定された。
「ないない。そんなんじゃないわよ。っていうか、もしそんな輩がいたら私、自分の力でのせるから問題ないわ」
「まぁ、そうだよね。一流の魔術師だし」
「……ユーリに言われると、ちょっとだけ自信がなくなるけど……」
「……? どうして?」
「いえ、いいわ。……それで、この人、ユーリは私の知り合いだから、もしまたこういうことがあったら、私に取り次いでくれる?」
イヴォンヌは私の疑問に首を振り、職員のお姉さんに話しかけた。
お姉さんはあたふたしつつ、しかし聞かねばならないと思ったのか、イヴォンヌに言う。
「あ、あの……一体どのようなお知り合いで?」
イヴォンヌは何の気なしに言った。
「あぁ……この娘は"リバーシ"と"ショーギ"の開発者よ?」
「なっ……」
お姉さんが絶句すると共に、イヴォンヌの言葉に耳をそばだてていたらしい、冒険者組合内の冒険者たちが、ざわついた。
イヴォンヌたちに色々教えてから、一週間が経っている。
どうやらその短期間でリバーシと将棋は冒険者組合内で一定の地位を獲得したらしい。
よく観察してみれば、冒険者組合内に併設してあるカフェ兼酒場のテーブルには腕を組みながら、リバーシもしくは将棋の対戦をしている冒険者たちがいた。
イヴォンヌに聞いてみれば、まず冒険者に暇つぶしとして提供を始めたらあっという間に大人気になったらしく、今では知らぬ冒険者はいないほどの遊びになったらしい。
特許のような制度もあり、商業ギルドにしっかり登録しておけば上がりがもらえるようで、ウラノスがすでに登録したという。
しかも、その登録者の名前は、私のものにしてくれているらしい。
「別に冒険者組合名義でもウラノス名義でも良かったのに」
そう言うと、イヴォンヌがため息をつく。
「もらえるものはもらっておきなさいよ……」
言いたいことは分かるのだが、私としてはこの世界において、まだお金を出してまでほしいと思えるものに出会ってないので、それほどお金お金という感じではないのだ。
日用品は自分で作れるし、主な娯楽も薬や道具の制作と、家庭菜園、それに付随する細々としたこと、料理、くらいだから、今のところ一銭も使う必要がないというのもある。
地球にいたらあれもほしいこれもほしい、となっていたかもしれないので、物欲がないというわけではないのだが……。
「ま、ユーリらしいと言えばユーリらしいわ。それで、今日はまたどうしてナードラにきたの? 観光?」
「そうそう。そんなところ。あと物価とか売ってるものとかもみたいなぁって思って。それと、冒険者って私でもなれる? ちょっとだけ興味が……」
「なれるなれる。登録料が銀貨一枚かかるけど、それくらいなら持ってるでしょう? ないなら私が出してもいいし、ショーギとリバーシの利益も積み上がってるからそこから出してもいいんじゃない?」
ふと気になって、イヴォンヌに聞いてみる。
「その積み上がってる利益って、どのくらい……?」
するとイヴォンヌは私の耳に口を寄せて、金額を言った。
とんでもない額だった。
「そんなに売れてるの!?」
「まぁ……製造しやすいし、面白いし、場所もとらないし、奥が深いと来たらね……すぐ広まるわよね」
「そうかもしれないけど……」
地球でだっておよそどんな国でも広まっているポピュラーな遊びだ。
しかも何百年と続く歴史があって、未だに人類はそれに飽きていないほどの。
むしろ広まらない方がおかしいのかもしれない。
「まぁ……お金があることは、いいことよね」
「そうそう、それくらいでいるといいわ。あ、私たった今、用事もなくなったことだし、よければ観光案内するわよ?」
「え、いいの? 用事がなくなったってどういうこと?」
「またユーリのところに行こうと思ってこの間の四人で準備してたところだったのよ。まぁ、無駄になっちゃったけど」
「そうだったの? 危なくすれ違いになるところだったわね」
「そうなのよ。ここで出会えたことを神に感謝してもいいくらい。他のみんなにも連絡しておくわ。それで、どう?」
「うん。問題がないなら、お願いしたいわ。いいかな?」
「ええ、もちろん。じゃあ早速行きましょうか」
「ええ」
ここまで話したところで、先ほどからずっと時間が止まっていた職員のお姉さんの時が動き出した。
あわてて、
「ちょ、ちょっと待ってください! さっきのお話が本当なら、まず組合長に報告を!」
そう言われてイヴォンヌが思い出したかのように言い出した。
「あぁ……そうだったわ。ユーリを街に連れてきたらまず自分の前に連れてこいって組合長に言われてたっけ……」
「あら、そうなの? だったら先に用事を済ませましょうか。予定が詰まっているわけでもないんだし……」
「日帰りってわけじゃないの?」
「ええ、一泊二泊はしようかなって……ともかく、私を呼んでいる人のところに行きましょうか」
「なんだか悪いわね、ユーリ。ま、ただの面通しだろうし、すぐ終わるでしょう……」
そうして、イヴォンヌは慣れた様子で冒険者組合建物を私を先導して二階へと進んでいく。
余談だが、私とイヴォンヌがいなくなった冒険者組合一階では、職員のお姉さんと冒険者たちのため息が漏れたらしい。
それがなぜなのかは、私にはよく分からなかった。




