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異世界で勇者パーティの保護者やってます!  作者: 丘/丘野 優
第1章 プロローグ、始まりから第一の出会いまで
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第15話 結成、イヴォンヌ派

「意外とこじんまりとしてるのね……」


 それは、私の家庭菜園を見たイヴォンヌの感想だった。

 実際、私の家庭菜園はイヴォンヌの感じたとおり、大した規模ではなく、せいぜいが日本で言う田圃たんぼ一反分くらいである。

 それでも狭い日本で生まれ育った私からしてみれば、分譲地四棟分くらいはありそうなその規模はかなりのものと感じられるのだが、この世界で薬草の類を育てる薬師たちはもっと広い畑を持っているのが普通なのかもしれない。

 気になって聞いてみると、イヴォンヌは答える。


「こんな森の奥に小屋を建ててしまうくらいなんだもの。大きな土地を確保したいからこんなところに隠居しているんだと思っていただけよ」

「森でそんなに広い土地は確保できないわよ」

「それもそうよね……でも、森の外に出れば平原もあることだし、そっちの方に作るとか」

「あぁ、そういう方法もあるわね。でもそれってここからだと結構歩くでしょう? 面倒で……」


 私の家庭菜園は、家の裏手にある。

 本当にすぐそこで、ほとんど歩く必要はない。

 イヴォンヌはそんな風に出不精な性格を疲労した私を笑って、


「気持ちは分かるけど、それなら私からしてみれば街から遠く離れたこんな土地を開墾する方が面倒な気がするけど」

「そこにはいろいろ事情があるのよ……」


 げんなりとそう言った私に何かを感じ取ったのか、イヴォンヌはその話題を切り上げて別の話をし始めた。


「それで、くだんの薬草はどれなの? 見るといろいろな植物を栽培しているみたいだけど……」


 家庭菜園に生える様々な植物を一つ一つ歩きながら検分しつつ、イヴォンヌはそう言った。

 そこには確かに狭い土地の割には多すぎるくらいの植物が生えているので、魔法薬師としてそれなりに植物に詳しいだろうイヴォンヌでもよくわからないものもあるらしかった。

 実際、元々私が持っていたいくつかの珍しい種を栽培したものも結構な数あるので、この辺りの土地の植生に詳しかったとしても判別できないものも多い。

 種のほとんどは大賢者から譲り受けたもので、その本来生えている場所、気候、条件等も教えられているのでこの土地でもどれも問題なく育っている。

 魔法とは偉大だなとこういうときに思う。

 何も隔てるものもない、ハウス設備なんて一切存在しないこの世界の畑においても、疑似的な温室栽培などが可能なのだ。しかも、畑全体を囲うことも出来れば、個別に囲い、気候調整まで出来るというきめ細かさ。

 これは前の世界でも一般的な技術ではなく、大賢者の研究に基づいた特殊な魔法技術なので、基本的に門外不出であるのだが。


 イヴォンヌは家庭菜園を歩きながら、徐々にその表情を変えていく。


「……これは、夏氷ナツゴオリ、こっちは寒冬早織カントウサオリ……こっちは、枯葉竹カレハダケ……どうして同じ場所で、しかも同じ時期に、すくすく育っているの!? おかしいわ!」


 などと叫んでいる。

 実際、彼女があげたどの植物も、生える場所、時期などばらばらなものだ。

 同じ土地に同じ季節に生育することはまずあり得ず、彼女の見識は非常に正しいと言える。

 ただ、私はその理由を説明する訳にはいかない。

 別に誰に言っても構わないと大賢者からは言われているのだが、この技術は私一人が使う分にはともかく、世界的に使われはじめると土地が急激に痩せたりしかねないものなのだ。

 だから、軽々に教えるわけにはいかないと私は思っている。

 私は自分の生きていく環境の確保のために好きに使っているけれど。

 でも土地が痩せないようにほかにも様々な見えない調整をしているので許されるのだ。

 私はイヴォンヌの話を流しつつ、目的の植物の前まで行って、魔物除けの話をはじめた。イヴォンヌも空気を読んだのか、特に不自然に話をずらした私を指摘することなく、私の言葉に耳を澄ませている。


「これが魔物除けの材料になる、水晶花だよ」


 そう言って私が指さしたのは、家庭菜園の中程に咲いている、透明な花弁の美しい花だ。

 葉っぱは薄紫色をしていて、光を取り入れる光合成ではなく、魔力を取り入れて生きているいることがわかる。魔力がある世界でしか存在できない可愛らしい花だ。

 咲いているその様がまるで水晶のように見えることから、前の世界では水晶花と呼ばれていたが、さて、この世界での名前など知らないのでなんとも言えない。

 ただ、これは別に前の世界から持ってきた種を栽培したという訳ではなく、この煉獄の森プルガトリオ・ボスキを散策しているときに、湖の畔に群生しているのを発見したものをいくつか移植しただけなので、問題なくこの世界でも利用可能だろう。

 それを見たイヴォンヌもまた、


「へぇ……水晶花にそんな使い道が」


 などと言っているから、呼び名に違いはないようである。

 ただ、未だに私の話している言葉と、彼女が話している言葉は厳密には言語が異なるので厳密にはニュアンスが違うかもしれないが。

 ただ、文法や基本的な単語などについてはもうほとんど覚えたので、話そうと思えば話せる。

 徐々に切り替えていって、完全になじまなければと思う。


「ちなみにだけど、製法はそんなに難しくはないわ。水晶花を水で煮詰めて出来た液体をある程度まで濃縮して、それにこっちの血水仙を乾燥させて粉末にしたものを混ぜるだけ」


 血水仙もまた、この世界にも存在することを森の中で確認している。

 独特のどす黒い血のように赤い花弁を持つ不吉な花なのだが、意外と薬として多くの使い道があるので重宝している。

 特にこの森に多い植物なので、血水仙が群生している様を見て、誰かが煉獄の森プルガトリオ・ボスキと名付けたのだろうかとふと思った。


「血水仙が薬に使えるなんて、驚いたわ。水晶花は割と使うのだけど、血水仙は不吉だと言われているし、毒があるから……」

「血水仙の毒は天日干しにして乾燥させればなくなるわよ。それに、血水仙は色々な薬に使えるけど……」


 そう言うと、イヴォンヌは目を見開いて、「えぇっ!?」と声を上げた。

 よっぽど意外だったらしい。

 私は続ける。


「たとえばただ乾燥させたものを煎じて呑むだけでも肝臓の薬になるし、魔力を込めれば鎮痛剤にもなるわ。それに別の材料と混ぜてだけど、治癒力を高める軟膏にもなるし……これほど使い出のある植物はなかなか無いわよ?」

「……寡聞にして知らなかったわ、というか、それ、どんな本にもたぶん載っていない話よ。私これでも結構色々勉強してる方だから……もしかして、失われた魔法薬?」

「どうかしら。私は師匠に教えてもらっただけだから……もしかしたらそうなのかも」


 こっちの世界ではもうすでに存在しない製法らしい。

 そんなものを明かしても良かったのかという気もしないではないが、別に極端に高い効力があるわけではないし、そもそも私は薬で死ぬほどお金を儲けたいとか思っているわけではない。

 そう考えると別にいいかなと思う。

 だからイヴォンヌに言った。


「今の話は別に広めても構わないわよ?」

「えぇっ。今のこそ隠しておくべき話じゃないの? もしかして、私信用ない? 黙っておけって言われたら、黙ってるわよ?」


 あまりにも慌てるので私は少し笑ってしまい、その私の顔を見たイヴォンヌが首を傾げたので私は説明した。


「いえ、そんなことはないんだけど……。いつかイヴォンヌがその薬を使いたいって思ったとするでしょう。そのときに、隠しておけって言われたから使うわけにはいかないな、っていう判断をされると……私がなんとなく嫌なのよ。だからいいの」

「……なるほど、貴女はトリトス派の薬師なわけね。よかった」


 突然出たその単語に、今度は私の方が首を傾げた。


「……もしかしてトリトス派、知らないの?」

「ええ、聞いたことがないわ」

「貴女って、物知りなのかそうじゃないのか謎ね……まぁいいわ。この世界の薬師には二種類いるの。トリトス派と、ロンド派よ。まぁ、別にみんながそう名乗っているってわけじゃないんだけど、なんとなくの分類ね。わかる?」

「あぁ……エール派か果実酒派か、みたいな話?」

「そうそう、それよ。それでトリトスっていうのは昔、世のため人のために働いた薬師で、その技術や知識を経済的に弱い者のために惜しげもなく使った人なの。ロンドはその逆、ってわけではないのだけど、むしろ多くのお金をとってそれによって薬師のための学校をいくつも設立した人よ。だから、まぁ……なんて言うのかしら。目の前の人を助けるためには薬の秘密なんて持たない、ってタイプがトリトス派、反対に薬の知識を専門的なものとして秘匿しておくことによって、むしろ多くの人にその恩恵を与えられると考えているのが、ロンド派ね」

「どっちもまぁ、わからないではない考え方ね。確かにそれで言うなら、私はトリトス派になるわ」

「でしょう?」

「イヴォンヌは?」

「私も……トリトス派かしら。まぁでもロンド派の考え方も理解できるのよね。だから、正確にはトリトス寄りの折衷派、という感じね」

「なるほど、それはいいわ。私もそうする」

「ふふ、それもいいわね。じゃあ、今日から折衷派はイヴォンヌ派と呼ぶことにしましょう」


 イヴォンヌは冗談めかしてそう言った。

 ここに、薬師としてのイヴォンヌ派が結成されることになる。

 まさかこんな冗談が、そのあと長く残されることになるとは私もイヴォンヌも考えていなかった。

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