開かない箱
「う~ん……ん~~?」
ポチポチとアプリで遊ぶ俺の横で、妹はしきりに頭を捻っている。
約一時間前、いつもの如くノックもなしに部屋へと侵入してきた妹は、鼻歌混じりに本棚から漫画を持てる分だけ持つと、ベッドに我が物顔で寝転びそれらを読み始めた。――が、何を思ったのか、ベッドを背にする俺の横に座ると、
「おにぃ、なんかクイズ出して?」
そんなことを言い出した。
クイズと言われても、普段そんなことを考えない俺に直ぐ問題を出せる訳もない。けど、まあ、たまにはこういう遊びも良いかと思い、妹をトレジャーハンターに例えたクイズを出すことにした。
「お、決めた?」
「ああ。妹よ、お前は世界中の宝を手にすることを決めたトレジャーハンターだ」
「おお! なんかかっこいい!」
それは何より。俺からするとはしゃぐお前はかわいいが。
「でな、ある遺跡を探検していたお前は、奥で一つの宝箱を見つけた」
「え~、一つしかないの?」
「そうむくれるな」
「ん」
少しばかり膨らんだ妹の頬とつつく。今年で高校生になったと言うのに、まるで赤ん坊のようにもっちりとした感触が返って来た。
「……その宝箱はな、俺とお前が入ってもまだまだ余裕がある大きさだ」
「おお! おっきい!」
「ここで問題だ」
「お、きたきた」
「宝箱を開けずに中の物を手に入れるには、どうする?」
「…………えー……」
おい、なんだその微妙にも程がある反応は。
「おにぃ、それクイズじゃなくて、手品だよ」
「まあ、そう言わずに考えてみろ。答えは簡単すぎて呆れるもんだけどな」
「んー……それが分からないのは、それはそれでなんか、やだ」
「だろ?」
「うん」
一つ頷くと、我が妹は答えを探し始めた。
で、冒頭に至る。
ちなみに、経過した時間は三十分。分かる奴は、聞いてすぐに分かるから、その場合は確かにクイズじゃないが、こいつには十分クイズとして機能したようだ。
「ん~……おにぃ、ヒントちょうだい!」
「ヒント? あー、そうだな……」
どう言えば良いか。
「その箱の中身をお前は知ってる」
「……余計わかんなくなった」
「これ以外の言い方だと、答えと変わらないからな。ゆっくり考えろ」
「ぅう~っ……!」
「唸るなって。と、そろそろ昼だな。ラーメンでも作るか」
スマホを置いて立ち上がると、妹も立った。
「野菜大盛りで」
「ラーメン屋みたいに言うな」
「あう」
額をつつくと、小さく鳴いた。
――で。
「む~」
ラーメンを食べている時も、
「ん~?」
部屋に戻った後も、ベッドに転がって妹は答えを探していた。
このままだと日を跨ぐ可能性もあるな。って、まさかな。
「…………」
そう思っていたが、外はすっかり暗くなり、もう夕食も入浴も済ませ、あとは寝るだけの時間になった。
その間、テレビを見たりもしていたが、笑っていた妹はクイズを思い出しては頭を捻り、また笑っては捻りを繰り返していた。そんな妹をかわいいと思った俺は、やっぱりシスコンだろう。
「――おやすみ。おにぃ」
「ああ。休みだからって寝過ぎるなよ?」
「分かってるよーだ」
そう言って妹が自室に入ったことを確認し、俺も部屋に入る。
時刻は十一時。寝るには、まだ早い。かと言って、高校の課題もなければ、なにかをしようと言う気もない。
まあ、そんな訳で、ベッドに潜りつつぼ~っとすることにしたんだが、少しずつ睡魔に襲われ、電気を消そうと思った時には意識が沈んでいた。
「……ぃ。おに……!」
頬を何かにつつかれながら、誰かの声が聞こえた。
いや、俺が聞き間違える訳もない。これは妹の声だ。少しずつ、意識が浮上していく。
「ん、あ……?」
「あ、おにぃ、起きた! あのね、あのね! 答え分かったよ!」
目を開くと、余程興奮しているのか頬を染め、大きな瞳をきらきら輝かせている妹がいた。
にしても、答え? ……あぁ、クイズ。
「お前、ずっと考えてたのか?」
「だって、眠れなかったから!」
あまり寝たような気はしないが、スマホで時間を確認してみると一時を回っていた。いつもなら、妹はとっくに眠っている時間だ。今日が日曜じゃなかったら、絶対に遅刻してただろうな。
「それで……分かったんだな?」
「うん! 分かった!」
体を起こしてあぐらをかくと妹はベッドに腰掛け、少しばかり軋んだ。その音で、こいつも大きくなったなと、改めて実感する。……今のままでも十分かわいいが、これからもっとかわいくなるだろうな。変な虫が付いた時は、どう始末してくれよう。
「おにぃ、なんか怖い顔してる」
「ん? あぁ、いや。で、答えを聞こうか」
「うん。答えは、手を入れるだけ。箱は、最初から開いてたんだね」
溜めることも勿体ぶることもなく、妹は言った。
なら、俺も変に溜める必要はないだろう。
「ああ、正解だ」
「開いてる箱は、開けようがないもん」
「一回、閉めない限りはな」
「それだとほんとにクイズにならないよ」
「だな」
応えると、妹が一つ欠伸を漏らした。
「そろそろ寝たらどうだ? 一気に来たろ?」
「うん……いどう、むり……」
「なら、久し振りに一緒に寝るか?」
勿論、冗談のつもりで言ったが、
「ほんと? やった~、おにぃといっしょ~」
舌足らずな口調で言うと共に抱きついて来た。
「お、おい?」
「すー、すー」
「……ま、いいか。お休み。――――。」