傘を売る本屋
家を出る際に雨が降っていて、傘立てに無造作に突っ立てられた四本の傘を見る度に、とある本屋のことを思い出す。四本の内一本はしっかりした傘で、元々買っておいたものだ。後もう一つ、可及的速やかに必要となった時に買った大きめのジャンプ傘だ。確かその時は、デカ目の荷物を持っていたからと言う理由で、少し割高なのを我慢してでかい傘を買った記憶がある。残り二本、少々小さめで、比較的体の大きめな自分には不釣り合いな傘がある。当然、傘立てにも他の二本からしてみれば、頼りなさげに立っている。この二本を見るだに、本屋のことと、その顛末が思い出され、憂鬱な雨もいくばくか楽しげに映る。
最寄り駅から大通りに抜けてすぐ、徒歩一分。駅近くの高物件というやつだ。いつか思い出せないほど前に立ち寄った時、怪しげな中古漫画ばかり扱っていたので、長らく寄り付いていなかったのだが、どこに行っても見つからなかったとある作家の本を惜しげもなくワゴンセールしているのを見つけてから、足繁く通うようになった。現金なもので、入ってしまえば本読みが足を向けるだけの価値はあるじゃないかと気に入ってしまったのだ。通勤の車内のお供はもっぱらこの店で仕入れている。お気に入りは新品で、しかもベッドの上で。と決めている自分からしてみれば、この手の都合のいい本屋が身近に出来たのは非常に幸いなことだった。
ある日、仕事を終え駅を出るといきなり雨に振られた。見事に駅を出た瞬間だったので、少し戸惑いながらもあまり濡れずに本屋までたどり着いた。通り雨だろうと高をくくって、しばらく時間を潰すことにした。しかし、普段から欲しい物が目移りしている状態だったので、用もなしに入ってしまうと、無性にウロウロして結局落ち着かなくなってしまった。結局、自分が一番買わないような本を手に取り、さして禁止もされていない立ち読みに耽ることにした。
が、いつになっても止む気配なく、このままだと無為に時間を消費してしまうことを恐れて、ワゴンセールの中から適当な一冊を抜き取りレジに向かう。何も買わないよりはマシだろうと、身分相応のしたり顔で会計を待っていると、足元のバケツに用も為さないような小さな傘が三百円で売られていた。弦のような細い持ち手の言い様によっては小洒落た傘だ。少々相好を崩した面持ちで、傘の追加も言うと、レジをしていた古株のバイトの目が怪しく光ったような気がした。濡れるのを覚悟で帰ろうと思っていたので、大した出費とも思わない。単行本を鞄に突っ込み、小さな傘を開き、左肩をぐっしょり濡らして家路に着いた。
しかし、上手い商売を考えるものである。急な雨に、この上ない立地と手頃な価格である。普段入らない客なら買っていくだろうし、足繁く通っている常連はその狙いをわかった上で敢えて買っていくだろう。なんせ本読みである。その手の裏に隠された物語を楽しまないわけがない。買いもしないで立ち読んだ本の代金くらいに受け取ってしまうのが、本読みの粋ってものだと思う。そんなこんなで、濡れる左肩も気にせず、つい愉快な気持ちになっていた。
それからしばらく経った後、仲間内で飲んでいたら急な雨に振られた。勢いが凄かったので通り雨だと分かっていても、早く次の店に移ろうと、後輩に人数分の傘を買いに行かせた。人数分の傘を持ち帰ってきた後輩に「いくら?」と聞くと、想定より遥かに安い金額を告げられた。例の本屋の向かいの百円ショップで買ってきたらしい。便利なものも売ってるもんだな、と仲間内で感心しながら傘を受け取ると、そこで初めて真相に気がついた。手元には弦によく似た持ち手の小さな傘。
一人狼狽する自分を尻目に、次の店に向かう仲間たち。してやられたと思いながら、その後を付いて行く。なるほど、本当に上手いことを考える。百円ショップで仕入れるものだ、仕入れ値なんてもっとたかが知れているに違いない。百円ショップで買ったにしたって、丸々二百円の儲けだ。ビジネスとして真っ当どころか優秀なくらい成立している。
その後家に着いて、傘立てに並ぶ小さな傘を見てついため息が出る。これはワゴンセール三冊分、お預けだな。
傘を売る本屋は今日も絶賛営業中である。どんな思惑で傘を売っていたか定かではないが、自分と同じ気持ちを味わった仲間が今日もこの店にいるのだろう。
とりあえず、駅から屋根続きで徒歩〇分の喫茶店で二百円の傘が売られ始めたことが、自分の寒さを紛らわすコーヒーの一杯分に変わったことだけは最後に言っておきたい。
どうして買ったのか分からないような要らない傘に、無理矢理理由をこじつけてみました。




