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求める先に  作者: 星葡萄
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第五十一話

 龍司にも既に、何となく解っていた。

 この島にある設備や、TDCの技術は『異界』から溢れ出たものだ。アーティファクトという規格外の兵器も、『異界』の技術があればこそ可能なものだ。

 結論から言えば、『異界』は既にこの世界に干渉し始めている。

「始めるぞ、優牙」

 静かに、龍司は告げる。

 耶江から活気が消えていた事が気に掛かったが、今はそれを考える時ではない。本当に全力を出さねば、優牙は倒せない。空間が隔離された事もあって、耶江と話す機会はない。この戦いが終わるまでは。

「ああ」

 優牙は静かに頷くと、右腕のバンダナを外した。

 龍司も両手にアーティファクトを取り出す。

「アーティファクト、全能力解放……!」

「密約に従い、我が牙となれ……!」

 龍司の両腕をアーティファクトの鎧が覆い、長大な槍が作り出された。槍と鎧に刻まれた幾何学紋様に光が走る。二つのアーティファクトに加え、初戦の後に悟から受け取ったもう一つのアーティファクトまでも解放する。剥き出しの胸部から腰にかけてを鎧が多い、槍となる分のエネルギーが足と額にプロテクターを形成する。

 同時に、優牙の左右の空間が揺らぎ、二つの人影が現れた。一方は、全身が溶岩で覆われ、陽炎を纏う人形のようなゴーレム。もう一方は全身が氷で覆われた、冷気を纏う人型のゴーレム。どちらも、人間二人分の身長がある。

「アーティファクトにそこまでの段階があるとはな……」

「お前が召喚契約を結んでいるとは思わなかったよ……」

 互いに視線を交わし、身構える。

 優牙はアーティファクトの大剣を両手に作り出し、ゴーレムを進ませた。

 戦闘は無言で開始された。

 二体のゴーレムが左右から龍司へと突撃する。ゴーレムがそれぞれ火球と氷球が打ち出す。龍司は水を纏う槍を左右に振るい、掻き消した。

 火球を冷却してエネルギーを打ち消し、氷球は水圧による熱で蒸発させる。

 一歩遅れて突撃してきた優牙が剣を振り下ろした。二つの刃を、力任せに龍司に叩き付けてくる。

 二本の槍で剣を受け止めた龍司へ、ゴーレムが攻撃を仕掛けてくる。タイミングをずらして、火球と氷球が放たれた。

 龍司は身を退き、ゴーレムの攻撃が到達する場所へ優牙を誘い込もうとする。だが、それを察してか優牙も身を退いた。

 直後、優牙が振るった剣から衝撃波が放たれる。

 直感的に、龍司は空間を跳躍していた。衝撃波を飛び越え、優牙の背後に降り立つ。

「なにっ!?」

 優牙が振り向きざまに刃を振るう。龍司は再度、空間跳躍を行って優牙の背後に回り込む。

 瞬間的に位置を切り替える龍司に、ゴーレムの攻撃が止まった。

「ちっ、化け物め……!」

 吐き捨て、優牙が剣を投げ放つ。両手の剣を、龍司のいる方角へと投げる。空間を越えて回避する龍司の足元に、優牙た剣を投げた。

 懐から取り出したアーティファクトを次々に剣へ変化させ、優牙はそれを投げつけて行く。

 龍司は後方に飛び退き、向かってくる剣を槍で弾き飛ばす。

 同時に、ゴーレムの放つ攻撃もいなしていった。

「出でよ!」

 優牙が叫び、新たな異形を呼び出した。

 四速歩行の獣のようでいて、皮膚は鱗のように光沢を放っている。ゴーレム同様、顔のパーツが存在せず、感情があるのかどうかすら怪しい。

「……なぁ、お前、どうやって召喚できるようになった?」

 ゴーレムを振り切った龍司は、優牙の背後に飛ぶと共に尋ねた。

「何が言いたい?」

「普通の人間に召喚なんてたいそうな事ができるとは思えない。契約するにしたって、どうやって異界の存在と契約するってんだよ」

 黙り込む優牙とは対照的に、ゴーレムと四足獣が龍司に突撃してくる。

 龍司は獣を槍でいなして後方へ弾き飛ばし、氷のゴーレムに槍の柄部分を叩き付ける。その返す刃で炎のゴーレムを切り裂いた。

「ただの人間に、異界と接する機会はないはずだ」

「僕は、自力で契約を結んだ」

 新たな異形を呼び出しながら、優牙は答えた。

「お前達と決別した後、僕は自力で生きて来た。生きるために、強くなるために何でもした」

 空間の揺らぎから、巨大な何かが這い出してくる。

「ある時、声が聞こえたんだ。力を貸してやる、とね」

 長い首に、巨大な身体と大きな翼。鋭利な爪を持つ太い腕と足に、長い尻尾。まるで身体の表面に血管があるかのように、浮き出た筋が脈打っている。龍と形容するにはあまりにも醜く、グロテスクな存在が優牙の傍らに現れた。

「そうか、異界からお前に接触したのか……」

 龍司は一瞬、目を伏せた。

「なら、お前も俺と同じだな」

「なんだと……?」

「お前も化け物って事だ」

 龍司は告げた。

「異界が契約のために接触するのは、素質がある人間だけだ」

 普通の人間には、異界の存在を使役したり、空間を越えて異形の存在を呼び出す事などできない。それを行う前に、精神力も体力も尽きてしまうからだ。

「これがどういう事か、お前なら解るだろ?」

 龍司は問う。

「黙れ……」

 優牙が呟いた。

 敵意を剥き出しにする優牙の表情は、鬼のようだ。

「もう、止めようぜ、異界に振り回されるのは……」

 そもそもの始まりは、異界がこの世界に干渉した事だ。シャオがこの世界に来た事も、異界からの干渉に他ならない。

 異界が無ければ、龍司は生まれなかった。だが、異界が無ければ、シャオ、龍司も、優牙も、存在しない。無論、TDCやゼロも。

 もしそれら全てが存在しなかったら、どんなに平和だっただろうか。

 龍司自身、自分の生い立ちや、扉を巡る競争も、全てが異界によって仕組まれていたのではないかと思い始めている。

 自分の願いが、揺らいでいる。

 今まで、龍司は自分の意思で生きてきた。それだけでも十分だと、悟は言っている。

 普通の人間になったとして、何か変わるのだろうか。何故、普通の人間になりたかったのだろうか。

 優牙が、龍司を人と認めなかったから。

 だが、契約を結べた優牙は、龍司に近い。純粋な人間には、異界の力を扱う事はできないのだから。

「少なくとも、お前にも異界の血は流れてる」

「黙れ!」

 優牙が駆け出した。

 巨大な異形の龍が尻尾を龍司へと振るう。優牙が剣から衝撃波を放ち、その上で龍司へ飛び掛る。

 尻尾を槍で切断し、龍司は衝撃波を正面から受けた。強烈な衝撃に耐え、優牙が振り下ろした剣を槍で払う。

 優牙は新たなアーティファクトから作り出した剣を突き出し、龍司がそれをもう一つの槍で捌く。突き出した剣を直ぐに捨て、優牙は更にアーティファクトを取り出した。

 二つ同時に剣へと変化させ、至近距離から龍司に投げ付ける。

 今までの戦闘と違って、優牙の攻撃が形振り構わぬものとなっていた。

 龍司が優牙と距離を取った瞬間、グロテスクな龍が間に割って入った。

「邪魔をするなぁっ!」

 龍司は叫び、右手に持った槍を投げ付ける。

 優牙が衝撃波で槍を吹き飛ばした瞬間、龍司は空中へ空間跳躍で移動し、槍を掴んでいた。空中で掴んだ槍を、龍の眉間に突き刺す。

「弾けろ!」

 突き刺さった槍に力を込めた瞬間、アーティファクトが内側から弾け飛んだ。一瞬にして龍の頭部が粉々に砕け散り、絶命する。

「龍司ぃっ!」

 肉片を浴びる事も厭わず、優牙が突撃してきた。

 突き出した剣を、龍司は掴んだ。アーティファクトの装甲に覆われた掌が刃を食い止める。

「優牙ぁっ!」

 龍司がアーティファクトを強く握り締める。

 刹那、剣が光へと変化し、槍へと再形成された。それも、龍司の手に柄が納まるように。

「くそっ!」

 優牙はすぐさま距離を取る。

 片手に二つずつ、計四つのアーティファクトを取り出した優牙が、それを投擲する。空中で剣に変化したアーティファクトは、収納された刃を展開して鎌となり、回転しながら龍司へと向かう。

 地面に槍を突き刺し、棒高跳びのように鎌を飛び越え、龍司はもう一方の手に握った槍を振り下ろした。

「優牙、もう、終わりにしよう」

 一言一言を噛み締めるように呟き、龍司は駆けた。

 優牙の剣が放つ衝撃波を、真正面から浴びる。今まで以上に力の込められた衝撃波を浴びる度に、鎧が壊れていく

 額の防具が吹き飛び、肩当が砕け散る。頬が裂け、血しぶきが舞う。胸部の鎧に罅が入り、脛当てが剥がれ落ちた。左腕全体を覆う鎧に亀裂が入り、崩れるように砕けて行く。

 それでも、龍司は速度を落とさなかった。

 もう、空間を飛び越えるだけの体力はなくなっていた。

 開いていた距離が縮まっていく。

 振り下ろされた剣が横合いから打ち付けられた槍に弾かれ、舞った。

 龍司は手首を返し、槍を引き戻すと、その切っ先を優牙の鳩尾へと突き込んだ。

 槍は、龍司の手に触れるほどまで深く突き刺さる。

 身体をくの字に折り曲げ、目を見開く優牙と、目を伏せ、俯く龍司。そのままの体勢で、二人は固まった。

 傷口から溢れ出た優牙の血が、龍司の手を経て、槍の塚尻まで伝い落ちる。

 ほんの一瞬が、一時間のようにも感じられた。

 無言のまま、龍司は槍を引き抜いた。

 優牙が崩れ落ちる。

 仰向けに倒れ、目を開けたまま息絶えた優牙に背を向け、龍司はアーティファクトを結晶に戻した。直後、龍司の鎧となっていた三つのアーティファクトが砕け散った。光となって四散するアーティファクトに、龍司は微かに驚いていた。

 使用していた龍司自身は何も感じてなかったが、相当な負荷をかけていたらしい。

 優牙が使用していた剣は使用者が死んだ事で結晶に戻っていた。そのアーティファクトをいくつか拾い上げ、龍司は何もない空を見上げた。

「終わったぜ、じいさん」

 龍司は告げる。

 因縁に決着をつけたというのに、後味が悪い。

(残るは、耶江と、シャオか……)

 心のうちで呟き、龍司は大きく溜め息をついた。

 もう、願いは決まった。

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