第四十八話
ゼロとダイアンは、遥か果てに飛ばされたようだ。そこは茫漠たる空間で、何もなかった。終わりも最初も、上も下もない世界。色彩すらなく、自分達がちゃんと立っていることすら分からない世界だった。
「なに? これは? ここはどこなの?」
二人とも同時に叫んだ。
ダイアンは、ブーメランのアーティファクトを持っているが、ゼロは何も持ってはいない。けれどもゼロは手ぶらでも、不気味な微笑を浮かべていた。
「どうやら、コワルスキーは負けも勝ちもしなかったみたいね。あいつが負ければ、ボクはもう存在していないし。でも存在しているってことは、あいつが勝ったってことなのかな? 違う。あいつはパウザを愛していた。だからパウザもあいつを殺せない。ボクが優牙を殺せないのと一緒」
「ごたごたと御託を並べていないで、勝負したらどうよっ!」
とダイアンが叫んだが、ゼロはどっかと腰を下ろした。
「ボクはしない。だって、君もボクも所詮は誰かの手で作り出された、まがい物じゃないか。どっちも、クローンの端くれなんだよ。見ただろう? さっきのあのおびただしい出来損ないのクローン達を。ボクと君は、コワルスキーの最良な物と、ダイアン一号の最も進化したもの。だけど、結局人間じゃなく、まがい物に過ぎない。
ひとつ聞いていい? ダイアン、君はなぜここに参加した?」
「やる気が無いなんて、許せないわよ。幾らあんたが優秀だからって、わたしは負けたくないから」
「同じクローンのくせに」とゼロはせせら笑う。「おばかね、あんたは」
「わたしは馬鹿じゃない!」
悔しそうに叫ぶと、ダイアンはブーメランを振りかざした。
「あんたが、コワルスキーと同等の頭脳をもっていたとしても、わたしには勝てないわよ。わたしはね、ゼロ、復讐しに来たんだ。
わたしの祖先アボリジニが、大昔から白人達にどんな扱いを受けたか知ってる? ほとんど絶滅しかかったんだよ。それも白人達は、自分達が優秀だと思い込み、わたし達祖先の地を奪い、そして皆殺しにするつもりだったんだ。長い間、わたし達は貶められ、卑しい種族として蔑視されて育ったんだよ。
わたしには分かる。なぜかって? それはわたしがクローンだからよ。クローンだから、先祖の苦悩や苦痛が身をもって分かるの。脈々と繋がっている思考が、わたしの中に流れているんだよ。
だから、わたしは扉の先に行って、あんたたちを抹殺したいんだ! どいて! 勝負はもう決まったも同然。このブーメランが飛ぶと、あんたの首も飛ぶ。それが嫌なら、負けを認めるんだね」
「おやりよ、ダイアン。クローン同士争ってどうするのさ。シャオが多分どこかで哂っている」
「関係ないね。わたしはどうしても扉の先に行きたいんだから!」
ダイアンは構えると、使い慣れたブーメランを飛ばした。それは空中で見事に弧を描き、ゼロの方にビューンと向かっていった。そして、ゼロの首元にブーメランが当たった!
ところが、ゼロは瞬間的に消えたのだ。そしてブーメランがダイアンの手元に戻ってきたとき、ゼロは再び姿を現した。
「なぜ!? なぜなのっ!」
「フハハハハ! 馬鹿ね。宇宙の“紐理論”を知っているか? わたしは瞬間的に、分子化されたんだよ。それで消え、そして現れたように見えるけど、でも存在していたんだ。人間はね、死んでも紐理論として、空間の揺らぎが作る物質として永遠に生きるんだ。それは今では常識さ」
ダイアンの瞳から大粒の涙がこぼれた。
「わたしは先祖の意向に添えない」
「そんなことはないよ、ダイアン」
急に優しい声でゼロは言いかけた。
「コワルスキーも愛に目覚めた。だからボクもそうなんだ。ボクも……人を愛することが出来た。だから、殺し合いなんて馬鹿らしい。だろ?」
涙にむせながら、ダイアンはうなずいた。
「これからは、もう白人有色人関係なく、一緒に暮らそうよ、ダイアン」
「うん」とダイアンはこっくりと頷いた……。
ゼロ vs ダイアン=イーブン