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求める先に  作者: 星葡萄
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第四十六話

「……おかしな所だ。空気が澄み切り、音が死んでいる。自分の声すらも変に聞こえるな。……そうは思わないか、コワルスキー」

パウザはさながら、音波を拾うパラボナアンテナの様に左右にゆっくりと首を振りながら、目の前で静寂に佇むコワルスキーに声をかけた。

二人は、引いては扉の前にいた全員は、シャオの手によって別の空間へと移され、さらに対戦カードごとに空間を分けられていた。今もどこかで戦いが始まっているかも知れない。

クジによって、幸か不幸か、パウザは真っ先にコワルスキーと当たる事が出来たのだ。

「興味ない。感傷に浸っていられる程、悠長にしてもいられないしね。……ジョシュア、君はボクに言いたい事があるんだろう?」

「そうカリカリするなよ。折角の感動の再会だ、もっと喜べよ、この状況を。邪魔な介入者(ナイア)もいない、俺達だけの空間だ」

クックックッ、と。パウザは嗤う。龍司と共に行動していた時と打って変わり、凶悪に凶暴に嗤う。

「八年。日本語(ジャパニーズ)にすればたった二文字。感傷に浸る時間もない?俺はアンタに会えて、こんなに嬉しいんだ」

「ボクを殺せるからか?」

「……あぁ、そうだ。この八年間、アンタを忘れた事は一秒だってない!ずっと覚えていた、忘れる筈がない!あの日、満月の夜、アンタが俺に、……『僕』に何をしたか、忘れた訳じゃないだろう!?」

犬歯を剥き出しに叫び散らすパウザ。コワルスキーは無表情(スカルフェイス)を歪ませ、ばつの悪そうな顔をした。

二人は、対峙する。かつて求めていた者と、今まさに殺気を放つ者は、対峙する。

「……僕は、アンタが好きだった、と思う」

不意に、ポツリとパウザが語りだした。先程の激昂と違い、静かに、泣きそうに。

一方のコワルスキーは、驚愕に目を剥いてパウザを見つめる。その視線は、何かを促している様に。

パウザはコワルスキーに歩み寄りながら、語り続ける。

「いや、『思う』じゃないな。アンタを尊敬していた。崇拝……そう置き換えてもいい。アンタは俺の自慢だった。

俺を、僕を孤独からすくい上げてくれた恩人だ。アンタの言う事ならなんだって聞いた。……なのに、何で……」

胸ぐらを掴む。頭一つ分大きなパウザが掴んだせいで、コワルスキーは知らずつま先立ちになった。

「何で、僕……俺の前から姿を消したんだ!」

――違和感。

コワルスキーは、頭に何か引っかかるものを感じながらも、パウザを見つめ続けた。

違和感の正体は分からないまま。

「……もう、これ以上言う事はない。俺は、アンタを殺す」

「……そう。君に殺されるなら、別にいい」

自分が死ねばゼロも死ぬ。その考えも勿論あったが、ただ純粋に、パウザ……ジョシュアに殺されるのなら構わない。そう思えた。

パウザは歯を食いしばり、一閃。コワルスキーの頬を力一杯殴り飛ばした。

「ふざけてんのかテメェ!ちゃんと反撃しろ!でないと、……俺が何の為にテメェを殺すのか分からねぇだろうが!自分から死を選ぶな!生きようと思えよ!俺を、俺を殺しに来い!」

――また、違和感。

倒れ伏せたまま、埃一つ見えない地面に額をつけたまま、コワルスキーは微動だにしない。

彼女は考えていた。違和感の正体を。

「立てよ、コワルスキー!アンタはまた、俺から逃げるのか!」

――違和感は、続く。

何か。決定的に致命的な何かが、食い違っている気がする。それはまるで、建築物の重要なボルトが外れかけている様に、些細に多大に。

(……何かが、違う)

でも、何が?コワルスキーは自問するが、答えは出ない。

「立て、っつってんだろうがクソアマ!」

パウザの放つ蹴りは、コワルスキーの鳩尾に突き刺さる。喘ぐ暇もなく、パウザの猛襲が続く。

(……記憶が、食い違ってる?)

満月の夜。その時、自分が起こした『ハズ』の惨劇。

(……駄目っ。これ以上は考えちゃいけない!)

もし、そこに『誤差』が生じるのならば、

(駄目だ、私は今、死ぬ訳にはいかない!)

顔面を狙うパウザの爪先蹴りを両腕でガードし、反動で後ろに転がりながら立ち上がる。二〇面体の物質を取り出しながら、コワルスキーはパウザを見つめる。

「それ以上は喋らないでくれ、パウザ。聞く訳にはいかない。ボクがボクじゃなくなりそうだ」

「……何か知らねぇが、ヤり合うって事か!?そうだよ、そうこなくっちゃな!でないと殺し甲斐がねぇ!八年間、たっぷり募った怨みを簡単に晴らしちまったらつまらねぇからな!」

パウザは二つの音叉を取り出し、それらを逆手に構える。

キリリ、と。コワルスキーは髪の毛よりも細い弦を手繰りながら、呟く。

「アーティファクト・『氷の城塞(グラキエス カステルム)』。ボクのボクによるボクの為の防壁だ。いくら君とは言え、これを打ち破る事は出来ない」

ヒュルルル、と見えない弦がコワルスキーを守る繭の様に、覆い尽くす。まるで、そここそが自らの聖域と言わんばかりに。

パウザは歯を食いしばりながら、右手を背後に振りかざす。

「このクソアマがぁ!テメェは逃げてばっかじゃねぇか!」

音叉を振るう。全てを吹き飛ばす暴風の様な衝撃波が、白い繭を打ち付ける。

しかし、それでも。コワルスキーを守る繭を破壊する事は出来なかった。

「……ったく、面倒くせぇ!」

両手に持つ音叉を重ね、大きく振り下ろす。二本の音叉から弾き出された衝撃波が繭を撃ち抜く。

「遅いよ、ジョシュア」

背後からの声。まったく、何の音沙汰もなく、コワルスキーの声。

気付かぬ一瞬、ほんの瞬き、微かな刹那の内に。全身に絡みついた弦はパウザのあらゆる行動を奪い取った。

コワルスキーは動けないパウザの目の前に立ちながら、申し訳なさそうに俯く。

「……やはり、駄目だ。ボクは君にだけは殺されてはいけない気がする。少なくとも……何も知らない今の状況では」

「……どういう意味だ?」

「あの夜、君にした事だけは覚えているんだ。ボクが殺した子供達……その記憶だけが抜け落ちているんだよ」

「なっ、ん、だと……?」

「精神科の医者の話では、精神的なショックによる記憶の封鎖らしい。思い出せないんだ、どうしても」

呆気に取られるパウザだが、しばらく放心していると、

「……ク、ハハッ」

笑いだした。

「そっか、あの時の事を覚えてなかったのか!アッハハハハハ!何だよそりゃ、俺は、俺はこんな奴をずっと、恨んで……クク、フフハ、アッハッハッハッハ!」

それはまるで、何かを諦めた様に見えた。コワルスキーはパウザの豹変ぶりに、思わず後ずさる。

「知らない内は死ねないっつったよなぁお前?だったら教えてやるよ、あの日、何があったかをよ」

パウザは、嗤う。

この世の全てを憎む様に、ただ嗤う。

「ヒャハッ、そして思い出せ。貴様は俺に何をしたかをよぉ!」





†††††††††





満月が空高くに昇るのを、僕はずっと眺めていた。

無人の廃墟を寝床にしていた僕の前に少女が現れて、二人だけで暮らしていたが、急にこの施設に連れてこられた。最初は誘拐かと思ったが、ここには僕と同じ様な境遇の子供達が沢山いたし、実際の住み心地は最高だった。

満たされた空間。暖かい部屋に、温かい食事。何もかも、前と比べると最適だった。

――筈なのに。

「……コワルスキー……最近、会ってないな」

胸にポッカリと、穴が開いた様な気分だ。敬愛する友人と引き離された僕は、満たされない。

例え周りの子供達が似た境遇で、それでも僕に笑顔を向けてくれたとしても。

この施設の全ての子供達の笑顔なんかより、ただ一人の少女の笑顔が見たい。

「……会いたいな」

まだ、深夜と呼ぶには早すぎる時間帯。この部屋は相部屋で、他の子はすでに寝静まっている。僕だけが夜空を見上げていた。

コン、コン……。

ドアをノックする音が鼓膜を刺激し、僕は反射的にベッドに横たわった。消灯時間は既に過ぎていて、もしこれが施設の大人の見回りだとすれば、どんな小言を言われるか分かったもんじゃない。

(……でも、あれ?)

不意に気付く。見回りだとするのなら、どうしてわざわざノックするのだろうか?就寝の確認の為ならば、そんな事はしない筈だ。

(……もしかして、誰か訪ねてきた?)

その可能性が浮上してくる。僕はベッドからヒンヤリと冷たいフローリングに降り立ち、ドアの向こうの誰かに声をかけた。

「……誰?」

本当に見回りだったら、僕は自分から起きてる事を教えている様なもんだよなぁ。そんな事を思っていると、ドア越しに返事が聞こえた。

「……ボクだよ、ジョシュア」

――少女の声に、心臓が高鳴る。聞き間違える筈がない。自分の事を『ボク』と言う少女を、僕は一人しか知らない。

「コワルスキー!?」

嬉しさのあまり、夜にも拘わらずに僕は大声を挙げながらドアを開けた。

そこには、見慣れた少女がいた。幽霊の様に真っ白な少女。

ただ、いつもと様子が違っていた。その小振りの両の手には、短機関銃(サブマシンガン)が握られていた。

「……コワル、スキー?」

僕が再び声をかけると、コワルスキーは、ただ残虐に嗤い、

「……ボクはね、君が好きなんだ」

告げた。

「君の一番でなきゃイヤ。君が傍に居なきゃイヤ。君が誰かと笑っているのがイヤ。君にボク以外の大切なものがあるのがイヤ。君の心がボクに向かなきゃイヤ。君を好きな子が出来るのがイヤ。君がボクの物にならなきゃイヤ。君とボクが離ればなれになるのがイヤ」

嗤って。

「ねぇ、ジョシュア。この場で答えて。……君は、ボクが欲しい?」

うん、と答えた。

「ボクより大切なものはない?」

うん、と答えた。

「ボクには、君が必要。君が居ないとボクは生きていけない。……ねぇ、ジョシュア。契りを交わそう?」

うん、と答えた。

「……ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」

嗤いながら、コワルスキーは僕に短機関銃を差し出してきた。コワルスキーが握っていた、仄かに温かいグリップを僕に握らせながら、コワルスキーは告げた。

「ボクを選んでくれるなら……証拠、見せてよ」


――とりあえず、相部屋の子供達を殺した。





†††††††††





「銃声を聞きつけてきた大人も殺した。跳ね起きて逃げ惑う子供達も、全員。あの時、みんなを殺したのは俺じゃないか、コワルスキー!」

犬歯を剥きだして、パウザは慟哭の様に叫ぶ。

「あの時、アンタは殺す手順、逃走経路の逆算、人間の行動心理、それら全てを俺に命じただけで、何もしなかった!アンタは誰も殺しちゃいないんだよ、全部俺が殺した!」

激昂するパウザとは逆に、コワルスキーは青冷めた表情でパウザを見つめている。

「そん、な……筈、は……」

「『ない』とでもいいたいのか?でもな、事実だ。アンタは俺に施設中の人間を皆殺しにさせた。……聞いた話じゃ、その後、アンタは開き直って多くの子供を生体実験で殺したみたいじゃないか?ハッ、過去に人を殺した『つもり』だからって言い訳つけて逃げてたんだろ?でもな、知ったからにはもう言い訳も出来ねぇ!それはアンタ自身の罪なんだよ!」

「嘘だ!」

涙を浮かべ、コワルスキーは首を横に力強く振るう。

「嘘だ嘘だ嘘だ!そんなの嘘だ!そんな筈はない、そんな筈はないんだ!」

「事実だっつってんだろ」

「だったら!……だったら、ボ、ボクが今までにやってきた事は、まるで、馬鹿みたいじゃない……こんなのってないよ……」

力尽きたのか、膝を突き、座り込むコワルスキー。未だ弦に束縛されているパウザは口端を歪め、ニヤリと嗤う。

「おいおい、何を完結しようとしてんだぁ?まぁだ続きがあんだよ、聞けよ」

ハハッ、と笑いながら空を仰ぐパウザは、語る。

その醸し出す雰囲気はまるで、子供に絵本を読んでやる母親の様に、優しい。

「さっきも言ったが、あの時の俺ぁアンタを崇拝していて、何でも言う事を聞いた。アンタが頼むから、殺した。そこに間違いはねぇし恨んじゃいねぇ。

……だけどな。全ての死体を外に運び出して、アンタの前に積み上げた俺を見て、アンタはどうしたと思う?」

それこそが、違和感の正体。

コワルスキーは、脳裏をよぎった考えを、口には出せなかった。

それは、

コワルスキーという存在を、根底から崩壊させる想像。

「……イヤ、やめて」

「やめねぇよ。……死体の山を見たアンタは、俺を、」

「それ以上は、言わないで。駄目、駄目ッ、」

「アンタの命令で人を殺した俺を、」

「駄目ぇッ!」

「アンタは、拒絶したんだ!」





†††††††††





積み上げられた死体。大人も子供もみんな、まるで塔の様に積まれている。

コワルスキーは、死体の山を作った少年を前に、後ずさりした。

「……イヤ。来ないでッ!」

その時、

少年の中の『何か』は崩壊した。





†††††††††





「愕然としたさ!殺してくれと命じた奴が、俺を拒絶したんだからな!アンタは俺から血塗れの銃を奪い取り、恐怖し続けた!」

今度ばかりは耐えきれなかったのか、コワルスキーは両手で顔を覆い、泣き崩れた。

「人間ってのは、恐怖から逃れる為に、二つの道を取るものらしい。恐怖を前に逃避するか、恐怖そのものと同化するか。アンタは後者だった」

恐怖と同じ存在になって仕舞えば、恐れる物はない。当然だ。自分自身が怖いという人間はどこにもいないのだから。

「だからアンタは俺を目を潰し、俺を暴行してムリヤリ契りを交わした。俺の目の代わりになる事で、俺と同化しようとした」

嗚咽を漏らして泣き崩れるコワルスキーを余所に、パウザは自分の身体を戒める弦の存在を思い出した。

「……解け」

ビクリ、と。声をかけられた事で身体を震わせるコワルスキーに、パウザは告げる。

「この弦を解け、っつってんだよ!」

「う、ん。……分かった」

抵抗はない。コワルスキーはパウザの身体に絡み付いていた弦を解き、座り込んだままパウザを見上げた。

「……ボクを、殺すの?」

「テメェはどうしたいんだ?死にてぇのか、生きてぇのか」

「……死にたい。君に、殺されたい。君以外の人間に殺されたくない」

例え殺すのが自分自身でも、今のコワルスキーには出来なかった。

パウザは無言のままコワルスキーの胸ぐらを掴み、立ち上がらせる。

「抵抗しろ。……このまま何もせずに、何の償いもせずに、また逃げる気か?あの時、虐殺した罪を自ら背負った様に」

「……出来ない。出来る筈がない」

「……あぁ、そうかよ」

パウザが手を離すと同時に、コワルスキーが崩れ落ちる。精根尽きたと言わんばかりのコワルスキーの顔面に、掬い上げる様に拳を叩き込む。無抵抗のまま仰向けに倒れ込むコワルスキーに向かって、パウザは言った。

「……ハァ。殺る気失せた。もう今のでチャラにしてやるよ」

ニカッと。パウザは笑う。

それは、先程までの残虐な笑みとは違い、

コワルスキーの知る昔のパウザ、ジョシュアの笑みそのもの。

「……は?」

思わず訊き返す。

「お前は自分の意志を他人に仮託しすぎなんだよ。もっと自我を持て……って言おうとしてたケド、その必要もなさそうだしな。だってお前、死にたくないって言えたじゃん?」

「いや……死にたいって言った気がするんだけど」

「俺に殺されたい、他の奴に殺されたくない。つまりホラ、俺が殺さない限りは死なないって事だろ?」

あっ、と。コワルスキーは口元を両手で押さえた。

「お前も俺も、これからを生きなきゃいけない。生きて償わなきゃいけない。ゼロを殺せば自分も死ぬ、なんて馬鹿な事を考えるな。もしもお前がそんな事をするんだったら、俺は全力でゼロを守りきるからな」

「……うん。分かった。……真相を知って仕舞った以上、君以外に殺される訳にはいかない」

だから、と。コワルスキーは続ける。

最後の死期まで、君の傍にいるよ、と。





†††††††††





コワルスキー△―△パウザ(ドローゲーム)

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