第四十話
「やあ・・・・・・コワルスキー。待ってたよ」
異界の扉前は無音。その空間内にゼロの声だけが不気味に響き渡る。
「ゼロ・・・!!!」
コワルスキーが視線を上にやると、そこには衰弱しきって気を失ったサマンサがぐったりと、正体不明の巨大装置に繋がれている。
怒りに震えるコワルスキー。
ゼロはそれを冷たく嘲笑うかの様に見ながら、同行してきたキーファへ視線を移す。
「案内役、ご苦労さまだったね」
キーファは静かに知的に美しく笑う。しかし、その視線はゼロに向けられているようで、その後方のサマンサ、それとも一番奥の異界の扉へ向けられているかは不明である。
「ゼロ。お前は此処で“ワタシ”と共に死ぬんだ。今すぐな」
その20分前――――――
コワルスキーとキーファは、シャオが導いた道をひたすら走り続けていた。
「キーファ・・・お前、何を企んでいる」
「おいおい、それは此処まで君を無事に案内してきた恩人に対する言葉かい?」
「もちろん感謝している。本当のところ、いつどこでお前に仕掛けられてもいいよう警戒は常にしてきたんだがな。まったく予想外だったよ」
「ま〜あ、確かに企んでいないと言えば嘘になるかもね♪」
(やっぱり・・・・・・)
「人間とそのクローンの対決なんてそう見れるもんじゃないよ」
「ボクが聞いているのはお前の真の目的だ」
「道化師がそう容易く他人に本音を打ち明けると思うのかい?たとえ君に打ち明けたとしてもそれは嘘で塗り固められたものかもしれないのに?」
「別に構わない」
前を走っていたコワルスキーはその足を少し緩めキーファの横に着いた。
「ふん、どうしたんだよ。自分の死が近づいてきたから、嘘つき道化師の話に耳を傾けてやろうとでも思ったのかな?」
「そういうことだ」
「・・・」
キーファは何処か感慨深げな様子でコワルスキーを見た。それは彼がこれまでに見せたことの無い表情だ。
「つい最近まで、自分の存在に意味や価値など見い出そうとするんて、馬鹿馬鹿しい行為と思っていた。そんな事はこの世に“無”の状態で放り出されてから、自らが付け加えていくものだからね。僕はこれまで必死にあらゆる文献を読み漁り、知識を、情報を詰め込み続けてきた。世界中の総ての情報を網羅することで自己満足していたのさ。しかし、未だに解らない事が一つある」
「・・・?」
「人間の“愛し方”だよ。悟やダイアンも含め、僕たちクローン人間には、この器官がどうも欠如しているらしいんだ。生きていく上でこれに関しては全く問題ない、僕は何ら気にしていなかったさ。ただ、ゼロは違った。優牙という男を愛しているんだ」
「な、何だって!?」
「彼女自身、薄々気づき始めているんじゃないかな。自分で認めようとしないだけで。僕には何故だか、ゼロが羨ましく思えたんだ。だから、僕も馬鹿馬鹿しいと思いながらもその“フリ”をしてみようと考えた。・・・・・・三国耶江という女性をね」
(あいつか・・・)
「元々、彼女に対して恋愛感情さえ沸かなかったものの、人間として相当優れている事は認めていたからね。それからは彼女の前では好意的な態度で接してきた。結局は僕にも彼女にもそういった感情は生まれなかったけどね。ま、当たり前と言われればそれまでなんだけど。
でも、それで一つ気づいたことがある」
「・・・・・・」
「自分の存在理由は、自分の中ともう一つ、他の誰かの中にも見つけることが出来るという事だよ。ま、この事がわかっただけでも僕としては収穫だったかな。人間が愛を求め合うのはこの二つ目の点に“孤独”を感じるからだ。だから、君も孤独を共有できるたった一人の男に惹かれていったんだろう?」
「・・・ボクの事はどうでもいい。(こいつ、何処まで情報をもっているんだ!?)」
「長くなったけど、これで僕の真の目的も大体は察しがついたんじゃないかな」
「ああ。大体は」
「僕異界の扉の先に求める事は、本当の人間になりたい。信じる信じないはどうぞご自由に♪」
コワルスキーは再びその足を速めていった。
「信じるよ。だから、馬鹿馬鹿しいなんて思うな」
悲しき道化師よ――――――
人間でも気づかない奴がほとんどなのに、それに気づいたお前は今でも十分人間らしいさ。十分に・・・・・・