第三十九話
耶江とパウザが部屋に入ってから、小一時間が経ったが、二人は闇に溶け去るように視界からふっと消え、残る龍司、ウィル、ナイアの三人は、苛々しながら待ち続けていた。
「おいおいおいっ! 一体いつになったらあの二人、こちら側に出て来るんだい!?」
ウィルはゴロンと横になりながら、ごたくを言い始め、龍司は絶えず行ったり来たりを繰り返している。ただナイアだけが、膝小僧を抱えながら、ローリー・ポップを舐めていた。
「おいっ、ナイア! お気楽にペロペロ・キャンデーなんか舐めるなってぇ〜の!」
「だってぇ、好きだもん」
「ウィル、このままだと、いつまで立っても『異界の扉』なんかには辿り着けないぞ!」
「だよ〜。ったく、耶江の野郎、あんなに自信満々だったっつ〜のに、結局はこの部屋の禍々しい何かに吸い込まれちまったか、それとも道に迷ったか、それとも逃げたか、だよな」
「ひょっとして、この先に『異界の扉』があって、二人してそこへ勝手に行ってしまったんじゃ……」
と龍司も言い出した。
「それともお二人さん、キスでもし合ってんじゃないっすか?」
とお気楽、ナイア。
「ヴァ〜カッ! あの耶江がそんな殊勝なことをするはずがねえって!」
ウィルは相当気分を害していた。
「みなの者、お待たせじゃ」
どこかで聞いたことのある声がしたと思ったら、目の前にシャオが浮かんでいるではないか!
「じ、じいさん!」
龍司が叫ぶ。
「全員、待ってなんかいねぇって」とナイア。
「そうかな? 実はな、今現在、コワルスキーはあの役立たずのキーファと共に、真っ直ぐに『異界の扉』に向かって進んでおるのじゃ。扉の側のサマンサを助けるために、わしがちょいと念を入れておいたでのぉ」
「んじゃ、この道の先には『異界の扉』はないってこと!?」
ナイアが叫ぶと、シャオ老人は深く頷いた。
「ま、早い話がそういうことよの」
「それでは、シャオじいさん! この奥の部屋に進んでいった耶江とパウザの行った先には?」
龍司が気色ばんで尋ねると、飄々とシャオは答えた。
「ああ、あれか。まことにおぞましいものが待ち受けておるのじゃ」
「おぞましいもの?」
「そうよの。人間風に言えば、おぞましいとしか表現できんものじゃ」
「それは一体?」
「クローンの墓場じゃ!」
「クローンの墓場!?」
全員が凍りついたように叫んだ。
「そうよの。そこには、お前達のクローンの出来損ないが、所狭しと並んでおるんじゃわい。まことに壮観、かつ愚かで醜悪な眺めじゃ〜〜〜」
ファッハッハハハとシャオは哄笑した。
「人間というのは、まことに愚かな者達よのぉ。自分を“神”だと信じておる。科学の力で何でも出来る、と自己過信する余り、様々なものを発明発見してきた。そして遂には、命までも自分達でコントロールしようという、大それたことを考え出したのじゃ。
その一つがクローンであり、そして巨大な量子コンピューターじゃった。けれども、本物の命というものは、結局出来ないものなのじゃよ。幾ら人間に似せて作った代物でも、それはもう、もとのその個人ではない。
それに気が付いたのが、コワルスキーじゃ。彼女は(う〜む、“彼”といったほうが良いかの?)、それに気付くだけの人間的な聡明さを秘めていた。今ごろ、彼女は第二の自分、すなわち自分が作り出した、“ゼロ”と『異界の扉』の前で、相対峙していることじゃろう。
永遠の命など、幻想にしか過ぎん。けれども『異界の扉』の先には、それがあるのじゃ。みなの者、お前達が欲しているものは、結局“永遠の命”なのだろう? そうなれば、全てが適うのじゃからな。優牙はその上、新たな歴史というものを作り出したいという邪念を抱いているようじゃが……」
「何だって!? 優牙が?」
龍司は叫んだ。「あいつ、そこまでやるつもりだったのか!」
「ま、龍司や、そう気色ばらんでも、あいつの道はいずれここにたどり着くから心配するでないわ」
「ところで、この部屋の中のクローン達は?」
とウィルが苛々しながら、聞いた。さっきからの長々とした老師の御託を聞くのが、耐えられなかったのだ。
「奴らは、耶江とパウザが電源を入れると、生き返る」
「ふへ〜〜!!」
ナイアが悲鳴を上げた。
「命はあるが、魂は抜かれている者達じゃ」
「ってことは、もしかして“ゾンビ”、みたいなもの?」
「人間風に言えば、まぁそんなものかも、じゃな」
そこに居る全員が、息を飲んだ。
「さぁ、さっさと電源を入れてよ!」
と叱咤する耶江の声に押されるように、パウザは掌で壁面をなぞり、そこに列挙してあった数々のボタンを押した。
ヴァァァァ〜〜ンという不気味な音とともに、クローン達のカプセルの水音が振動し始めた。
そして二人は信じられない光景を目にして、絶句したまま、一目散に駆け戻ったのだった!