第三十七話
一方、異界の扉の前では、扉付近に設置された“特殊電波発生装置”に冷たい鉄の鎖によって、首・腰・四肢をガッチリと固定されたサマンサがたった一人。その姿は一見既に死んでいるかの様に、ぐったりと身動き一つしない。
「・・・ね、ねえ。ゼロ、そこに居るんでしょ・・・・・・」
まるで金魚が水中で小さな口をパクパクとさせるように、サマンサが息も絶え絶えに呟いた。
「うん、居るけど。なに。」
暗闇の向こうからゼロが現れた。
「あ、あんた・・・私を生贄に異界の扉を開く、とか言ってたわ・・・ね?その、向こうには・・・いったい何があるというの。」
サマンサがゆっくりと、その青白くげっそりとしてしまった顔をゼロの方へ向ける。
「まあ一応、君はこの計画の重要な協力者なんだし、所詮、優牙が龍司を倒す迄の命だからね。そろそろ教えてあげてもいいかな。それに、ボクも本当なら君となんて話す気もないけど、黒尽くめの暑苦しい男に囲まれてうんざりしていたところだ。相手してやるよ」
ゼロは壁に背を預け腕を組んだまま、しかし、サマンサの方を決して見ることなく、ただ淡々と冷淡に語る。
「異界の扉については優牙も色々調べたらしいけど、信憑性のある情報は未だ得られてないんだ。・・・ただ、一つ。まあ、これも優牙が最終的に導き出した仮説に過ぎないんだけど」
「・・・・・・」
「理想郷。―――――他の生物の生息地をむやみやたらに侵す事なく共生し、且つ、彼等の地図には国境が無い。よって、国と国との無意味な諍いも起こることなく、各地で独自の優れた文明を滅びる事無く延々と築き上げてきた――――という世界さ。エジプト文明やマヤ文明といったね。」
「理想・・・郷」
「まさに相応しい名だろ?奴等には生きる上で必要最低限の“欲”しか持っていないんだ。人間みたいに欲の上に更なる欲を重ていく様な、下劣なモノと違ってね。現に人間の身体機能は、その欲から生じる“生活環境の効率化”のせいで徐々に退化しているだろう。一方の奴等は、その全く逆の道を辿ってきた。そこが人間と奴等、マインド・シングとの決定的な違いという訳だ。だから、奴らは人間を嫌ってる。見下しているんだ。最初は同じ道を歩んでいた者としてね・・・・・・」
「ということは、異界の住人はホモ・サピエンスの歴史を初まりからずっと見続けてきたというの?」
「・・・おそらくな。地球が生物の生命維持が可能な環境にまで形成される頃には、既に別次元において奴等は存在していたのさ。やがて、彼らは時空間を自由に行き来できる方法を発見し、こちら側と向こう側とを繋げるこの“異界の扉”を作った。
そして今、優牙は彼らの人間には到底真似できない優れた技術を必要としているんだよ。」
「じゃあ、あなたは?あなたは何のために異界の力を求めるの?」
「ボクはただ、優牙の力になりたいから・・・ ( ずっと、側に居たいから ) ・・・その手伝いをしているまでだ」
一瞬、ゼロの何処までも冷たく機械じみた眼差しが、サマンサには柔らかくなった様に見えた。そして、ごく自然に口からこぼれる言葉―――――
「あなた・・・優牙を愛しているのね・・・」
「!!!!」
ゼロが今、初めてその美しい碧色の双眼を大きく見開いてサマンサへ顔を向ける。
「解るわ。同じ、女として」
「お、お前に何がわかる!?そんな訳無いだろうが!ははっ、有り得ないねえ!!下等で無力な人間の癖に、わかったような口を利くなよ!第一、女だと?ボクはこの世に生み出された時から男と変わりなく生きてきたんだ。今度同じこと言ってみろ?ブッ殺してやるからなぁ!」
ゼロは数々の罵倒をサマンサに投げつけ、足早にその場を立ち去っていった。
「ふふ、むきになっちゃってさ。あ〜ぁ、また・・・一人、か・・・・・・―――」
“人を愛する”ということ。サマンサの脳裏には、今はっきりと、無茶してばかりだった自分を常に温かく見守ってくれていた、ウィルの優しい笑顔が浮かぶ。
(兄貴・・・ごめんね・・・・・・ホント、自業自得なんだけどさ。でも・・・でも、やっぱ、最期に人目だけでもあなたに会いたかった!!)
もう泣き過ぎて枯れた筈だと思っていた涙が、何故か再びサマンサの頬を伝っていった。
*
ここはシャオが龍司達を待ち構える地下迷宮のゴール付近。
「優牙の奴、異界の扉に着く前に龍司以外の者をすべて消し去るつもりでおるな。しかし、正規分隊をも駆使する耶江という娘。あの娘もなかなか出来るでの〜。はてさて、そう簡単にいくかな。」
地下迷宮は異界の扉の番人であるシャオの領域である。よって、シャオは地下迷宮全域において他者の侵入を監視、および経路を自由自在に変更させる事が可能なのだ。
「ワシがちょいと細工しておくとしようか。このままでは優牙とコワルスキーの進む経路が、龍司達の進む経路と合流してしまうからな。龍司と優牙の進む道をそのまま一直線にワシの元へ通じるようにする。んでもって、コワルスキーの進む道を一直線にゼロの待つ異界の扉前に通じるようにしよう。このままでは生贄の命が危ないでのぉ。 ではでは――
―――――はぁぁぁぁあ・・・・・・はァ!!」
*
(ん!?奴等の気配が―――――――消え、た。どうなってんだよ。
いや、待てよ・・・? さては、シャオの・・・・・・)
「ンあんん〜〜の、くそジジイぃぃぃぃ!!!」
優牙はがっくり肩を落とした。しかし、優牙の目には更にギラギラと異様な輝きが増していく。
「シャオのじじいが考えてる事、読めたぜ。ふん、無駄なことを。こっちにもまだ秘策ってモンが残ってんだよ」